山伏・採集者 成瀬正憲×月山/山形 山の恵みと、生きる知恵と

山伏・採集者 成瀬正憲

山伏・採集者 成瀬正憲

1980年生まれ、岐阜県中津川市出身。山伏。2009年山形に移住。羽黒町観光協会職員として「出羽三山精進料理プロジェクト」を立ち上げる。2013年に独立し「日知舎」設立。聞き書きをベースにした地域文化のフィールドワークから山の産物や手仕事の流通、商品開発などを行うほか、「アトツギ編集室」のメンバーとしても活動し、ヤマノモノの採集から保存食づくりまでを体験する「森の晩餐」などを企画運営している。

「山に息づくものに触れる」

「あそこにブナの倒木があるだろ」。そういって月山山頂小屋のご主人・芳賀竹志さんが指差した先、30mほど離れた山の斜面には確かに親指大の灰色の影があった。「あれがどうかしたんですか?」と怪訝そうに尋ねる僕に、行けばわかると彼は微笑んだ。

果たしてブナにはびっしりナメコが生えていた。どれほど視力が優れようと見える距離ではないのに、一体どうしてわかったのだろう。山の民に息づくものの深さに最初に触れた瞬間だった。

同じキノコでも生える条件によって姿形は大きく異なり、ナメコひとつとっても、風通りがよく陽のあたる場所のものは、ナメコ特有のぬめりがなく乾いていることもある。
【1/200sec F4 ISO500 露出補正-0.3 焦点距離24mm】

「山の文化を継ぐ者へ」

山形に移住したのは山伏(やまぶし)の修行がきっかけだった。文字や言葉に表れたその文化を上澄みのようなところですくい取るのではなく、その余白にあるもの、息遣いのようなものを感じ取りたいと思ったなら、その土地に暮らすのが良いと思ったのだ。

山伏は山岳修行を行う人々のこと。山を他界であるとともに胎内とみなすこの修行は、一度死んで新たに生まれ変わる「擬死再生(ぎしさいせい)」の行と呼ばれる。修行が終われば日常に戻るが、非日常的な山での経験は、山伏に日常がどのように成り立っているかをはっきりと認識させる。僕はここから食の源流を山に求めた。そして自然のありあまる豊かさを直接享受する喜びや、それを糧に暮らすことの手応えを大切なことと感じて、採集を始めた。

芳賀さんは0歳の頃から背負われて月山に登り、現在は月山山頂小屋を営む山のスペシャリストだ。彼が山菜、薬草やキノコがいつ、どこで、どのように生育し、採集できるかといった知識や、それを可能にする森の見方や、山との付き合い方など多くを手ほどきしてくれた。食べて美味しいキノコの多くはブナやミズナラの枯れ木や倒木に出ること。その倒木も梢が山の斜面の上ではなく下向きに、夏ではなく冬に倒れていること。その他山々の地形、風向き、太陽の方角など、たくさんの条件が折り重なってキノコは生える。「あそこにブナの倒木があるだろ」は、それらすべて踏まえての言葉だった。
山の民が体現するものは、明文化されることが少ないだけに、失われれば二度と取り戻すことはできないだろう。次代にこれを引き継ぐため、僕は三年前に日知舎(ひじりしゃ)を設立し、事業のひとつとして山のモノの採集と、それらを流通させる仕組みの確立を目指して活動を始めた。

「晩秋の月山」

月山から遥か鳥海山を望む。手前から奥に流れる立谷沢川(たちやざわかわ)は左手の庄内平野を潤して日本海に注ぐ。天候によっては日本海に浮かぶ飛島まで一望できる。
【1/1250sec F5 ISO125 露出補正0 焦点距離24mm】

雨の多かった今秋。よく晴れたその日は月山を登る道から遥か鳥海山(ちょうかいざん)が見渡せた。眼下の落葉したブナ・ナラ林の絶景を24mm広角で収めた。山々に広がるその木々がピンクグレーに靄がかったように見え、この狩り場にも採り納めが近づくのを知らせる。今年は木の実や果実といった生り物が豊作だから熊は喜んでいるだろうけど、キノコはあまり芳しくない。今日はどうだろうか。

月山では標高800mから1200mほどの深いブナ・ナラ林が最高の狩り場だ。八月にはトンビマイタケ、チチタケが採れ始め、九月に入りヤマブドウが色づくと、マイタケ、カノカ(ブナハリタケ)、モダシ(ナラタケ)。それから早生(わせ)のナメコ、ブナシメジ、中生(なかて)のナメコ、クリタケ、ムキタケ、晩生(おくて)のナメコと、雪の帳が下りるまで採集は続けられる。柴をロープに、木の根をホールドに、崖のような斜面を上り下りして狩り場へ向かう。季節特有の眩しい日差しを手で遮ると、背筋に汗が滲んだ。

