苔愛好者 田中美穂×赤目四十八滝/三重 苔の森へ

田中美穂/苔愛好者

田中美穂/苔愛好者

古書店主・文筆業。1972年岡山県倉敷市生まれ。岡山で古書店「蟲文庫」を営むかたわら、苔の観察と分類をライフワークにしている。著書に『苔とあるく』『亀のひみつ』(ともにWAVE出版)『ときめくコケ図鑑』(山と渓谷社)『わたしの小さな古本屋』(洋泉社)『胞子文学名作選』(港の人)などがある。岡山コケの会事務局担当、日本蘚苔類学会会員。専門家と初心者とをつなぐ「窓口係」として苔観察会の講師をつとめることもある。

「苔の眼」

本業は古本屋の店主なのだが、そのかたわら苔の観察をはじめて20年ほどになる。店の帳場に座って古本を売り買いするのが仕事だから、それほど頻繁に遠出するわけにはいかないが、苔は環境によって生える種類や生育具合がまったく変わるので、さまざまな環境においての「苔の眼」を養うためにもときどき時間をつくって山へ出掛けている。もちろん、第一に個人的な楽しみのためなのだけれど。
ひさしぶりの苔遠征。今回は三重県の赤目四十八滝に決めた。映画化もされた小説の舞台になっているので、その名前は見聞きしたことがあるという方も多いのではないかと思う。関西圏ではよく知られた景勝地で、特に秋の紅葉は見事なもの。プロ、アマチュアを問わず写真を撮るのが目的で訪れる人も少なくない。

スタート地点からさっそく苔におおわれた急斜面が。何が生えているのか気になって、なかなか前に進めない。
【1/30sec F2.8 ISO125 露出補正0 焦点距離24mm】

複雑な奥行きと広がりとをもつさまざまな緑に圧倒されてシャッターを押した。歩いていた足を止め、何気なく撮った1枚だが、眼で見た風景とほとんど変わらない写真が撮れる、さすがの広角、高解像度。
【1/1000sec F2.8 ISO800 露出補正0 焦点距離24mm】

透き通った水底の岩や砂の上に、鏡のような水面に映る木立の陰が重なってとてもきれいだった。
【1/30sec F2.8 ISO200 露出補正0 焦点距離約27mm】

森林内の苔坊主。そこかしこで岩や倒木がコケでおおわれていた。モニターで拡大してみると4種類くらいの苔が確認できて楽しくなった。
【1/40sec F5 ISO800 露出補正0 焦点距離約135mm】

「赤目四十八滝へ」

「四十八滝」といっても、ちょうど48ヶ所滝があるのではなく、「滝がたくさんあるところ」というくらいの意味。入口から一番奥の「岩窟滝」までは3km強で、そのあいだに大小の滝が点在する。滝を眺めながらのハイキングなら、片道1時間30分程度のコース。運動靴と日常生活に差し支えないくらいの体力があれば問題なく歩ける環境で、この日も比較的年配のご夫婦や若いカップルを何組も見かけた。
最寄りの近鉄赤目口駅からバスやタクシーで10分程度。これほどの自然の中へ、わりあい気軽に訪ねられるアクセスの良さも魅力のひとつだろう。

スタート地点から近い不動滝。朝の光が差してとても美しい。シャッタースピードを落としても、手持ちのままこんな写真が撮れるんだと感心した。
【1/8sec F11 ISO125 露出補正0 焦点距離約70mm】

コバルトブルーの水面に真っ白の布が長く垂れるような姿をした「布曳滝」。右側の苔蒸した火山岩の柱状節理も美しい。
【1/4sec F4 ISO125 露出補正0 焦点距離約30mm】

一番奥の岩窟滝までは一本道。苔に草花に昆虫に、とあれこれ気を取られがちなわたしには、途中で迷う心配がないのもうれしい。被写体の目的が苔とはいえ、まず手が伸びたのはやはり渓谷内の風景だった。G3 Xは携帯性がよく、もたつくこともなくすぐに撮影ができた。グリップの部分もとてもにぎりやすく出来ており、安定感がある。「三脚なしでどれだけ撮れるかな」という興味もあったのだが、どのシーンでも想像以上のものが撮れ、思わずうなってしまった。

好天が続くといちばんに涸れてしまうという「雨降滝」。最も早いシャッタースピードまで上げると「雨粒」を撮ることができた。「わ、このカメラ楽しい!」と思った瞬間のひとつ。
【1/500sec F5 ISO6400 露出補正-0.3 焦点距離約98mm】

この夏の終りは全国的に天候が不順で、訪れた日の前の週などは台風の影響で入山禁止になっていたそうだ。そんな中、奇跡的に晴れた2日間。地元の方によれば「雨が降るのも困るけど、好天が続くと今度は滝の水が涸れてしまうから、今日なんかは、本当にいいタイミングですよ」ということだった

「色とりどりの緑、苔の森へ」

滝のまわりに付きものなのが苔。特に、数多くの滝が点在する赤目渓谷は実に苔の種類が豊富で、ホソバミズゴケ、ヒノキゴケ、コウヤノマンネングサ、オオカサゴケ、クジャクゴケ、コマチゴケ……と苔界の「きれいどころ」が一堂に会している、といった風情なのだ。

ふんわりと優美なヒノキゴケ。ちょうど蒴(さく)と呼ばれる胞子体が伸びていた。この頭の部分が成熟し、はじけて胞子をまき散らし、そしてやがては明日のヒノキゴケへとつながって行く。苔の写真は電子ビューファインダーを取り付けたほうがより撮影がしやすかった。
【1/40sec F3.5 ISO640 露出補正-0.7 焦点距離約40mm】

