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デジタル一眼レフカメラの性能向上には、長い目で見ると、ある程度の連続性が見られるものだ。モデルチェンジのたびに一歩ずつ性能を高め、機能を充実させていく。そういうものだった。
しかし、ここ数年のEOS DIGITALは、それが当てはまらない。一歩どころか、長足の進化を遂げている。その背景には、キヤノンをあげてのプロジェクトがあるという。
「数年をかけて、『ミッドレンジプロジェクト』という活動を推進してきました。これは企画部門、開発やデザイン部門、さらには販売会社も参加した、横断的な取り組みです」(戸倉)
カメラの商品企画部門を統括する、戸倉は明かす。目標は、EOS DIGITALを通じて、全世界のカメラファンが『カメラを持つ喜び』『写真を撮る喜び』を実感できること。そのために各種の調査を行い、商品に反映させてきたのだという。これは「メーカーの都合」からではない、「お客様の理想」からのカメラ商品企画だといえる。
この活動から生まれたのが、EOS 7D、EOS 60Dだった。そして、ついに登場したEOS 5D Mark III。プロジェクトの第三弾、ひとつの集大成を示すカメラである。
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もともとEOS 5Dシリーズは、2005年、「アマチュアの方でも手が届く高画質35mmフルサイズ機」として誕生した。さらに2008年には、デジタル一眼レフカメラとして世界で初めてフルHD動画撮影を可能にしたEOS 5D Mark IIを商品化。高画質という評価を確立するだけでなく、一眼レフカメラで動画作品をつくるという、映像文化に新しい価値観をもたらした。
静止画・動画ともに評価の高い5Dシリーズの後継機となれば、カメラファンの期待も大きい。半端なものでは、誰も満足しない。
「EOS 5D Mark IIIは、5Dシリーズの最大の特長である『総合的な高画質』を進化させています。そのうえで、カメラの基本性能の圧倒的な向上、五感に訴えかけるモノとしての高品質な仕上がり、さらには多様な撮影スタイルへの対応も図りました」(戸倉)
仕様だけを見ても、後継機などという次元ではなく、新規の上位シリーズかと思わせるほどの充実ぶり。「お客様をワクワク、ドキドキさせたい」(戸倉)という一心から、キヤノンのこだわりと情熱が注ぎ込まれている。
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要求仕様は、かつてなく高度なものだった。長年をかけて開発を進めてきた機能もあるが、ドラスティックな技術革新がなければ、とうてい実現できない目標もある。技術者たちを率いた松本は言った。「こだわれ。こだわり抜け」と。
「初代のEOS 5D以来、5Dシリーズに対するお客様の期待は、非常に大きいものがあります。私たちも、このシリーズにかける思いは、大きい。お客様の期待に応えるべく、全メンバーが細部にわたって強いこだわりを持ち、開発を行うこと。それを開発のモットーに掲げました」(松本)
高画質な35mmフルサイズ機だからといって、快速・快適性能を犠牲にしていいものではない。高画質だからこそ、提供できる楽しみもあるはずだ。新しい技術に挑戦しよう。自分がほしいと思えるカメラをつくろう。お客様の撮る気持ちを、刺激するような一台を世に送り出そう。開発者たちは、奮い立った。
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開発にあたって、4つのテーマが打ち立てられた。「高画質性能の熟成」「妥協のない基本性能の進化」「撮影領域を拡大する多様性」、そして「五感に訴える本物の質感」。開発者たちは、それぞれの専門領域から、技術開発をスタートさせた。
開発は難航した。それを乗り越えた原動力は、妥協を知らないエンジニア・スピリッツだ。「既存の技術を進化させても解決できないなら、新しい技術を生み出すまで」「コストやボディサイズを言い訳にしない」。期待以上のものをつくるという決意が、開発センターにあふれていた。
開発者たちは声をそろえる。「それは、きっと誰もが『お客様をワクワク、ドキドキさせる一台を、自分の手でつくる』という自覚をもっていたからです」。技術者の本能の解放。キヤノンのモノづくりの真骨頂だ。
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EOS 5D Mark IIIのために、CMOSセンサーや映像エンジンをはじめメカのキーパーツを一新。さらに先進の画像処理技術も開発された。松本は振り返る。
「お客様がこのカメラを手に取り、新たな創作意欲を掻き立てられ、素晴らしい作品を生み出す。私たちが目指した通りのカメラができたと自負しています」(松本)
戸倉も、EOS 5D Mark IIIの仕上がりには「さまざまなこだわりをお持ちのお客様の要望に、しっかり応えられるように作り込んだ」と胸を張る。
「まずは、撮影そのものを楽しんでいただきたい。そして、その結果、得られた写真や動画を見て、また楽しんでほしい。そう期待しています」(戸倉)
カメラを持つ喜び、写真・映像を撮る喜びを実感できるカメラ。それがEOS 5D Mark III、キヤノンの情熱の結晶だ。



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EOS 5D Mark IIは、優れた画質で高い評価を得てきた。その後継機種となれば、さらなる画質向上を期待されるだろう。高画質の要素はさまざまだが、EOS 5D Mark IIIが目指したのはSN比の向上だ。これは、スペック的には、高ISO感度と翻訳される。
「今回は、静止画で常用ISO感度を2段、拡張したいと考えました。それだけSN比を高めれば、たとえ同じ画素数で比べたとしても、より解像感があり、自然な色の高画質になります」(平松)
SN比が低いと、どこにピントが合っているのかも分からない、ネムい画像しか出てこない。逆にSN比が高ければ、ノイズ処理を少なくできる分だけ、それぞれの画素のもたらす情報が、素直に画像に反映される。「全画素を使いきる」ことが、平松の掲げた基本的な開発方針だった。
SN比を左右するのは、撮像素子。CMOSセンサーを含む撮像部のシステム設計チームを手がける、内田に重責が委ねられた。