狩り場に向かう急斜面を降りると突然視界が開けた。妙なる紅葉の向こうに月山。眼が合ったような気がしてパチリ。
【1/1250sec F3.5 ISO160 露出補正0 焦点距離24mm】

驚くべきズーム機能でかなり離れたブナの木にサルノコシカケを発見。千里眼を手にしたかのよう。
【1/60sec F5.6 ISO500 露出補正0 焦点距離600mm】

このような道なき山の中を分け入っていく。立ち止まりG3 Xのズーム機能を使用すればさまざまな発見が得られる。
【1/30sec F9 ISO500 露出補正0 焦点距離約59mm】

崖のような斜面を登る。樹木の根は雪圧を避けるために地面に沿うようにしてから天を目指す。
【1/500sec F4 ISO250 露出補正0 焦点距離24mm】

今年は数十年に一度と呼ばれるほどブナが豊作。ブナの実などを使った食文化を体験するイベントを企画・運営している。
【1/640sec F4 ISO160 露出補正0 焦点距離24mm】

「森を見る、耳を澄ます」

初めて足を踏み入れる落葉広葉樹林では、枯木や倒木を探すことになる。林床が繁り視界がきかないときは空を見上げる。林冠と呼ばれる樹木の最上層は枝葉でしきつめられているが、ぽっかりすき間があいていることがある。そこに行けば足元に倒木があるはずだ。見つけたキノコはつやがあったり、乾いていたり、濃い色をしていたりと、実にさまざま。コンパクトなボディのG3 Xで、赴くままにキノコの表情を切り取っていく。
倒木は、木を腐朽させる菌類のはたらきによって倒れたものだ。キノコとは、この木材腐朽菌の一生のなかで、植物でいえば花にあたる時期を指した言葉である。これらの菌類は分解者として森の重要な役割を担う。その役割がなければ森は成長する木ばかりで埋め尽くされるだろう。森は動物や植物などで構成されているように見えても、その生態系を支えているのは眼に見えない小さな菌類たちなのだ。森を歩く僕らの足元にそのはたらきが静かに深々と営まれていると思うと、途方もないキノコの世界の広がりを感じる。

強風で倒れたのだろう。立ち枯れたブナとその倒木が横たわる。それによって、林間にすき間ができ、日差しが注ぐことで新たな木の芽が成長する。そのようにして森の生態系が循環していく。
【1/500sec F4 ISO160 露出補正0 焦点距離24mm】

ナメコの色は樹上に顔を出したばかりの濃い茶色から、次第に薄くなるのが一般的。
【1/1000sec F4 ISO500 露出補正-0.3 焦点距離24mm】

薄い表皮が剥けることからその名が付いたというムキタケ。肉厚でジューシー。炒め料理によく使われる。
【1/160sec F2.8 ISO800 露出補正0 焦点距離24mm】

落ち葉の間からひょっこりと顔を出したイモリ。このような生き物との出会いをすばやく写真に収められた。
【1/40sec F5 ISO500 露出補正0 焦点距離約73mm】

山伏の修行を重ねてきて、いつ頃からかふたつの視点が備わったような気がしている。ひとつは山の頂きから眼下を一望する鳥のような視点で、もう一つは地を這う虫のような視点である。いいかえれば物事を俯瞰して大枠を把握し、抽象化する眼差しと、物事の渦中に身を置き、微細な声に耳を澄まし、具体性とともにある眼差し、といえるだろうか。山を歩く一歩一歩に、このふたつの視点がいきいきとはたらくのを感じる。

G3 Xはそんな感覚に応えてくれるカメラだ。これまでなら足元に広がる菌類の営みに耳を傾けようとしても、物理的に僕の身体が小さくなるわけではないから、近づきたくても近づけないもどかしさがあった。ところが可動式のチルト液晶モニターは地を這う虫のようなアングルを可能にしてくれるのだ。また、広角レンズの状態で自ら被写体に近づいて撮ることの多い僕にとって、接写で菌類の生き生きとした表情を残せるのも嬉しい。そしてズーム機能は、森の中にいながら森を俯瞰する眼差しを提供してくれ、30m以上も離れたブナにサルノコシカケを発見することができた。

新しいカメラとの出会いは新しい被写体との出会いも呼んでくれる。次はこの森で何に出会うのだろう。この日収穫したナメコ、ブナシメジ、クリタケとムキタケをザックに入れ、僕は山をあとにした。

※焦点距離は35mmフィルム換算の数値です。

No.13 No.15