紀行作家/バックパッカー シェルパ斉藤×黒部渓谷・水平歩道/富山県 単独行の新たな眼

紀行作家/バックパッカー シェルパ斉藤

紀行作家/バックパッカー シェルパ斉藤

八ヶ岳山麓で自作の家に暮らす紀行作家であり、バックパッキング、自転車、オートバイ、犬連れ、耕うん機など様々なスタイルで国内外を旅するバックパッカー。国内のトレイルと名がつくルートをほとんど歩き、年に一度は海外のロングトレイルを歩く。テント泊数は1,000回以上。26年に及ぶ月刊誌『BE-PAL』(小学館)の「旅の自由型」、『フィールドライフ』(エイ出版社)の「ニッポンの山をバックパッキング」など数誌に長期連載を持つ。『犬連れバックパッカー』(新潮文庫)、『東方見便録』(文春文庫)、『八ヶ岳生活』(地球丸)、『シェルパ斉藤の元祖ワンバーナークッキング』(エイ出版社)など著作は30冊を数える。

「日本最後の秘境に延びるトレイル」

まさに「コ」の字形に断崖をくり抜いた水平歩道。対岸の岩山が巨大な壁となってそびえる。G3 Xの24mmの広角レンズが迫力を伝える。
【1/160sec F4 ISO250 露出補正0.3 焦点距離24mm】

断崖に残る何本もの鉄杭。かつてここに歩道が設置されていたことを示す痕跡だ。現在このルートは手掘りのトンネルで通過できる。
【1/60sec F5 ISO200 露出補正0 焦点距離約132mm】

「水平歩道」という名前を見たら、誰しも簡単に歩ける道を想像することだろう。
たしかに水平歩道は平坦である。ネーミングに偽りはない。ただし、そのロケーションはかなり特殊だ。水平歩道は日本最後の秘境と称される黒部渓谷にある。落差数百mの断崖絶壁が続く渓谷沿いにつくられたトレイルなのである。
その歴史は古く、開通は大正時代にさかのぼる。黒部川上流に水力発電用のダムを建設するための調査、および物資の運搬を目的に、断崖を『コ』の字形にくり抜いて歩道がつくられた。全長約13km、道幅は70~100cm。標高約1000mの等高線沿いにつくられたため平坦ではあるが、足を踏み外したら命はない。道中には絶壁やヘッドランプなしには歩けない手掘りのトンネルがあって、かなりスリリングな山歩きが楽しめる。また水平歩道の終点近くには開放的な露天風呂がある阿曽原温泉があって(日本一危険な温泉と、テレビ番組で紹介されたこともある)、登山者の人気を集めている。

数年前に僕はテントを背負って単独で全行程を歩いているが、今回は山岳雑誌『PEAKS』に連載している「シェルパ斉藤の山小屋24時間滞在記」で阿曽原温泉小屋とその先の仙ノ池ヒュッテ。池ノ平小屋の取材計画を立てて、再訪することにした。その撮影用カメラにセレクトしたのは、G3 Xである。
断崖絶壁の水平歩道は近寄りたくても近寄れない風景が連続する。24-600mmというハイスペックのズームレンズが真価を発揮するだろうし、悪天候でも撮影できる防塵・防滴構造が、雨の多い黒部渓谷での行動範囲を広げるはずだ。もちろん雑誌に掲載できるレベルの高画質であることも見逃せない。

「断崖絶壁での自撮りにチャレンジ」

僕は単独行の旅を雑誌に掲載する紀行作家である。風景写真だけでは旅の臨場感が伝わらないため、旅人である自分がそこにいる写真が必要不可欠になるが、カメラマンが同行すると単独行にならない。そこで僕はセルフタイマーを使って、自分が写り込んだ風景写真を常に撮影している。カメラマンが同行しない本物の単独行を30年以上続けているのである。
だからセルフタイマーの撮影に適していることも僕が使うカメラの条件となるが、その観点からもG3 Xは適しているといえる。
G3 Xのセルフタイマーにはカスタム機能があり、タイマー時間を最大で30秒まで設定できる。しかも標準露出、マイナス補正、プラス補正の順に3枚連続で撮影するAEB撮影の機能もある。シャッターを押してから30秒後に標準露出の写真と、マイナス補正、プラス補正された写真がそれぞれ一度に撮影できるのだ。