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まず内田が手をつけたのは、新しいCMOSセンサーの仕様検討だ。SN比の向上、コマ速アップへの対応。しかし、EOS 5D Mark IIの後継機種となると、さらに、考慮しなければいけない条件がある。
「EOS DIGITALは、あくまで静止画が主軸。しかし、プロの動画制作の現場では、すでにEOS 5D Mark IIが重要な機材となっています。動画の画質向上も含めて、さまざまな要件をバランスよくクリアしなければいけません」(内田)
アスペクト比3:2の静止画と、16:9のフルHD動画。画素を余すことなく使いきるには、有効画素数約22.3Mがバランス的に理想だ。
EOS 5D Mark IIではできなかったHD画質の60Pに対応すべく、読み出しチャンネルを2倍の8chとした。映像業界からの改善要望の高かった動画撮影時のモアレを解消する工夫を、センサーにも盛り込んだ。
課題は、SN比の向上だった。
「ISO感度にして2段の拡張は、私の予想より1ステップ高い目標でした」(内田)
センサーと映像エンジン、それぞれのSN比向上目標を設定した上で、センサー開発に取り組むことになった。
マイクロレンズのギャップレス化で、集光効率を高める。画素のフォトダイオードの効率や信号容量を改善する。信号に混ざるノイズを最小限に抑えて、デジタル信号に変換する。センサーの設計チームと力を合わせ、目標のSN比は確保した。あとは、映像エンジンの能力との合わせ技。主要なデバイスを自社開発する、キヤノンの強みが活きるところだ。
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新しい映像エンジンは、DIGIC 5+。あのDIGIC 4の約17倍という、驚異的な処理能力を備えている。
「CMOSセンサー側と映像エンジン側でトータル2段。それぞれが目標とした分だけSN比を向上できればいい。易しい話ではありませんが、お互いに、それは達成できると信頼していました」(杉森)
DIGIC 5+が高ISO感度に貢献するのは、ノイズ処理だ。解像感やレスポンス、撮影可能枚数をトレードオフにしていいなら、画像に対してノイズ処理を何度も繰り返せば、それだけ効果がアップする。しかし、それと同等以上の効果を1回の処理でできれば、「全画素を使いきった高画質」を、リアルタイムで生成できるはずだ。また、それは動画の画質の向上にも大きく貢献するに違いない。
特に、シャドー部で見られることのある色ノイズは、処理しにくい難敵だった。それを効果的に抑え込むとなれば、これまでと規模違う処理が必要になる。
「DIGIC 5+は、より速く、より多くの画素を使った処理を行えます。その力を活かして、SN比を大きく向上し目標を達成するノイズ処理を実現しました」(杉森)
最高で常用ISO 25600。平松がターゲットに掲げた高ISO感度が、こうして実現された。
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EOS 5D Mark IIIは、SN比を高めるだけでなく、さらに多様な手法も駆使して、トータルに画質の向上を図っている。
「もうひとつのアプローチとして、レンズの光学的な特性を徹底的に補正する手法も採り入れています。それで、画像のすみずみまで、さらに画質を高められると考えています」(平松)
周辺光量に加え、色収差、歪曲収差の補正機能も搭載した。さらに、Digital Photo Professionalには、『デジタルレンズオプティマイザ―』も実装される。カメラでは対応できない収差や、絞り込んだときに発生する回折まで補正できる、強力なツールだ。
「これらも含めて、総合的に画質を高めることに、取り組みました。みなさんの期待に応えられるカメラです」(平松)
すべてのバランスがいいと、3人の意見は一致する。被写体が放つ光を、どれだけ大切に、忠実に画像にするか。EOS 5D Mark IIIは、静止画や動画といった領域を超えて、高画質のあり方を見せてくれるだろう。





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高画質であればこそ、風景だけでなく、ポートレートやスポーツ、静物も撮りたくなる。その声に応えるためには、AFフレームをより広く、隙間なく配置することが必要だ。
EOS 5D Mark IIIは、61点高密度レティクルAFを採用した。EOS-1D Xと基本的な発想を同じくする、贅沢な仕様となっている。
このAFシステムのメリットは、AFフレームの多さはもちろん、AFエリアの周辺部でもクロス測距でき、しかも、その測距精度が高いことだ。
「キヤノンのAFは何が違うか。それは、クロス測距へのこだわりにあると思います。どんな被写体も、どのAFフレームでも、苦手な被写体がなく、高い精度で合焦すること。それらの要求を妥協なく実現したのが、このAFシステムです」(高宮)
クロス測距は、F4.0から威力を発揮する。EOS 5D Mark IIIを手にするユーザーには、大口径のLレンズの愛用者も多い。そのこだわりへの、回答だった。
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「カメラの世界は、驚くほど速いスピードで技術が進歩しています。しかし、このAFについては、『これから、どんなAFシステムが出てきても絶対に負けない』という意気込みで作りあげました」(高宮)
AFセンサーは、すべてのAFフレームを2ライン千鳥配列にするなど、測距精度を重視した設計思想を採用している。「これまでキヤノンが培った技術を、『これでもか』というくらいに盛り込んだ」(高宮)という。
低輝度限界値も、-2EVまで拡大させた。CMOSセンサーとDIGIC 5+によってカメラが高感度になり、暗いシーンでも撮影できるようになったのに、AFが対応できなければ、意味が無いからだ。
もともと過酷なプロの要求に応えるべく開発したAFシステム。EOS 5D Mark IIIの表現領域を大きく拡大してくれるだろう。
しかし、この高性能なAFシステムを手に届きやすく提供するためには、工夫が必要だったという。
「AFユニットの二次結像レンズ、いわゆるメガネレンズをプラスチックモールドとすることで、量産性を確保しています。それにも関わらず、本来の性能を維持するのが、技術的に苦心したポイントです」(高宮)
