西穂山荘常務兼支配人・気象予報士 粟澤 徹 西穂高岳/長野 初冬の気象を捉えて歩く

西穂山荘常務兼支配人・気象予報士 粟澤 徹

西穂山荘常務兼支配人・気象予報士 粟澤 徹 

長野県出身。信州大学経済学部卒。北アルプスの稜線で唯一通年営業する山小屋、西穂山荘の常務兼支配人。北アルプスの空を見続けるうち、山の気象を知る必要性と、雲の魅力に心を奪われ、気象予報士となる。Facebook『やさしい山のお天気教室』『人のため自然のために』を通して、山の気象や登山者の安全に関する情報を配信しつつ、山の魅力も伝えている。

「いざ、雲上の世界へ」

画面左奥の高い山は乗鞍岳(のりくらだけ)。その手前が活火山の焼岳(やけだけ)だ。長野と岐阜を隔てる稜線の低いところから、雲海の雲があふれだしている。滝雲と呼ばれる現象だ。
【1/1250sec F4.5 ISO125 露出補正0 焦点距離24mm】

まだ薄暗い山荘の中で、使い慣れたザックに無線機と行動食を詰め、グローブをつかんで外に出る。昨日降った雨は標高の高いところでは雪に変わり、穂高連峰は薄っすらと雪化粧しているはずだ。
2015年は冬の訪れが遅い。11月も下旬にさしかかるというのに、これほど雪がないのは珍しいことだ。
やっと聴こえてきた冬の足音を、身体で感じ、写真に収めるべく、西穂高岳の稜線を目指す。
腰のカメラケースの中で出番を待っているのはG3 Xだ。強い風によって一瞬で形を変えてしまう山の雲を撮影するためには、シャッターチャンスを逃さないことが最大のポイントだ。また、厳しい岩稜帯を縦横無尽に上り下りするためには、両手を空けておかなければならない。腰にすぐに取り出せるコンパクト機を収めるスタイルは、自分にとっての必然から生まれている。しかし、人の心に何かを訴える写真を撮るためには、コンパクト機ではあっても高画質を求められるのが当たり前だ。これがハイエンド機であれば言うことはない。G3 Xはまさにこのハイエンドコンパクト機というカテゴリーに属するカメラ。これ以上ない頼れるパートナーとなりそうだ。
丸山で日の出を迎える。昨日日本海にあった低気圧は東に抜け、大陸から高気圧が張り出してきているため、天気は回復傾向だ。湧きあがってくる雲が、朝日によってオレンジ色に染まる瞬間を狙う。狙いを定めて撮った一枚には、手前のハイマツ帯から遠方の尾根へと続く朝の光と影が、期待通りに表現されていた。朝の柔らかい光に明るく照らし出されるうろこ雲と、青さを増していこうとする空の色も納得のいくものだ。
汗をほとばしらせて、一気に高度を上げる。振り返ると、笠ヶ岳の中腹まである雲海が、はるか西の空まで続いている。上空に広がる高積雲との対比が美しい。雲上の世界ならではの壮大な景色は、ぜひとも広角で撮りたいもの。このカメラの24mmのレンズは、登山中に十分な力を発揮してくれる。数時間後、広角で撮影された写真が、山で目にした雄大な景色群が、その時の感動を再びよみがえらせてくれるはずだ。

丸山は日の出を撮影する好適地。この時期は八ヶ岳から昇る朝日をカメラに収めることができる。
【1/1250sec F3.5 ISO125 露出補正0 焦点距離24mm】

層積雲からなる雲海が眼下に広がる。県境を除いては岐阜県内で最高峰となる笠ヶ岳は標高2898m。岬のように見える手前の尾根に立っているのはロープウェイの鉄塔だ。
【1/1000sec F4 ISO125 露出補正0 焦点距離24mm】