望遠で狙うと臨場感が増す。モニターの撮影地点を指でタッチしてピントを合わせてから、シャッターを押し、撮影地点へ向かう。狙いどおりの岩影も撮影できた。
【1/100sec F5 ISO200 露出補正0 焦点距離約78mm】

30秒も時間を稼げると、三脚にセットしたカメラから遠く離れた場所を歩く自分を写真に収められる。水平歩道のようなスケールの大きさを強調したいロケーションでこそ役立つ機能なのである。
崖が張り出した最適な場所があったので、セルフタイマー撮影を試みた。三脚をセットした場所から撮影地点までの距離は約25m。バックパックを背負って幅が狭い断崖絶壁の水平歩道を早足で歩くのは危険だが、30秒の時間があれば目的の撮影地点まで余裕をもってたどり着くことが可能だ。
シャッターが切れるであろうタイミングを想像して、その瞬間に遠くを見つめる自分を演出する。撮影が終わったら、カメラの場所に戻ってモニターで作品をチェック。さらに画角を変えたり、露出を変えたりして、水平歩道を行ったり来たりして、何度かセルフタイマー撮影を試みる。

常に自分は単独行だと先ほど宣言したが、じつはこの「シェルパ斉藤の山小屋24時間滞在記」の取材には山小屋の間取りを描くイラストレーターの神田女史も同行している。セルフタイマーで撮影を繰り返す姿を人に見られることほど、はずかしいことはない。でも、いつもの自分のスタイルを貫こう。自分にウソをついてはいけないと開き直り、彼女の存在を気に留めないように心がけて、水平歩道を往復する撮影を何度も繰り返した。

「極上の露天風呂、阿曽原温泉」

黒部渓谷鉄道の終点、欅平(けやきだいら)から水平歩道を歩くこと約4時間。初日の目的地、阿曽原温泉小屋の建物が、深い緑の中にポツンと見えた。
山を歩くたびに感じるが、山小屋の姿を目にしたときはホッと一息つく安堵感をおぼえる。山小屋は登山者にとってのオアシスだ。姿を目にした瞬間、長時間歩いてきた疲れが吹き飛ぶ。ましてやそこが温泉なら、喜びもひとしおだ。
この感激を写真に残そうと、G3 Xで阿曽原温泉に狙いを定めてズームして驚いた。遠い場所にある建物がくっきりと写っている。モニターの画像を拡大したら、細部まで判明できる。これは助かる。同行のイラストレーター神田女史は、斜俯瞰で山小屋の間取りを描いているが、この写真は参考になるはすだ。これまで撮影できなかった角度から山小屋全体を鮮明に写せるなんて、G3 Xは山小屋取材に最適のカメラかもしれない。

阿曽原温泉の建物が、深い森の中に見えた。ここから阿曽原温泉に向かって、谷を下っていくことになる。
【1/500sec F3.5 ISO800 露出補正-0.3 焦点距離約43mm】

同じ場所からズームしたら、こんなに鮮明に建物全景が撮影できた。G3 Xの600mmの高性能ぶりを改めて実感した。
【1/160sec F5.6 ISO320 露出補正0 焦点距離600mm】

阿曽原温泉のご主人、佐々木泉さんは富山山岳警備隊で13年間働いたあと、1993年から阿曽原温泉小屋のオーナーになった。一見怖そうな印象を受けるが、じつは心優しい好漢である。「黒部は生きている。自然が次々と変化しているから、これほどダイナミックな景色が楽しめる」と黒部渓谷の魅力を語る。水平歩道の整備にも尽力しており、黒部渓谷の生き字引とも呼ばれる。
阿曽原温泉小屋の建物はプレハブづくりで簡素な印象を抱いたが、それも当然である。ここら一帯は豪雪かつ雪崩多発地帯であり、阿曽原温泉小屋は営業シーズンが終わると小屋をすべて解体して部材をトンネルに収納する。そして次のシーズンが始まると再び組み立てる。黒部の壮大な自然に対してフレキシブルに対応している山小屋なのである。