EOS-1D Xのメガネレンズは、湿度や温度の変化に強いガラスモールド。それに匹敵するプラスチックモールドのレンズとなると、「あらゆる要素を最適化し直す必要があった」(高宮)。
こうしてEOS 5D Mark IIIは、「被写体を選ばない」AFシステムを手に入れた。
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高梨は、AFのファームウェア開発を担当した。9点+アシスト6点のEOS 5D Mark IIとは、「制御の次元が違う」という。処理すべきデータ量が、ケタ違いに大きいというのだ。
「AF性能とドライブ性能の向上。ファームウェアの負荷が重くなることは、覚悟していました。それをクリアするためには、『1D』シリーズと同じ設計思想で攻めるしかありません」(高梨)
つまり、AF制御に専用マイコンを使うということだ。そのマイコンも、EOS-1D Xと同じ強力なものを2基、採用している。ただ測距するだけでなく、情報をインテリジェントビューファインダーにリアルタイムで表示するためだ。
「高密度なAFフレームを活かし、被写体に合わせてAFフレームが移動する追従表示を可能にしたかった」と高梨は語る。
連写性能が最高約6コマ/秒に上がれば、スポーツにも対応できる。そのため、予測機能も、AIサーボAF IIIを採用した。プロの意見をフィードバックし、予測の精度と安定性を研ぎ澄ませた、最新の予測アルゴリズムだ。その情報を分かりやすく表示するべく、重い負荷に耐えられるシステムとしているのだ。
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実は、プロ機のために開発されたAFシステムを、よりボディサイズの小さいモデルに搭載するのは容易でなかったという。基板やメカのレイアウトが難しくなる。
「それでも、開発者たちが知恵を出し合い、スペースを融通してくれました。このカメラは、アマチュアが手にできる最高峰であるべき。その思いが、全員を動かしてくれたのだと思います」(高宮)
「すべてのAFフレームを活用してほしい。特にゾーンAFを使うと、構図の自由度と被写体捕捉を両立できます。ぜひ、試していただきたいところです」(高梨)
61点高密度レティクルAFを使いこなす。それは、開発者たちとカメラファンの、表現への情熱がひとつになることでもある。






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約100%のファインダー視野率。画角の広い35mmフルサイズ機として、また、カメラファンの期待に応えるためにも、どうしても実現したいスペックだった。しかし、光学の世界は、そう甘くない。ファインダー光学系を設計した井野には、ジレンマがあった。
35mmフルサイズ機の場合、視野率約98%と約100%では、ペンタプリズムの大きさが約1.3倍も違う。ところが、ペンタプリズムが大きくなるほど、光学的な特性として倍率がトレードオフされてしまうのだ。
「倍率は、接眼光学系で補えます。課題は収差の補正。つまり、“見え”と倍率のバランスをどうとるかが、大切なのです」(井野)
ファインダー光学系の収差にはさまざまあるが、井野がこだわったのは「眼を振ったときに生じるわずかな像の変化」だ。特に、視野の広い35mmフルサイズ機では、心地よい“見え”を実現するために、譲れないポイントだった。
「試行錯誤の結果、接眼光学系をレンズ4枚で新規設計しています。EOS 5D Mark IIでは3枚。この追加の1枚で“見え”を高めました」(井野)
生まれたのは、視野率約100%、倍率約0.71倍、1D系と肉薄する高性能ファインダーだ。しかし、井野が目指したのは、あくまで数値では表現できない“見え”のよさ。そうでなければ、もっと高倍率を達成でき、スペック的にもアピールしやすかっただろう。そこに媚びなかったのは、自らもカメラ愛好家である、小岩井のこだわりだった。
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ファインダー光学系のユニット化は、小岩井を中心とするメカ設計チームの仕事だ。
接眼光学系が4枚構成になれば、レンズを保持する部材が増える。それを高精度に組み合わせるとなると、「設計・製造に求められる次元がひとつ違う」(小岩井)という。
さらに、大きなペンタプリズムを支えるベース部材にも、入念な配慮が求められる。温度変化に対する安定性。衝撃に負けない強度。それらを、限られたスペースの中で、いかに実現するか。『メカ屋』の腕が問われた。
「EOS 7DやEOS 5D Mark IIとは、ハードルの高さが違うのです。しかし、このカメラは中級機でもトップクラス。コストよりも性能を優先する熱意がキヤノンにありました。素材の吟味。形状の工夫。おかげで、ハイスペックなカメラに恥じない、よいファインダーが完成したと自負しています」(小岩井)
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EOS 5D Mark IIIは、61点レティクルAFを存分に活かすため、光学系に透過型液晶を盛り込んだ、インテリジェントビューファインダーを採用している。
EOS 7Dで実績のある仕組みだけに、採用は自然な判断だった。しかし、そこにも進化を示せなければ、技術者の矜持が許さない。
「液晶は、低温環境下で応答性が下がります。これは液晶の特性のひとつだけに、本来は対策が難しいものです。そこにあえて踏み込み、応答性の落ちにくい新しい液晶を開発、今回のカメラに採用しました」(小岩井)
冬山の登山、スキー場。カメラファンは氷点下10度、20度という環境をいとわずカメラを構える。そのような撮影条件も「不思議でない」(小岩井)と考えた結果だった。
一方、光学系の設計に携わる井野は、デザイナーと外観に関する検討を進めていた。いくら高性能でも、ボディサイズが大きくなって良いわけではない。大きなペンタプリズムが問題だった。
「少しでも外観を小さくまとめるために、ペンタプリズムの角を落とすことにしました。これでカメラの上部がすっきりと引き締まります。ひと手間増える分、コストが増えてしまうのですが、カメラのあり方を考えると、それは必然の選択でした」(井野)
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ファインダーの“見え”にこだわるのは、理由がある。小岩井は「個人的な意見」と前置きして、その理由をこう語った。