朝日を浴びる丸山と大空に広がる波状雲。この日の雲は好天を示す高積雲の一種だ。
【1/1250sec F7.1 ISO250 露出補正0 焦点距離24mm】

「山で発生する現象を撮る」

太陽が高度を上げ、日射で温められるにしたがって、雲海は次第に消散していく。下方の雲を見下ろすと、消えゆく雲の縁がほのかな虹色に彩られていた。
このような大気光学現象を撮影するのは、なかなか困難だ。携帯電話のカメラ程度のものはもちろん、コンパクトデジカメでも、よほど彩度が高く、明瞭に出現してくれたものでなければうまく撮影できない。ましてや今回のような淡い色合いのものはさらに難しいのだが、G3 Xはそれを見事に写し出してくれた。撮影した画像をチルト液晶モニターで確認して、思わず唸る。ハイエンド機の実力を見せつけられた思いだ。
西穂独標を越え、ピラミッドピークへの登りに差し掛かったところで、珍しい現象に遭遇した。「雨氷(うひょう)」と呼ばれるものだ。過冷却(0度以下)の雨が降り、物に衝突した際、瞬間的に凍りつく現象で、滅多に見ることはできない。
すぐにカメラを取り出し、シャッターを切る。透きとおった雨氷と青空の対比は、心が洗われるような美しさだ。しかし、冬の晴天時に問題となるのは光の強さだ。あたりが白一色に覆われる場面が多いため、反射により輝度が大きくなり、青く澄んでいる空が藍色のようになってしまう。
この場面に限らず、今回の撮影では、プログラムモードで青を強調することによって、空の色をよりリアルに再現することを試みた。空の青さを忠実に表現すべく補正してくれるとともに、操作もシンプルで重宝した。
さらにこれまでのコンパクトデジカメでは困難であった撮影を試みる。稜線の強い風に揺れる事物の撮影だ。ハイマツの先端に付着した氷を狙う。シャッタースピードを最速の1/2000まで上げてみた。細いハイマツの葉や氷の細部まで、鮮明に撮れている。これなら風を気にせず、もっと遠くのものまで十分撮影できそうだ。

消えゆく雲が、ほんのり薄く七色の光に染まっている。数分前に強く日が射したときには、ここにブロッケン現象が発生していた。山の景色は刻一刻と変わっていく。
【1/640sec F7.1 ISO125 露出補正0 焦点距離約146mm】

色は多少白みがかっていて完全に透明ではないが、氷からできており、雨氷といって良いだろう。エビの尻尾のように風上に向かって伸びている雨氷は、高山ならではのものだ。
【1/640sec F7.1 ISO125 露出補正0 焦点距離約46mm】

稜線の強い風に揺れるハイマツの枝先を早いシャッタースピードで捉えたもの。ハイエンドモデルでなければ、ここまで鮮明に撮影はできないであろう。
【1/2000sec F5 ISO200 露出補正0 焦点距離約149mm】

枯れた植物にみぞれまたは雪が付き、その上から雨氷による氷が覆ったため、白い滝のような造形ができあがっていた。自然が創り上げた芸術作品に思わず見惚れる。
【1/640sec F7.1 ISO125 露出補正+0.7 焦点距離24mm】

「遅い冬の訪れ」

西穂独標まで登ると、突然穂高連峰の険しい山々が姿を現す。写真は奥穂高岳方面を撮影したもの。丸山から連なる広くどっしりとした山並みが、独標から先は岩稜からなる山並みに変わる。
【1/1250sec F4.5 ISO125 露出補正0 焦点距離約54mm】

ジャンダルムとはフランス語で憲兵または衛兵の意味。遠くにそびえる岩峰をこれだけ鮮明に捉えることができれば、撮影の幅が一気に広がる。
【1/1250sec F6.3 ISO125 露出補正0 焦点距離約324mm】

ピラミッドピークから遠望する西穂から奥穂へと続く稜線の様子は、雪化粧と呼ぶのははばかられる程度。“薄化粧”といったところか。西穂高岳側から見ると、奥穂高岳で一番高く見えるのは山頂ではなく、その手前にそびえるジャンダルムと呼ばれる岩峰だ。ジャンダルムを望遠で捉えると、黒々とした岩肌や岩の隙間に積もった雪が詳細に写し出される。
600mmの高倍率ズームをもつG3 Xならば、これまでは不可能であった画づくりを可能にしてくれる。
はるか離れたところにある積雪状態をこれほど明瞭に写せるのであれば、登山者への情報提供といった別の意味での利用価値も生まれてくるほどだ。
稜線を吹き抜ける風の冷たさが、先週までとは明らかに違ってきている。冬はもうすぐそこまで迫っている。