青白い姿がひときわ目をひくオオシラガゴケ。京都の苔庭などで一面に生えているのがよくみられるホソバオキナゴケの仲間になる。
【1/4sec F5.6 ISO125 露出補正-0.7 焦点距離24mm】

イチイゴケの仲間。コケといえば緑のイメージだが、このように赤くなる種類もいくつかある。小形の苔なので、大丈夫かなと思ったが、無事撮ることができた。
【1/30sec F3.2 ISO125 露出補正0 焦点距離24mm】

苔には一般的な植物でいうところの「根」がなく、仮根(かこん)と呼ばれるひょろひょろとしたヒゲのようなものが地面や岩に張り付いており、生活に必要な水分や養分は体全体から取り込む仕組みになっている。そのため周囲の環境が何より重要なのだ。滝があるような、常に空中湿度の高い環境は、水分を多く必要とする大形で美しい苔が生えるのにもってこい。赤目の苔は皆本当にみずみずしく、のびやかだった。
苔は世界に18000種、日本だけで1800種程度確認されている。本来、苔の種類を見分けるのはなかなか難しい。肉眼で特定できるものはごくわずかで、特に町中の乾燥した場所に生える小形のものには、顕微鏡を使って細胞の形まで確認してようやく分かるものも珍しくはない。たぶん、苔に興味を持ちはじめた人が、いきなり町中の苔の分類にチャレンジしたら、すぐに嫌になってしまうだろう。その点、森林地帯に生えるものには、大形で見栄えも良く、その姿形だけで種類がわかるものが多いので、かえって親しみやすいのだ。とくに赤目は四方八方に苔が生えているため、しゃがんだり這いつくばったりしなくても、目の高さでいろんな種類の苔を眺めることができる。

この苔を見かけると「ああ、山の中へ来たな」と実感するコウヤノマンネングサ。姿も名前もあまり苔らしくないけれど、れっきとした苔。少し高いところに生えていたので、望遠が威力を発揮してくれた。
【1/20sec F5.6 ISO1000 露出補正-0.3 焦点距離約248mm】

低地から森林内まで、ひろく分布するシノブゴケの仲間。しかしさすが森林内のものはのびのびとして美しかった。羊歯植物の「シノブ」に似ていることからこの名前がある。
【1/30sec F3.5 ISO800 露出補正-0.3 焦点距離約40mm】

「時を忘れて苔観察」

はじめにコースタイムが1時間30分程度と書いたが、目的が苔の観察なので、実際にはその何倍も時間がかかってしまう。この日も、朝から夕方の閉山時間まで、気がついたら8時間以上も渓谷内に張りついていたため、送迎をお願いしていた方に少し心配をかけてしまった。

コケを見て歩いていると、あちこちで見かけるのがキノコ。少し離れたところに生えていたので、望遠の距離をいろいろと試しながら撮った一枚。ホウキタケの仲間かな。奥行きのある写真になって気に入っている。
【1/100sec F5.6 ISO800 露出補正0 焦点距離約188mm】

苔を観察する時には、たいてい少しつまんでルーペで細部の特徴を確認するのだが、ここは国定公園の中なので動植物の採集や森林内への踏み込みは禁止されている。手に取ってみることができない、また、遠くて近寄ることができない。そんな時このG3 Xの望遠で撮ってモニターで拡大すると、ルーペや実体顕微鏡で覗いた時のように細部まで確認できるため、おおよその種類がわかり、おもわず歓声をあげてしまった。瞬時にルーペにも望遠鏡にもなって、しかもそれが記録されるのだから、こんなにうれしいことはない。

火山岩の侵食によってできてきているこの一帯の地形。いたるところ板状節理や柱状節理がみられ、おもわず見とれた。かっこいい!
【1/40sec F3.5 ISO800 露出補正0 焦点距離約38mm】

岩の上で休んでいると、少し離れたところにトンボの姿が。そっと身体をねじって、望遠を最大にまで伸ばして撮った1枚。これはコバルトブルーの体色が特徴のミヤマカワトンボのオス。肉眼では「カワトンボだな」くらいしか分からなかったので、あらためてG3 Xの性能に感心した。
【1/160sec F5.6 ISO320 露出補正-0.3 焦点距離600mm】

山の夕暮れは早い。急ぎ足の帰り道、薄暗くなった渓谷に光が差してきれいだったので、カメラを向けてみた。明暗差が激しいので難しいかな、という気持ちもあったのだが、見事細部まで表現されていた。
【1/40sec F4 ISO320 露出補正-1 焦点距離約54mm】

木々の緑、その隙間から差す光の陰影、川の流れ、魚、鳥、昆虫、小さな草花にキノコ、羊歯、苔、そしてもっともっと小さな菌類など、山の中というのは情報が多すぎてとても処理が追いつかない。どれだけそこで過ごそうとも、見逃してしまうもののほうが圧倒的に多くなるのだ。もちろん、それこそが自然の美しさであり、素晴らしさだとは思うが、帰り道、どうしようもなく後ろ髪をひかれてしまうのも事実。今回、このG3 Xで撮影したものを改めて見ていると、その時には気がついていなかったものまで写っているのを発見でき、いつまでも見飽きなかった。そしてまた、いますぐにでも撮影に行きたくなってしまった。冬場の凍りついた滝の姿も一度見てみたいと思っている。

※焦点距離は35mmフィルム換算の数値です。

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