写真×メディアアート 真鍋大度 6senses それは、感性を刺激するミラーレス。

【EOS M6×6senses:写真×料理】

イタリア料理の第一人者、落合 務の
記憶に残る「始まりの1枚」。

日本におけるイタリア料理の先駆者であり、
いまも厨房で腕を振るい続ける
イタリア料理界の重鎮、落合 務。
写真を「大切なメモリー」と語る彼に、思い出のカメラや写真について語ってもらいました。

イタリア料理のシェフといえばその筆頭に名前が上がる落合 務さん。現在は約240名ものシェフが加盟する日本イタリア料理協会の会長も務めるなど、日本におけるイタリア料理界の重鎮としても知られ、オーナーを務める「ラ・ベットラ・ダ・オチアイ 銀座本店」は開店21年目にしていまなお「予約が取れない店」として高い人気を誇っています。

過去に11台を所有していたこともあるクルマや腕時計など、多彩な趣味をもつ落合シェフですが、写真に関しても、少年時代には自ら撮影した写真で学級新聞をつくったり、ラ・ベットラ以前に撮影されたモノクロ写真を「始まりの1枚」として大切にしているなど、いくつもの思い出がありました。今回は、そんな落合シェフから写真にまつわるお話を伺いました。

おもちゃのカメラで
撮影し、学級新聞を
つくった少年時代。

落合シェフはブログをはじめ、FacebookにTwitter、さらにはInstagramにも自らのアカウントをもつ、シェフ界屈指のSNSの使い手。そのいずれにも、料理を筆頭にイベントの風景や友人らとの楽しげな様子など、多くの写真がアップされています。

「5年くらい前は、それこそ写真をいっぱい上げたり1日に2回も投稿したりと、Facebookを一生懸命やっていたの。友達も増えるし投稿するたびにコメントが寄せられたりと楽しいじゃない。でもさ、友達と食事に行ったり各地のイベントに行ったりすると、友達やお客さんが写真を撮って自分のSNSに上げてくれるでしょ。で、みな“落合務”ってタグ付けするから、僕のSNSにもいっぱい上がってくるわけ。そうなると、僕が上げる必要がないんじゃないかって、最近ではあんまり投稿しなくなっちゃっいましたね(笑)」

SNSにはアップしなくなったものの、シェフのスマートフォンには自身で撮影した写真がたくさん保存されています。その大半を占めるのは、やはり料理のようです。

「食べに行ったお店の料理が多いですよね。あぁ、なるほどこの食材にはこういう使い方もあるのかなど、いろいろと参考になりますから。もちろん、全部をそんなに気負って撮っているわけじゃなくて、日々食べた料理で面白いなと思ったら撮っておく。あとで振り返って『今日は食べすぎたな』って反省にもなるじゃない(笑)。なんだろう、料理やおやつって、つい撮りたくなるんです。動物みたいに動かないから、僕でもキレイに撮れるしね」

現在、撮影は「もっぱらスマートフォンで」という落合シェフですが、実は既に小学生時代からカメラで撮影を行っていた、カメラ少年だったといいます。

「小学校の1、2年生の頃かな、祖父か親父から500円くらいのおもちゃのようなカメラを買ってもらったんです。当時、1日のこづかいが5円だったから100倍だよね(笑)。絞りなんかもついてたんだけど、印刷されるのは切手大のヤツで小さいの。でも、自分が撮ったものが写っているのが嬉しくて、友達と学級新聞をつくったんです。交番の前に事故の件数とか表示されている看板などを撮ったりしてね。もちろん記事は全部手書きで写真も小さいんだけど、なんだかいっぱしの記者かカメラマン気分でしたね(笑)」

“始まりの時”を写した、
34年前のモノクロ写真。

小学校の頃からカメラで撮影を行い、いまでも多くの写真をスマートフォンに収める落合シェフ。「シェフにとって写真とは?」と聞くと、「メモリー」という言葉が返ってきました。そんな落合シェフが最も記憶に残っている写真があります。それは、イタリア修業から帰国後、赤坂のイタリア料理店「グラナータ」の料理長を任された頃のモノクロの写真。そこにはイタリア人から拍手をあび、盾を受け取る、若きシェフの姿がありました。