黒部の自然を愛する阿曽原温泉小屋の佐々木泉さん。強面だが、G3 Xの望遠レンズは優しい本物の表情を瞬時に切り取った。
【1/60sec F5 ISO320 露出補正-0.3 焦点距離約110mm】

最高に心地いい露天風呂は時間ごとに男女交代制。さらっとして硫黄臭くない泉質で長時間入浴していられる。防塵・防滴構造のG3 Xは湯気がたちのぼる温泉でも安心して撮影できる。
【1/125sec F4 ISO250 露出補正0 焦点距離約30mm】

「雨のトレイルを歩く」

翌日は朝から雨。水平歩道を離れて標高2,090mの仙ノ池ヒュッテへ向かう。
普通のカメラは雨の日はバックパックの中にしまわなくてはならないが、防塵・防滴構造のG3 Xは雨の日もさほど気をつかわずに撮影ができる。気候が変わりやすい山の旅に適したカメラだとつくづく思う。
そもそも森は雨の日のほうが断然美しい。緑が鮮明に映えるし、しっとりと濡れた樹皮や葉は艶かしいほど美しい。普段は何気なく見過ごしている自然なのに、雨の日はメッセージ性を感じてしまう。それに優しいだけではない。厳しさとたくましさを森の自然が人間に訴えかけているように感じる。そしてこの自然を大切にしなくては、という慈愛の心も芽生える。
そんな雨の日のトレッキングにG3 Xは最適だ。雨に強いだけではない。露出補正ダイヤルが最適な位置にあって操作しやすい。しっとりとした森を写すには露出をマイナス補正したほうが魅力的だが、その設定をストレスなく操作できる。おかげで森の撮影が楽しく感じて没頭してしまい、いつもより時間がかかるスローな山歩きになった。

豪雪地帯ならではのブナの姿。雪の重みで横倒しになったブナがへこたれずに上を向こうと成長するから、根元がカーブする。目にするたびに勇気が出る姿だ。
【1/320sec F2.8 ISO800 露出補正-0.7 焦点距離24mm】

雨に濡れたブナの樹皮は、ヤマメの表面のようなぬめりを感じる。ぬめり感を出すために露出をかなりマイナス補正した。
【1/30sec F3.5 ISO200 露出補正-1 焦点距離24mm】

雪に打ち勝つブナとはいえ、黒部の自然は厳しい。雪崩だろうか、雷だろうか、巨木を裂くほどのパワー。これが自然の姿なのだ。
【1/30sec F3.5 ISO250 露出補正0 焦点距離24mm】

森はときにユーモラスな姿で迎えてくれる。サルノコシカケ。まさにネーミングどおりのキノコだ。ここに腰掛けた猿の姿を想像してもらいたい。
【1/800sec F2.8 ISO800 露出補正-1 焦点距離24mm】

ナナカマドの真っ赤な実が雨に濡れていた。よく見ると実の表面にまん丸の水滴がくっつき、周囲の風景が写っている。なんともかわいらしい姿。こんな接写をこなせるG3 Xに感謝したい。
【1/125sec F4.5 ISO125 露出補正0 焦点距離約68mm】

「自然を写す鏡、仙ノ池」

阿曽原温泉からきつい登りが連続する雲切新道を歩き続けて、2日目の目的地である仙ノ池ヒュッテに到着。ここは小屋の名が示すとおり、小屋の前に池がある。サンショウウオが生息するその池は、八ツ峰という名の険しい山(八のとおり、一峰から八峰まで8つの頂がそびえる)を写す鏡となって、山岳写真愛好家たちにとっての絶好の被写体となっている。
しかし残念ながらこの日はガスに覆われた雨天。撮影はあきらめて、小屋のスタッフたちとともに楽しい酒をいただく。残さずに酒をすべて飲み干したおかげか、翌朝はしだいに霧が晴れて、わずかながらも八ツ峰が姿を現した。山の姿は晴天よりも少し雲が出ていたほうが美しくて被写体になると、アマチュア山岳写真家たちは声をそろえていう。確かに雲が漂っていたほうが幻想的ではある。G3 Xで八ツ峰を撮影したが、山の姿よりも少しずつ色づきはじめた紅葉に感動をおぼえた。