「光学ファインダーを覗くことは、被写体が発している光、質感、空気感をダイレクトに見ること。それは、液晶ディスプレイなど、他には替えられないものです」(小岩井)
プロからも、『動きのある被写体には、絶対に光学ファインダーでなければ』という声があるという。
「35mmフルサイズ機の映像世界は、フォトグラファーにとって、“聖域”のようなものです。ファインダーの“見え”も、それにふさわしいものであるべきだと思います」(小岩井)
撮影時だけでなく、ファインダーを覗いているだけでも楽しくなる。それが、よいカメラに共通する資質だ。EOS 5D Mark IIIには、それがある。






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35mmフルサイズの高画質だからこそ、あらゆるシーンを撮りたい。そのためには、最低でも5コマ/秒の連写性能がほしい。EOS 5D Mark IIに寄せられていたニーズのひとつだ。
「お客様は“最低でも”と希望しているのですから、5コマ/秒を達成して満足するわけにはいきません」(中野)
メカ設計のチームを取りまとめた中野。開発に携わる誰もが、同じ思いを抱いていたという。では、妥協なく最高性能を求めたとき、
どこまでいけるだろう。検討の結果、ターゲットは、約6コマ/秒と決まった。
5コマ/秒でさえ、ミラーの大きい35mmフルサイズ機では難しい。ボディサイズを変えずにさらに1コマ速くするとなると、技術的なハードルは次元の違う高さになる。
「正直、相当に厳しいと思いました。しかし、連写性能だけでなく、ファインダー像の消失時間が減り、撮影時の『キレのよさ』も向上すると考えると、ぜひ達成したい目標でもありました」(中野)
メカ的な課題はふたつあった。ひとつは、大きなミラーを高速で動かすための電力が、プロ機のようには賄えないこと。もうひとつは、
ミラーを高速で動かすほど、ミラーバウンドも大きくなること。これらを、どう克服するか。技術的なブレイクスルーが必要だった。
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ミラーユニットの開発を担当した山名は、過去のEOS DIGITALを部品一つひとつから精査した。モーターからミラーまでのギアやベアリングについて、レイアウトや素材などを徹底的に吟味する。従来と同じ電力で高速駆動できる、短く効率的な機構を目指した。
問題は、ミラーバウンドの抑制だった。
「レスポンスという視点でいえば、連写性能だけでなく、レリーズタイムラグも改善したい。そのため、ミラーバウンドを抑制する、
新しい発想の機構を開発しました」(山名)
まずメインミラーに、ふたつのバランサーを付加する。これは、ミラーショックを受け流すことで、バウンドの発生そのものを抑えるものだ。こだわったのがサブミラー。ミラーダウン時のバウンド抑制は、連写性能の向上に貢献する。しかし、レリーズタイムラグも短縮するなら、ミラーアップ時のバウン
ドも抑制しなければならない。
「四六時中、考え抜いて、現在の新ミラーバウンド機構にたどり着きました。この機構では、サブミラーのアップとダウン、両方のバウンドを単一の機構で強制的に抑制できます」(山名)
試作して驚いたのは、山名本人だった。従来の機構は、バウンドの抑制だけを目的としていた。しかし、このミラーユニットは、エネルギー効率も信じられないほど高い。限られた電力でより高速に駆動できるのだ。
「ミラー機構は、一眼レフカメラが誕生してから脈々と進化してきたものです。私も、もう進化の余地はないと思っていました。それだけに、この工夫には驚いたし、技術者として刺激を受けました」(中野)
これまで数々のEOS DIGITALのメカ設計を担当してきた中野が、舌を巻く機構だった。
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山名のこだわりは、さらに続く。次なるテーマは、振動と音への対策だ。
「キヤノンは、EOS 7Dで『快音』というテーマを掲げ、評価の手法を確立しました。その手法を展開し、EOS 5D Mark IIIでも、心地よいシャッター音を目指しています」(山名)
数値的な解析だけではない。官能評価も重視する。何人かにひとりでも、「ミラーアップ時の音と振動が」と指摘すれば、その原因を探り、部品の素材を見直した。
「簡単な話ではありません。素材を替えれば、強度計算も一からやり直しです。部品の肉厚が変わるし、レイアウトにも影響します。そこまでこだわっていかないと、キヤノンの求める『快音』は達成できないのです」(中野)
設計の変更は10回を超えた。困ったことに、音や振動はセットを組まないと正しい評価ができない。ミラーユニットの試作ができるたび、手作業でボディをくみ上げ、音と振動、動作をチェックする。「もう、眼をつむっても組み立てられます」という山名の言葉は、伊達ではないようだ。
メカ設計の醍醐味は、自分の工夫が狙い通りに動作するのを、目の当たりに確認できることだという。
「今回のカメラは、正統進化ではありません。型番こそ5Dを継承していますが、キヤノンの最先端の技術を積極的に取り込んだ、新しい5Dです」。自身のこだわりの詰まったミラーユニットを手に、山名は断言する。
「このミラーユニットの効果は、連写性能だけではないのです。ファインダー像消失時間の短縮、揺れがない安定した『見え』にも貢献しています。ファインダーを覗き、シャッターを切ってもらえば、優れたキレ味を、誰でも体感してもらえるはずです」(中野)
もう『進化』などという言葉で、このカメラは語れない。開発者のこだわりがもたらした、『革新』である。






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作品創作の楽しさを、撮影現場で徹底的に追求してもらいたい。そんなキヤノンの思いが、多重露出機能とHDRモードという、ふたつの作画機能に結実した。満を持しての搭載。商品企画部門との橋渡しを行った松島は、仕様検討に時間をかける理由があったと語る。
「多重露出機能とHDRモードは、販売会社からの要望も大きく、私たちも早くから検討をはじめていました。しかし、お客様が表現のツールとして、自在に使い廻せるものでなければいけません。それにふさわしい画質や仕様を、しっかり見定め、熟成させる必要がありました」(松島)