「これはグラナータの料理長になって1年後の1983年頃の写真。当時、イタリア料理なんて誰も知らなくて、アルデンテに茹で上げたパスタを『硬いから茹でなおせ!』なんて言われていた時代(笑)。そんなある日、お客さんに呼ばれて客席に行ってみると、そこには一人のイタリア人がいて、『なんで日本人がイタリア料理をつくっているんだ!?』と。確かに、僕らが海外に行って入った日本料理店の板前がその国の人なら違和感を感じるでしょ」

シェフはこれまで4年間、イタリアで修行を積んだことや修行したローマの料理店の話をすると、そのイタリア人は「そこは僕の行きつけの店だ!」と喜んだといいます。

「その人は、イタリア政府観光局のお偉いさんだったのです。そんな修行時代の話で意気投合し、以降、同僚や友人、そして在日のイタリア企業の人をどんどん連れてきてくれた。その頃は、お客さんの多くがイタリア人だった日もあるくらいでしたね」

そして、その人から落合シェフの転機となる、ある催しが提案されます。

「イタリアも日本同様、その土地の郷土料理がある。そして、彼の出身は、パルマハムやチーズのパルミジャーノ・レッジャーノなど食材に食文化も豊かなジャーノ・レッジャーノなど食材に食文化も豊かなエミリア・ロマーニャ州で、ぜひ、うちでエミリア・ロマーニャ州のフェアをやろうと提案していただいたのです」

イタリア政府観光局の強力なバックアップもあり、フェアは大成功。このフェア以降、「本場のイタリア料理を食べさせる店」としての噂が口コミで広まり、多くの日本人客も来店するように。そして、落合シェフの名前も広く知れ渡るようになっていきました。

「店が軌道に乗ったころはもちろん、それ以上に『味はもうちょっとこうした方がいい』、『僕のマンマはこうしてつくる』など、さまざまな地方のイタリア人のお客さんから料理や言葉に関してアドバイスを受けられたのが大きな財産。イタリア修行時代以上の勉強になったし、アドバイスから生まれたメニューもあるくらい(笑)。だから、この写真は僕の人生にとってとても大切な写真。イタリア料理のシェフとしての『始まりの1枚』なのです」

カメラらしいデザインが、
“機械好き”の感性を刺激する。

イタリア料理界の重鎮だけに、これまで多くのレシピ本が出版されている落合シェフ。撮影時にシェフからカメラマンへのリクエストなどはあるのでしょうか。

「早く撮ってねって、それだけ。印刷される前に掲載する写真も見せてもらうけど、僕からは特にリクエストもない。あとは編集者さんにおまかせしています」。そう語る落合シェフですが、ただひとつだけ譲れないポイントがあるようです。

「これは写真云々というより、撮影する料理ですよね。一般の方がご覧になるレシピ本で使う写真は、美味しそうなのはもちろんのこと、読者の方が『これならつくれるんじゃない?』って思ってもらえることがいちばん大切。つくるのが大変そうな料理では意味がないでしょう。レシピ本では難しそうな写真はダメ。美味しそうで簡単そうな写真がいいんです」

前述のとおり、最近の撮影はスマートフォンという落合シェフですが、「機械好き」なシェフの目に、「EOS M6」はどう映るのでしょうか。

「当たり前だけど、クルマはアクセルを踏めば走るしステアリングを切れば曲がるでしょ。クルマも時計も、そうした機械らしい正確さが好きなのかな。このカメラの機械っぽい“ザ・カメラ”的なデザインもいいし、コンパクトなサイズは手の小さな僕にぴったり」

すると落合シェフはおもむろにカメラを構えファインダーを覗きます。

「お、ピントが合うのもすごく早い! (シャッターを押し)うん、このシャッター音もいいよね。こういうちゃんとしたカメラって使いこなせるかなって考えちゃうんだけど、機械好きだし結構な凝り性だから、撮り始めたら多分、ハマっちゃうね(笑)」

ならば、たとえばシェフならば、この「EOS M6」でどんな写真を撮りたいと思うのでしょうか。

「僕、セミナーみたいなイベントが本当に多いんです。先月も数えたら8日しか自宅にいなかったくらい全国を飛び回っているんです。だから料理はもちろん、行った先々でいいと思った風景だったり光景だったりを撮影するんじゃないかな。このカメラにス トラップ付けて首からぶら下げてさ、ちょっと格好いいじゃない(笑)」

「EOS M6」に触れ、そのデザイン性や簡便な操作性に感性を刺激された様子の落合シェフ。機械好きなだけに、クルマと時計に続き、カメラも長年にわたる趣味となるかもしれません。