緑が大半を占めるが、少しずつ山が色づき始めている。あと一週間もすれば燃えるような山肌になることだろう。G3 Xで鮮やかな山の紅葉を写してみたい。
【1/1250sec F4.5 ISO125 露出補正0 焦点距離24mm】

仙ノ池にはサンショウウオが生息する。肉眼でも見えるが、池に入ることはできない。こんなときにG3 Xの望遠が効果的だ。水中だから歪んでしまうが、サンショウウオの姿を捉えることができた。
【1/400sec F5.6 ISO125 露出補正0 焦点距離600mm】

ガスが晴れて青空ものぞいた。風がないため、仙ノ池が鏡となって、八ツ峰を映す。多くのカメラマンがここで撮影したくなるのも納得。フォトジェニックな池である。
【1/1250sec F6.3 ISO200 露出補正0 焦点距離24mm】

仙ノ池から八ツ峰を望んでいるとき、G3 Xで山肌をズームしてみた。雪渓がくっきりと見える。単眼鏡としても使えるレベルにあることに驚いた。
【1/1250sec F7.1 ISO125 露出補正0 焦点距離約521mm】

「池ノ平小屋、月の夜」

3日目は仙ノ池ヒュッテからわずか40分ほどの池ノ平小屋へ移動した。収容人数が30人の小さな山小屋である。北アルプスで最小の山小屋かもしれない。でもそんな小さな山小屋だからこそ、主人たちと宿泊客の距離が近くて、親しみやすい。またここは薪で沸かす五右衛門風呂方式の露天風呂もある。八ツ峰を眺めながら入浴する贅沢を味わえるのだ。

しかし、残念ながら池ノ平小屋一帯はガスに覆われてまったく視界が効かなかった。明日の朝に期待しようと、小屋の中でのんびりと過ごして連夜の酒をいただく。そして夜が更けた頃、トイレに行こうと外に出て驚いた。
ガスがすっかり晴れている。丸い月が顔をのぞかせている。写真に撮れるかもしれない。そう思ってG3 Xを三脚にセットした。狙ったのは月だ。2日後には満月となって、通常よりも大きく見えるスーパームーンになるはずだが、今宵の月もほぼ満月状態で美しい。
ズームで月を狙った僕は、撮影した写真を見てぶったまげた。くっきりどころか、月の表面もボコボコのクレーターも捉えている。天体望遠鏡かよ! とG3 Xに突っこみたくなったほどだ。
ほぼ満月の月明かりに八ツ峰の尖った稜線が浮かぶ。幻想的かつ神秘的な月夜の山岳の風景にひとり酔いしれた。

望遠鏡で写したような写真がデジカメで撮れるとは思わなかった。丸い輪郭の縁にボコボコのクレーターが写っている。G3 X、おそるべし、だ。
【1/400sec F5.6 ISO125 露出補正0 焦点距離600mm】

「山岳カメラとしての期待感」

水平歩道方面の山小屋3軒の取材にG3 Xを使ってみた素直な感想を最後に記しておこう。
出かける前は、出っ張ったレンズに少し戸惑いを感じていたが、実際に使ってみたら抵抗感はなかった。バックパックのストラップに装着したフロントバッグに収納することで、フットワークを犠牲にすることなく、すばやい撮影にも対応できたと思う。むしろホールドしやすかったし、重量のバランスにも好感が持てたほどだ。
望遠で狙って撮った写真が必ずしも優れているわけではない。でも遠くにある被写体を近くに持ってこられることは、その場所まで簡単に行けない山岳地帯では有効だ。レンズ交換をすることなく、広角でも望遠でも、高画質の写真を残せること。それは山岳地帯では大きなアドバンテージになる。しかも雨の日もフロントバッグにしまうことなく、撮影できてしまうのだから。
2015年末、震災復興支援を目的にネパールを訪れ、ヒマラヤを歩くツアーを主催する計画がある。そのヒマラヤ紀行に持っていくカメラを1台だけ選ぶとしたら、僕は迷うことなくG3 Xを選択する。

※焦点距離は35mmフィルム換算の数値です。

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