ましてEOS 5D Mark IIIは、プロ機以外では最高画質を誇るカメラ。その高画質を活かしきるものでなければ、搭載する意味がない。
それをクリアして、はじめて「現場で使える」機能になると、松島は考えていた。その場で感じた印象を作品にしたり、意外な効果にイマジネーションを刺激されたりするのは、自宅でパソコンを使って作品をつくるのとは違う発見と高揚感に満ちている。素材を撮り逃して後悔することもない。それが松島のこだわる『現場主義』だった。
そのためには、どのような仕様がふさわしいか。ファームウェア設計の山下をリーダーとする研究グループがR&Dに乗り出した。
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山下は、必要な機能をピックアップすることからはじめた。膨大な枚数のペーパーが、要求項目で埋まった。
「このクラスのカメラを使うお客様には、機能を理解し、使いこなすスキルがあります。ならば、提供する機能は、多様な表現意図に応えられるものがいい。可能な限り選択肢を用意し、選べるようにしたいと考えました」(山下)
じっくり作画するか、連写を優先するか。重ね合わせの露出は、何を基準にするか。撮影した素材は再利用するか。「想定される機能を全部載せた」と山下は自負する。
「やるからには、どこにも負けないもの。簡単に真似されないもの。あっさり抜かれたら悔しくしてしょうがないし、お客様に喜んで使っていただけるものにしたい。それだけに、妥協できませんでした」(山下)
そのこだわりは、画作りにもおよんだ。もともとフィルムカメラの多重露出は、フィルム上で露光を重ね、現像するもの。それをデジタルで再現するなら、現像前の画像、すなわちRAWを基準に考えるのが道理だ。結果をRAWで残せれば、その画像にまた露光を重ねられる。1コマに無限の露光を重ねられた、フィルムがそうだったように。
画像設計を手がけた梨澤は、それを実現するのに骨を折った。
「従来のシステムは1コマ単位で画像を仕上げるもの。それと多重の仕組みをなじませるのに苦労しました」(梨澤)
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HDRとは、複数枚の画像を使って明暗差の大きなシーンの黒つぶれや白飛びを少なくし、1枚で撮影した場合よりもダイナミックレンジを広げる手法である。しかし、そこに画像処理を加えると、思いもよらない世界が姿を見せる。
「だからこそ、撮影現場で使う価値があると思います。想像を超えた効果に刺激され、さらに新しい表現を試したくなる」(松島)
しかし、パソコン等で自由にパラメータを操作して生まれるHDRのアート表現は、多種多様だ。それをカメラの画像処理機能として提供するには、表現の方向性をグルーピングする必要がある。松島が用意した膨大な資料を一点一点分析しながら、梨澤は4つの仕上がり効果を用意した。
「難しかったのは、アート表現だけに、画像を評価する基準が一律でないこと」と梨澤は振り返る。破綻のない自然な高画質というキヤノンの価値観とは、まったく次元の違う表現だ。
「苦労しましたが、その成果をいちばん最初に見られるのがいい。『こういうパラメータで画像処理すれば、こんな画ができる』という驚きと感動を、誰より先に味わえます。さらに、その効果が高く評価されると、やりがいになる。画像設計の醍醐味です」(梨澤)
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「HDRモードを使うと、曇天で画にならない風景も、作品にできる。撮れる世界が格段に広がります。だから、手持ち撮影でもHDRができるよう、画像位置自動調整機能も用意しました」(梨澤)
ぜひ、試してほしい。それを主張するのが、クリエイティブフォトボタンだ。せっかくの多重露出機能やHDRモードも、メニューの奥にあっては使いにくい。感性が求めるとき、すぐに使ってほしいとの主張を込めて、新設したボタンだ。
さらに、再生中にこのボタンを押せば、2画面比較再生機能に入れる。こだわったのは、豊富な撮影/画像情報をどう表示するか。なぜなら、今までの再生機能では満足できなかったからだ。次のショットをよりイメージに近づける。レーティングやプロテクトなどを施し、後工程を効率化する。そんなクリエイティブのワークフローに踏み込んで、はじめてキヤノンの2画面比較再生機能といえる。
「INFOボタンを押せば次々と情報があらわれます。自分の設定した撮影設定や構図を比較して現場で追い込める」(松島)
撮影現場で作品作りを行う。『現場主義』の考え方が、これらの新機能に宿っている。






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EOS 5D Mark IIIには、キヤノン独自の連続曲面で表現された、堅牢感と凝縮感のあるボディが与えられた。デザインを担当するにあたって、デザイナーの佐藤は「余計な演出はしないこと」を心に誓っていたという。
「ミッドレンジで最高峰のカメラです。そのポテンシャルを、作為を捨てて、あるがままに表現したいと考えました」(佐藤)
何かモティーフやテーマを設定し、それを拠りどころにした方が、デザインは容易だ。そうではなく、あくまでミニマムな面で「現代のデジタル一眼レフカメラの新しい原型」を表現したかった。ディテールにこだわり抜かないと、それは実現できない。
たとえばマウントの周りからペンタプリズム部へと流れる稜線。「その幅を0.1mm変えるだけで、華奢に見えたり、無骨な印象になったり。とてもデリケート」(佐藤)なのだという。「誰が見てもしっくりくる」ラインを見定めるのに、時間をかけた。
カメラのデザインは、図面だけでは話が進まない。簡易モックを使い、ハイライトの流れ方、消え方、ラインと面のなじませ方などを徹底的にチェックする。誰も気づかないようなディテールへのこだわりが、このカメラの風格というべきものを形作っているのだ。
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グリップの形状にもこだわった。しっかりホールドできることが最優先だが、ユーザーの握り方を強く規定するようだと、自由度がない。撮る、持ち上げる、持ち歩く。いろいろなシチュエーションに対応できる寛容性と、しっくりした握り心地の両立を目指した。