「冬よ、ようこそ」

一週間後の11月29日、再度ピラミッドピークまでの撮影に挑む。
昨日まで続いた冬型の気圧配置により、北アルプスにいよいよ冬が訪れた。山荘周辺はガスに包まれているが、雲の上に出れば上空は抜けていると判断し、冬を迎えたての穂高連峰と対面しに行く。
丸山では、冬の象徴“エビの尻尾”が岩を覆っていた。午前11時になるというのに、気温はマイナス8.5度。風は時折15mを超える。厳しい気象条件ではあるが、この厳しさがなければエビの尻尾をはじめとする美しい冬の造形は生まれない。久しぶりに頬を打つ寒風に懐かしささえ覚えながら、登り続ける。標高2550mを越えたあたりで予想通り雲の上に出た。上空は高層雲に覆われているものの、視界は良好だ。

丸山は北風をまともに受ける位置にあるため、冬には強い風が吹く。またのっぺりとした大きな岩が重なるようにしてあることから、岩にエビの尻尾ができるのも特徴的だ。
【1/1250sec F7.1 ISO125 露出補正0 焦点距離24mm】

標高2550mあたりまで登ると、雲の上に出た。そこにはシュカブラ(風雪紋)と樹氷の森からなる別天地が広がっていた。
【1/1250sec F11 ISO125 露出補正0 焦点距離24mm】

「時間との闘い」

独標から、登ってきた尾根を見下ろす。稜線には尾根を下っていく登山者の姿が写っている。写真右側(岐阜県側)の斜面を雲が駆け上り、左側(長野県側)へと流れている。
【1/1000sec F9 ISO125 露出補正+0.3 焦点距離24mm】

今日の撮影にはタイムリミットがある。岐阜県側の登山口にあたる新穂高ロープウェイは明日から5日間、メンテナンスのため運休する。今日は諸事情により日帰りをしなければならず、最終便に間に合わないと大変だ。
独標までは数パーティーが登っていたが、その先に挑んだパーティーはすぐに撤退してきたようだ。踏み跡がないのは撮影には好都合。期待を膨らませながら歩みを続ける。
独標の先の10峰までで踏み跡はなくなっていた。降りたての雪は岩にのっているだけで、アイゼンはまったく効かない。通い慣れた登山道だが、かなり気を引き締めていかなければならない、厳しいルート状況だ。
ここというポイントで撮影を重ねるが、タイムリミットがあるため、じっくりと撮影というわけにはいかない。おのずとカメラのオート機能に頼る部分も増えてくる。しかし、オートで撮っても優れたパフォーマンスを発揮してくれるのがG3 Xだ。逆光で撮影した9峰の写真は、自分でも気に入っている一枚。逆光であるにもかかわらず、ピークを覆う雪面がホイップクリームのような滑らかさで表現されている。
ピラミッドピークに到達し、登ってきた稜線を見下ろすと、さっきまで下の方にあった雲が急激に厚みを増してきている。独標が今にも呑み込まれそうだ。風は次第に強さを増し、突然体当たりされたかのような衝撃を浴びせかけてくる。時間的にも天候的にも潮時だ。
冬の厳しい寒さの下では、バッテリーの持ちが気になるところだが、今回の撮影では二日ともバッテリー交換なしで撮影を終えた。厳冬期にはマイナス20度を下回ることもあるため、もちろん同じようにはいかないだろうが、低温下でのバッテリーの能力は高そうだ。どこまでタフなやつなのか、さらに厳しい条件下で使いこんでみたい。
良いパフォーマンスをありがとう、とG3 Xを腰に収め、再度気を引き締めて帰路に挑む。

越えてきた9峰を振り返って撮影したもの。柔らかい新雪の下にどのような不安定な岩が隠されているのか、全く分からない。夏のルートを熟知していなければ、かなりの緊張を強いられる難しいコンディションであった。
【1/1250sec F9 ISO200 露出補正0 焦点距離24mm】

上空の高層雲が厚みを増すとともに、下層からも層積雲がどんどん高度を上げてきた。この数分後に独標は雲に呑み込まれていった。今日の撮影はここまで。危険な所は登り以上に慎重に下り、後はロープウェイまで一気に駆け下りて帰路へ向かった。
【1/1250sec F9 ISO200 露出補正0 焦点距離24mm】

※焦点距離は35mmフィルム換算の数値です。

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