キヤノンギャラリーキヤノンマーケティングジャパン:キヤノンフォトコレクション特別展

キヤノンマーケティングジャパン株式会社は写真文化の発展を図るため、1994年より日本の優れた写真家が撮影した作品のコレクションを開始し、現在1900点余りの作品を収蔵しています。本展では、日本の近代写真史において大きな足跡を残した5名の写真家の作品を、2部にわたって展示します。

PART1「時代を映す」

戦前・戦後の日本とアメリカ。大きく変化する街や人々の生活を写真家はどう見つめたのか。三者三様の眼差しを通して、時代の素顔に迫っていきます。展示作品:石元泰博「シカゴ・シカゴ」、木村伊兵衛「秋田・東京」、林忠彦「カストリ時代」ほか

  • 石元泰博
    「シカゴ 街 1959—61年」
  • 木村伊兵衛
    「東京 本郷森川町 1953(昭和28)年」
  • 林忠彦
    「銀座 露店」

PART2「造形を映す」

写真家の美意識は自然、文化、日常をどう切り取ったのか。造形美を追求した3人の作品を紹介しながら、アートとしての写真の側面を考察します。展示作品:石元泰博「桂離宮」、岩宮武二「結界の美」、植田正治「砂丘モード」ほか

開催日程 会場
PART1「時代を映す」
2013年1月31日(木)~2月21日(木)
キヤノンギャラリー S(品川)
PART2「造形を映す」
2013年2月23日(土)~3月16日(土)
キヤノンギャラリー S(品川)

各写真家プロフィール

石元 泰博(いしもと やすひろ) 1921-2012

1921年
アメリカ・サンフランシスコに生まれる。1924年から1939年までを高知県で過ごす。
1939年
単身渡米。第二次大戦の開戦にともない日系人収容所アマチキャンプに収容される。
1948年
シカゴ・インスティテュート・オブ・デザイン(通称ニュー・バウハウス、後にイリノイ工科大学に編入)写真科に入学。ハリー・キャラハン、アーロン・シスキンから多くを学ぶ。
1953年
イリノイ工科大学卒業。同年「The Family of Man」展の作品収集のため来日。桂離宮を撮影。
1958年から1961年
滋夫人(1956年結婚)とともに再びシカゴに渡る。
1969年
日本国籍を取得。以後、日本を拠点に活動する。
1970年
『シカゴ、シカゴ』(美術出版社, 1969)にて昭和44年度毎日芸術賞受賞。
1983年
紫綬褒章受章。
1993年
勲四等旭日小綬章受章。
1996年
平成8年度文化功労者に選ばれる。
2005年
紺綬褒章受章。
2012年
2月6日逝去。

木村 伊兵衛(きむら いへえ) 1901-1974

1901年
東京市下谷金杉上町(現東京都台東区)で生まれる。
1919年
京華商業学校卒業。
1924年
日暮里に写真館を開く。
1932年
野島康三、中山岩太と写真雑誌『光画』を創刊。
1933年
名取洋之助の興した日本工房に岡田桑三、原弘、伊奈信男と参加。
1947年
サン・ニュース・フォトス社に名取洋之助を訪ね、入社。
1951年
土門拳とともに「集団フォト」顧問となる。アンリ・カルティエ=ブレッソンの写真を見て、報道写真への情熱を確信する。
1952年
「秋田県綜合美術展覧会」の写真審査で秋田に招かれる。以後20年にわたり秋田風俗を撮影。
1968年
紫綬褒章受章。
1974年5月31日
逝去。従五位勲四等旭日小綬章受章。
1975年
朝日新聞社が、とくに新人写真家を対象とする「木村伊兵衛賞」を創設。

林 忠彦(はやし ただひこ) 1918-1990

1918年
山口県に生まれる。
1947年
写真グループ「銀龍社」を赤穂英一、秋山庄太郎、植田正治、緑川洋一らと結成。『小説新潮』の巻頭に文士シリーズの連載始まり、坂口安吾、太宰治らの写真で評価される。
1971年
日本写真協会年度賞を受賞。
1972年
二科展出品《織田広喜》で総理大臣賞受賞。
1979年
『日本の画家108人』で毎日芸術賞、および日本写真協会年度賞を受賞。
1983年
紫綬褒章受章。
1986年
〈東海道〉を四男義勝の協力で撮影再開。
1988年
勲四等旭日小綬章受章。日本写真協会功労賞受賞。徳山文化協会から特別文化功労者として表彰される。
1989年
徳山市市民文化栄誉章受章。
1990年12月18日
逝去。
1992年
徳山市と同市文化振興財団がアマチュア写真振興で「林忠彦賞」を創設。

岩宮 武二(いわみや たけじ) 1920-1989

1920年
鳥取県米子市生まれ。
1946年
フリーランスカメラマンとなる。
1955年
岩宮フォトス創立。
1962年
『かたちⅠ』『かたちⅡ』にて日本写真協会賞受賞。
1966年
大阪芸術大学教授に就任。『京 Kyoto in KYOTO』にて毎日芸術賞受賞。
1969年
『宮廷の庭』(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)にて芸術選奨文部大臣賞受賞。尼崎市市民芸術賞受賞。
1971年
ユネスコ委嘱による〈仏像のイメージ〉出版のためアジアを取材。
1972年
「ImperialGardens of Japan」にて第4回国際出版文化賞受賞。
1976年
全日本写真連盟より功労賞受賞。
1988年
兵庫県文化賞受賞。
1989年
『アジアの仏像』にて日本写真協会年度賞受賞。同年6月26日、逝去。

植田 正治(うえだ しょうじ) 1913-2000

1913年
鳥取県境港市に生まれる。幼いころより写真や美術に関心が深く、18歳で写真の道を志し上京、オリエンタル写真学校に3ヵ月間通う。のち郷里に帰り19歳で営業写真館をはじめる。写真館の仕事は家人にまかせ撮影三昧の日々を送り、写真雑誌の『月例』入選常連者となる。家から自転車で5分という砂浜を舞台にした「演出人物写真」の《少女四態》や《パパとママとコドモたち》で注目される。鳥取砂丘を舞台に人物をオブジェのように配した《砂丘モード》は「UEDA-CHO」と呼ばれ世界的な評価を得る。
1995年
植田正治写真美術館を設立。
1996年
フランスより芸術文化勲章を授与される。国内外で多数の展覧会を開催。生涯ふるさとを離れることなく“永遠のアマチュア精神”を貫いた。
2000年7月4日
逝去。
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