「握りやすさという点では、カードスロットのカバーにもラバーを貼ったのが、結構、効いています。『1D』シリーズと同じですね。しかし、ボディサイズの限られた中級機では、1mm厚のラバーでも相当に難しい。それを、佐藤はぜひと希望してきたのです」(荒川)
デュアルカードスロットを装備するため、メカ設計のチームは内部のレイアウトを刷新するなどの苦労を重ねた。カメラの内部には、1mmを確保する余地はすでにない。このままラバーを貼れば、カバーの部分だけ盛り上がってしまうだろう。
そこで荒川は実装チームと共に、実装部品のレイアウトを見直し、メカ部品の加工限界ギリギリでの設計によって、なんとかラバー厚を確保した。しかし、カバーの開き角度が犠牲になってしまい、余裕を持ってメモリーカードを出し入れしにくい。そこで、デザインと協議を重ね、ぱっと見ただけでは気が付かないようなデザインの微修正を加えた。
この処理が絶妙だった。ふたりのこだわりが、カードスロットカバーのラバー貼り、カバーの十分な開口を両立させた。
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EOS 5D Mark IIIは、操作部材が充実している。配置も、使いやすさを考慮して「ここがベスト」という場所を求めた。
「これらのボタンは、すべて品質評価部門と共に検討に検討を重ね、一つひとつ最適化したものです。高さやトップの膨らみなどを、0.1mmというオーダーで微妙に調整。同様に、傾斜の具合もチューニングしています」(佐藤)
手にしたときに指の届きやすさや当たる角度、誤操作の抑制という視点から、徹底的にこだわったところだという。
「ボタンのおおよその高さと傾斜が決まると、今度は押し心地を追求します。ボタンを押しこんだとき、外装が指にあたる。その感触が過不足ないよう、さらにボタンの高さやストロークの深さを調整していくのです」(荒川)
デザインが固まると、わざわざ金型を使って試作し、量産しても意図した押しやすさと押し心地が再現できるか、確かめる。ここまでやるのが、カメラメーカーのプライドだ。
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デザイナーがこだわり抜いたラインというものがある。それを最優先しつつ、メカを盛り込むのがメカ設計の使命だ。
たとえばペンタプリズム。視野率約100%に対応した大きなものだけに、そのままでは、頭でっかちなスタイルになってしまう。
「そこで、ファインダー光学設計のチームと連携し、プリズムの形状に工夫してもらうことで、デザイナーのイメージしたラインに収めることができました」(荒川)
一方、使いやすさを高めるための工夫も、メカ設計の醍醐味といえる。
「スペックにはあらわれない部分では、ボディ上面の防塵・防滴構造を、EOS 5D Mark IIより高めています。手法はいろいろありますが、今回は『1D』シリーズと同じように、シール材で水やホコリを防ぐ構造を採り入れました」(荒川)
これまで培ったアイデアを活かしつつ、新しい発想でカメラを進化させる。「私にとって、このカメラは挑戦そのものだった」と荒川は振り返る。
「ファインダーからペンタプリズム部に流れる造形。目にしたとき、モノとしての存在感や信頼感が伝わり、握った瞬間に『いい写真が撮れそうだ』と感じてもらえれば、このデザインは成功です」(佐藤)
一生使いたくなるカメラ。最高峰をつくっている。そんな開発者たちの熱意とこだわりが、EOS 5D Mark IIIの姿に結実している。






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EOS 5D Mark IIIは、操作性が刷新されている。もちろん、従来の基本的な操作の作法は継承しており、迷うことはないが、はるかに洗練された印象を受けるに違いない。
「カメラの多機能化や撮影スタイルの多様化が著しい今、撮影現場でお客様が求める機能は、どんどん変化しています。それらを瞬時に使っていただけるよう、操作性の抜本的な見直しを図ることにしたのです」(福島)
福島、仁菅をはじめとするUI開発チーム、操作部材に関わるデザイナーとメカ設計チーム、領域横断の取り組みがはじまった。
UI開発チームは、これまでに寄せられたプロやカメラファンの声を分析した。カメラ自体の機能もすべて洗い出す。
「ファインダーを覗きながら操作するものは、従来の作法を継承する。そうでないものは、徹底的に分かりやすさを追求する」(福島)。
EOS DIGITALの新しいユーザーインターフェースに向け、このポリシーが掲げられた。
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EOS 5D Mark IIIには、作品づくりというコンセプトがある。そのための機能に、すば
やくアクセスできるボタンがほしかった。それがクリエイティブフォトボタン。一枚ずつ、こだわりをもって写真を撮るユーザーのために、あえて新設したボタンだ。
「ピクチャースタイル、多重露出、HDRモード。どんどん使っていただきたいから、分かりやすい入口を設けたのです」(仁菅)
このボタンが心憎いのは、再生中に押すと2画面比較再生機能を呼び出せることだ。
以前から、2枚の画像を比べたいという要望はあった。画像を並べて表示するだけなら、簡単だ。しかし、画像を比較し、精査した次にお客様は何をしたいのか。ここにUIチームはこだわった。
「画像を比較して、再度、撮影し直そうと思ったとき、画作りや露出設定など、どのパラメーターを、どう設定すればいいか分かるものにしたいと考えました」と仁菅。
つまり、2画面比較再生機能を、作画の道具にするということだ。そのためには、あらゆる情報を表示できないといけない。限られた表示領域でそれを実現するため、情報をグループ分けし、INFOボタンで次々に変える仕様を考案。他になかった機能ができた。
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「再生操作の中でも、拡大と削除をスムーズに行いたいという声が寄せられていました」と福島。みんなで検討すると、「クイックレビューから拡大したい」「あらかじめ設定した拡大倍率からはじまってほしい」など、さまざまなアイデアが集まった。
「いちばん大きな改善ポイントは、拡大ボタンを押した後、メイン電子ダイヤルで拡大、縮小できるようにしたことです。親指が拡大枠の移動に専念できるようになります」
