キヤノンフォトコレクション 比嘉 康雄、東松 照明 「太陽の鉛筆」収蔵記念 「琉球・沖縄2人展」:比嘉康雄「琉球の祭祀」/東松照明「チューインガムとチョコレート in 沖縄」

沖縄復帰前後から、琉球の風土に根ざした祭祀を通じ日本人を探求し続け、多くの写真集を残しながら2000年に急逝した比嘉康雄氏。一方、写真家集団VIVOの設立メンバーであり、名古屋、東京、沖縄、千葉、長崎と拠点を移し日本の写真表現を切り開いてきた東松照明氏。2人の接点は、東松氏が東京で活動していた1972年頃に遡り、以来2人は家族ぐるみの親交を深めてきました。東松氏は、比嘉氏を沖縄あるいは日本の祭祀を記録した無類の写真家として高く評価しています。
本展「琉球・沖縄2人展」は、東松氏監修の下、比嘉氏の膨大なネガを見直し、その集大成としてまとめ上げた「琉球の祭祀」と、沖縄復帰前後の米軍基地と日本人のかかわりをとらえた東松氏自身による作品「チューインガムとチョコレート in 沖縄」で構成され、展示作品は合計160点に上ります。
作品制作に当たっては、本展を企画した東松氏自らがフィルムスキャナーにより作品をデジタルデータ化し、キヤノンインクジェットプリンター「PIXUS Pro9500」と大判プリンター「imagePROGRAF iPF5000」を用いて、比嘉氏の作品は同氏の次女仲宗根はづき氏が、東松氏の作品は同氏の妻泰子氏がそれぞれプリントを担当しました。
キヤノンMJは、映像文化のいっそうの発展を目的に、日本の優れた写真家の作品を「キヤノンフォトコレクション」として収集し、順次展示しています。このほど、同コレクションに新しく加わった東松照明氏の作品「太陽の鉛筆」も本展と同時にキヤノンギャラリー Sにて展示します。
開催日程
| 2008年10月24日(金)~12月16日(火) | キヤノンギャラリー S(品川) |
|---|
作者メッセージ
比嘉康雄は、琉球の祭祀を、深く広く掘り下げ、撮り続けてきた写真のトップ・ランナーである。康雄は、1995年の日記に「沖縄の文化の古層を掘り下げることこそ、人間とは何かという普遍性に至るのだと、これも又ほとんどドンキホーテ的に純粋に思い込んでいることは確かである」と書いている。ところが、2000年、康雄は逝去した。享年61歳、トップ・ランナーの突然の死である。
私は、日本の戦後史の特徴はアメリカニゼーション、と語ってきた。これまで、日本列島に点在する米軍基地を撮ってきたが、1969年に初めて渡沖、「沖縄に基地があるのではなく基地の中に沖縄がある」といわれた米軍基地を周辺の町を撮った。それから40年が過ぎたいま、国土の0.6%しかない小さな島に、日本列島に点在する米軍基地の75%が集中している。「基地の中に沖縄がある」様相はほとんど変わっていない。
比嘉 康雄(ひが やすお)プロフィール
略歴
| 1938年 | 移民の子としてフィリピンに生まれる。 |
|---|---|
| 1946年 | 沖縄に引揚げる。 |
| 1958年 | コザ高校卒業後警察官となり写真を始める。 |
| 1968年 | 嘉手納警察署で勤務中、B52爆撃機が墜落炎上。 これを転機に職を辞し、本格的に写真を志す。 |
| 1971年 | 東京写真専門学院卒業。写真展「生まれ島沖縄」(銀座ニコンサロン) 開催。 カメラ毎日に「生まれ島沖縄」を発表。 |
| 1973年 | 谷川健一氏と出会い宮古島「祖神祭」を見て衝撃を受け、ライフワークとして琉球弧の祭祀世界の記録を始める。 |
| 1975年 | 西銘シズ氏と出会い、以来久高島の年中祭祀を丹念に記録。 |
| 1976年 | 「おんな・神・まつり」で第13回太陽賞受賞。 |
| 1977年 | 那覇市西のラ・ボーラで、比嘉康雄×東松照明×平良孝七を囲む写真論議。 |
| 1979年 | 写真集「神々の島 沖縄久高島のまつり」刊行。 |
| 1981年 | 沖縄タイムス芸術選賞奨励賞受賞。 |
| 1989年 | 「神々の古層」刊行開始、1993年全12巻完成。 同年日本写真協会年度賞受賞。 |
| 1991年 | 明治学院大学 非常勤講師となる。 |
| 2000年 | 5月13日逝去。享年61歳。 「日本人の魂の原郷 沖縄久高島」刊行、遺作となる。 |
| 比嘉康雄回顧展「光と風と神々の世界」 (那覇市民ギャラリー)のカタログより |
東松 照明(とうまつ しょうめい)プロフィール
略歴
| 1930年 | 愛知県名古屋市生まれ。 |
|---|---|
| 1954年 | 愛知大学卒業後、上京し岩波写真文庫のスタッフとなる。 |
| 1956年 | フリーランスとなる。 |
| 1958年 | 第1回日本写真批評家協会新人賞受賞。 |
| 1959年 | 奈良原一高、佐藤明、細江英公、川田喜久治、丹野章らとセルフエージェンシーVIVOを結成。 |
| 1966年 | 写真集「〈11時 02分〉NAGASAKI」を刊行。 |
| 1972年 | 沖縄に移住。 |
| 1975年 | 写真集「太陽の鉛筆」を刊行。 同書により第17回毎日芸術賞、第26回芸術選奨文部大臣賞を受賞。 |
| 1981年 | 「いま!!東松照明の世界・展」全国巡回。 |
| 1998年 | 長崎に移住。 |
| 1999年 | 「日本列島クロニクル-東松照明の50年」(東京都写真美術館) |
| 2000年 | 「長崎マンダラ」(長崎県立美術博物館) |
| 2002年 | 「沖縄マンダラ」(浦添市美術館) |
| 2003年 | 「京マンダラ」(京都国立近代美術館) |
| 2006年 | 「愛知曼荼羅」(愛知県美術館) |
| 2007年 | 「Tokyo曼荼羅」(東京都写真美術館) |
| 「南島・東松照明」展(ギャラリー新居)のカタログより |
- 著作権について
- 当写真展関連ページに掲載されている写真の著作権は作者に帰属します。
これらのコンテンツについて、権利者の許可なく複製、転用などする事は法律で禁止されています。