キヤノンギャラリー立松 和平 写真展:知床に生きる

1979年より知床の自然そしてそこで暮らす人間に惹かれ、通い続けている作家立松和平氏の写真展です。本展ではキタキツネやヒグマ、エゾシカなど、野生のままの表情を色濃く残す動物たちの姿、美しく、かつ厳しい知床の自然、人々の生活の様子を記録した作品70点を展示致します。

開催日程 会場
2007年10月12日(金)~10月30日(火) オープンギャラリー(品川)

作者メッセージ

知床に通い出して、二十七、八年の歳月が流れた。大学時代に旅行者として一度いっているから、四十年前の知床を知っていることになる。小麦やジャガイモの取り入れの季節になると、豊作だ不作だと農家から連絡がはいる。カラフトマスやアキアジ漁の季節になると、これも大漁だ不漁だと連絡がはいる。まるでまぎれ込んでもきたかのように、まるまるとした魚が漁師から送られてくる。

若者が結婚をするといえば仲人を頼まれ、老人が亡くなると葬儀にかけつける。先日も漁師が新造船をつくり、こんなめでたいことはないので大漁旗を贈った。知床とは親戚以上の関係があるといったらよいだろうか。知床の人たちは旅人の私に、普段着の顔を見せてくれるのである。

知床の住民は、人間ばかりではない。ヒグマもエゾシカもキタキツネも、またカラフトマスやアキアジも、いつしか私に普段着の表情を見せてくれるようになった。もちろん彼らが変わろうはずもないから、変わったのは私のほうなのである。日本では唯一野生がそのまま残っているといってよい自然が、毎日毎日くり返されるそのままの表情で私に向き合ってくれるのに。

ヒグマを見ても、恐ろしいという気持ちはほとんどない。それは漁師だけが泰然とした態度でいて、私もそのようにしていることに慣れたということなのだが、動物たちも同様に慣れているのである。慣れるといっても餌をやるわけではなく、ヒグマはヒグマの暮らしをつづけていて、視野の中に人がいてもたいしてゆらぐわけではないということだ。弱いエゾシカはさすがに警戒心を解かず、こちらの一挙手一投足を窺がってはいる。何かあったら一斉に逃げる用意はしている。先日、ある実験をしてみた。かつて開拓地で、あまりの気候の厳しさのため人の夢の破れた大地に植林をしている。私も時々植林ボランティアに参加するのだが、普段はエゾシカがゆっくりとくつろぐ広い空間である。そこの廃家に寄りかかって立っていると、エゾシカの群れがばりっばりっと草を食べながら近づいてくる。私は自分が樹木にでもなったような気持ちで、その場にじっと立ちつづけていた。横目でなんとなく警戒をしている感じはあったが、私の足元から五メートルのところに近づいてきたのだ。その五メートルが、どのようなことがあっても対応できる、エゾシカにとっての安全な距離なのであろう。

知床にいく時、多くの場合ということだが、私はカメラを持っていく。三脚を立ててシャッターチャンスをじっと待つということはせず、目の前にある風景を通りすがりにあるがまま撮ってくる。私は三百ミリ望遠レンズを一本持っているが、手持ちの撮影が困難なので、ほとんど使わない。二百ミリも使わない。二十八ミリから八十五ミリのズームレンズをいれっぱなしにしていて、被写体が遠すぎると思えば、私のほうで近づいていくのである。逃げたら、後姿を撮る。

もちろん私の勝手な思い込みに過ぎないのではあるが、ファインダー越しに見るキタキツネもヒグマもエゾシカも友達のような気がしている。もとより人間はみんな友達で、その関係と同じように、動物たちとも親愛の情が行き交っているような気がするのだ。彼らはいろんなことを考えている。彼らの思いは共通で、幸福に生活したいということだ。

ヒグマはヒグマを生きている。エゾシカはエゾシカを、キタキツネはキタキツネを生きていて、そうならば人間は人間を生きなければならない。私が私を生きるとはどういうことなのかと、知床の人や動物たちにいつも問われているのである。

講演会

プロフィール

立松 和平(たてまつ わへい)

略歴

1947年
東京生まれ。栃木県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。
在学中に「自転車」で早稲田文学新人賞。卒業後、種々の職業を経験、故郷に戻って宇都宮市役所に勤務した。
1979年~
文筆活動に専念する
1980年
「遠雷」で野間文芸新人賞
1993年
『卵洗い』で坪田譲治文学賞
1997年
『毒—風聞・田中正造』で毎日出版文化賞
国内外を問わず、各地を旺盛に旅する行動派で、近年は自然環境保護問題にも積極的に取り組む。
2002年
歌舞伎座上演「道元の月」の台本を手がけ、第31回大谷竹次郎賞受賞

主な著書および写真集

最近の小説

エッセー

著作権について
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