わずかな違いだが、一日で何百枚、何千枚と撮るプロやカメラファンには、これが大きい。指の疲労がまるで違ってくるからだ。
また、これまで拡大と縮小に使っていたAFスタートとAEロックボタンが解放されるメリットもある。再生中でも、即、AFスタートに移行できるからだ。拡大と撮影復帰のすばやさを、上手く両立できた。
削除は、ボタン押し時、最初から[削除]が選択できるよう、カスタムファンクションで設定できる。[キャンセル]から移動するワンアクションが減り、「何百枚と削除を行うときに便利だ」と福島は語る。
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「ファインダーを覗きながら操作するとき、そのほとんどはAFか露出のパラメーターの変更です。それをより直感的にできることにこだわりました」(福島)。
そこで仕様に盛り込んだのが、EOS 7Dで好評の操作ボタンカスタマイズだ。
新しいのは、SETボタンを押しながらメインダイヤルを回して、ISOを変えられること。ISOボタンからの調整では露出バーは反応しないが、この設定だとTv値、Av値、ISOを、露出バーを見ながら調整できる。露出にこだわり、Mモードで撮るとき重宝するだろう。
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もともとEOS DIGITALのメニュー機能は、一覧性に優れていた。メイン電子ダイヤルで次々と表示を変えられ、スクロールの手間もない。その長所をカスタムファンクションにも展開した。
こだわりは、AFタブにある。「何をどう設定したか分からなくなる」というお客様の声を聞き、一覧性・検索性の向上に挑戦したのだ。これまで操作部材やカスタムファンクション、メニューなどにあった機能を集め、カテゴライズし、AFタブにまとめる。設定パターンをスタイル化して、簡単にセットできるようにも工夫した。
「試作の最終段階になっても、仕様の微調整を続けました。通常は、ここまでやることは珍しい。しかし、今回は徹底的にこだわりたいと、ギリギリまで粘りました」(仁菅)
EOS 5D Mark IIを使い慣れたユーザーにこそ、このカメラを手にとってもらいたい。きっと、まず軽い驚きがあり、次になるほどとうなずくことになるだろう。






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EOS DIGITALとして初めてフルHD動画機能を搭載したのは、EOS 5D Mark IIだった。静止画で培った高画質を映像表現でも提供したい。そんな一眼レフカメラの可能性を、カメラファンに提案するための新機能だった。
ところが、いざリリースしてみると、プロの動画クリエイターたちが一斉に触手を伸ばしたのだから、開発者たちは驚いた。いまやEOS MOVIEは、CMやテレビドラマ、映像作品の制作に、広く使われるようになっている。
プロの要求は厳しい。その声に応えるために、動画機能を大きく進化させたい。ファームウェア開発に携わった及川には、実現すべき機能があった。
「プロの動画カメラマンは、編集を前提に撮影します。ならば、コーデックは1フレームごとに圧縮するインターフレーム方式がいい。それがALL-I開発の発端でした」(及川)
1フレーム単位でデコード、再エンコードできるから、カット編集に強い。動きの速い被写体も高画質だ。一方、動きの少ない被写体では、圧縮率が重視されるだろう。そのため高圧縮のコーデック、IPBも用意することになった。
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しかし、ALL-Iの開発は難航した。一眼レフカメラの動画機能でインターフレーム方式は前例がない。処理の規模が大きく、当初はさすがのDIGIC 5+でも過負荷になった。
それをクリアしたのは、カメラシステムを余すことなく使いきる発想だった。使えるマイコンを利用してデータを分散処理する。デバイスにできることは、デバイスに任せる。もちろん、命令を効率化するなど、プログラムの改良にも取り組んだ。
最終的にALL-Iを実現できたのは、「そんな地道な努力」(及川)を重ねた結果だ。
さらに、カット編集に欠かせないタイムコードに対応するほか、ファイルが4GB以上になると新しいファイルを自動生成して録画を継続する新機能なども盛り込んだ。
「スタジオや展示会などで、プロからいただいたニーズに出来る限り応えました。一眼レフカメラの動画機能としては、最先端です」(及川)
裏付けがあればこその、この自信である。
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「EOS Movieを進化させるうえで、もうひとつ、乗り越えるべき課題がありました。それは熱への対策です」。DIGIC 5+や主要なマイコンを載せたメイン基板を手に、原田がいう。電気システム開発の取りまとめ役だ。
今回のカメラは、CMOSセンサーも、映像エンジンも、EOS 5D Mark IIより遥かにハイスペックだ。それらを休みなく駆動する動画機能は、熱対策が十分でなければ実現できない。
放熱の観点でいうと、ボディは大きい方がいい。金属も使えば使うほど助かる。一方で、中級機とはいえ小型化・軽量化は必要だ。
原田たちは、熱源が集中しないよう、部品のレイアウトを工夫した。次なるターゲットは、デバイスの省電力化である。
「キヤノンは、キーデバイスを自社開発しています。それらの開発部門と協力し、節電の視点から制御のあり方を検討しました」(原田)
すべてのデバイスについてシーケンスを洗い出し、不要な電力消費を限界までカットするよう、知恵を出し合った。必要とあれば、そのための仕組みをデバイスに盛り込んでもらった。さらに、実装やメカ設計のメンバーとも協議し、放熱の効率を向上させていった。
「開発初期からの横断的な調整。苦労ではありましたが、それができるのがキヤノンの強みです。でなければ、これだけの動画機能を実現するのは不可能だったでしょう」(原田)
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『音録り』も、動画撮影では大切な要素だ。カメラファンの創意は、音に対するこだわりにもあらわれるだろう。
「動画は音も含めて作品です。モニタリングや撮影中のレベル調整ができるようになれば、より広いユーザーの方が、気軽に動画作品づくりに挑戦してくれるはず。そう考え、ヘッドホン端子の装備は、開発側から提案し、実装に結びつけました」(原田)
EOS 5D Mark IIIは、作品づくりのためのカメラ、記録だけを目的としたものではない。音量で遠近感や動体のスピード感を演出するなど、「どんな使い方にも対応できる」(原田)用意が必要だ。
そのためには、撮影中でも録音レベルを調整できる仕組みを提供したい。動画撮影時のサイレント設定は、そのためにも不可欠な機能だ。
これも「はじめての機構だけに、実現は易しくなかった」と原田は振り返る。タッチセンサーを正しく動作させるためには、近隣のメカの距離や材質にも配慮しなければならない。メカ設計と、調整を繰り返した。
いま、及川と原田の前に、完成したEOS 5D Mark IIIがある。
「カメラファンは画質、性能、質感にこだわりがある。動画機能でも、その期待にそむかないものができました」と及川。原田にとっても、苦労が大きかっただけに愛着が強い。「自分の子供のようだ」という。
「そんなことを言うと、『いや私の子供だ』という技術者が、いっぱい名乗り出てきそうですが」。カメラを手に、原田は笑った。






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豊富なシステムアクセサリーも、EOS DIGITALの魅力のひとつとなっている。注目は、EOS-1D X専用のGP-E1と同じくキヤノン初となるGPSレシーバー GP-E2。
特に風景撮影では、撮影位置を的確に記録したいという声は大きい。
サードパーティ製のGPSレシーバーとGP-E2は、何が違うのか。それは「EOSとの最適化にある」と、白川は切り出した。
「EOSとデザイン的なマッチングはもちろん、アクセサリーシューにクリップオンするだけでEOS 5D Mark IIIと通信できます」(白川)
GP-E2は、単三形電池を搭載する。常時起動しているため、カメラの電源を入れ、即、撮影しても位置情報を付加できるのが特徴だ。
実は、GPSレシーバーを活用するユーザーのいちばんのストレスは、「位置情報が付加されないことがある」というものだ。その理由の多くが、GPSレシーバーが起動し、衛星の電波を捕捉するのに時間がかかることにある。
「そういったGPSレシーバーの特性を知らなくても、シンプルに、簡単に、安心して使えるものを目指しました」(白川)
それによって、「より広く、多くの人にGP-E2を手にしてほしい」というのが、白川の希望である。
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さらにGP-E2は、カメラのアクセサリーシューに取り付けると、位置情報だけでなく方位情報も画像に付加できるようになる。
例えば移動中に美しい山を見つけ、シャッターを切ったとき、位置と方位がわかれば、後でそれが「何という名前の山」であったか調べられる。
しかし、もともとカメラのアクセサリーシューは、そのような情報をやりとりするためのインターフェースではない。
「通信速度を確保するのに苦労しました」と渡部。その甲斐があって、EOS 5D Mark IIIに装着時、最高約6コマ/秒でカメラをパンしても、すべての画像に位置情報と方位情報を付加できるという。
ストロボを使用するときは、ケーブルで接続することもできる。このとき、GP-E2を光軸に合わせられるよう、L字型のアクセサリーブラケットAB-E1も用意した。これも、「広く使っていただくための、こだわりのひとつ」(渡部)だった。
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これまでワイヤレスファイルトランスミッターを使用するお客様は、圧倒的にプロが多かった。しかし、今や家庭ではワイヤレスLANが普及し、対応する映像機器やモバイル端末も当たり前になっている。より広く、ワイヤレスファイルトランスミッターの魅力に触れられる土壌が、できつつある。そこで開発したのがWFT-E7だ。
「例えば、アドホック通信、つまりワイヤレスLAN機能を搭載した機器とダイレクト接続できます。WFTサーバー機能を使うと、スマートフォンやモバイルPCのブラウザー上で、ライブビュー映像を見ながらカメラをリモート操作できるのです」(渡部)
撮影スタイルを変えていける可能性がある、と渡部は語る。
さらに、DLNAサーバー機能を使えば、対応テレビなどで、カメラ内の画像を再生することも可能だ。IEEE 802.11a/b/g/n、Gigabit Ether、Bluetoothと、豊富なインターフェースも心強い。
もうワイヤレスファイルトランスミッターは、プロだけのアクセサリーではない。
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EOS 5D Mark IIIがそうであるように、Digital Photo Professionalも、従来とは別の次元まで進化した。アプリケーション開発を担当した前田には、推奨したい機能がある。
「それは、新機能『デジタルレンズオプティマイザ―』です」(前田)
EOS 5D Mark IIIは、カメラ単体で周辺光量や色収差、歪曲収差を補正できる。しかし、このカメラのユーザーは、高画質へのこだわりも並々ならぬものがあるだろう。
このデジタルレンズオプティマイザ―を使うと、コマ収差や非点収差、球面収差など、複雑な収差も補正できる。いわば「レンズを通る前の光」を復元する、革新的な機能なのだ。
「それほど収差が大きくないレンズであっても、絞り込めば回折により、解像感が低下することがあります。これは、光学的な宿命。それすらも補正できるのが、この機能の強みです」(前田)
例えば、風景写真などで、周辺部の解像感を改善したい場合や、絞り込んで撮った場合に効果があらわれやすいという。
一方で、多重露出やHDRモードといった、カメラ側の新機能にも対応を図った。Digital Photo Professional上でも、それらの作画機能が活用できる。HDRツールでは、絵画調の効果を調整できるよう、作画志向のカメラファンに配慮した。
「他のアプリケーションがなくても、これだけで手軽に作品づくりが楽しめる。EOS DIGITALのお客様にとって究極のツールです」(前田)
撮影後に何ができるか。キヤノンは、いつも新しい回答を用意している。






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