"S"の記憶

10

会期 : 2004.11.2 - 2004.11.28

植田 正治 ・ 木村 伊兵衛 ・ 薗部 澄
キヤノンフォトコレクション 特別展 第1部

会期 : 2004.12.1 - 2004.12.25

秋山 庄太郎 ・ 岩宮 武二 ・ 林 忠彦
キヤノンフォトコレクション 特別展 第2部

キヤノンクラブの設立50周年を記念したイベント「キヤノン フォトフェスティバル in SHINAGAWA」の一環として実施された特別展。
キヤノンフォトコレクションに収蔵されている作品の中から、6名の写真家の作品を2部に分けて展示。第1部では、植田正治氏、木村伊兵衛氏、薗部澄氏、第2部は秋山庄太郎氏、岩宮武二氏、林忠彦氏。日本写真界の黎明期から写真文化をつくり上げた巨匠たちのオリジナルプリントを公開。

キヤノンフォトコレクション 特別展 第1部

  • キヤノンフォトコレクション 特別展 第1部/植田 正治

    植田 正治

  • キヤノンフォトコレクション 特別展 第1部/木村 伊兵衛

    木村 伊兵衛

  • キヤノンフォトコレクション 特別展 第1部/薗部 澄

    薗部 澄

  • キヤノンフォトコレクション 特別展 第1部
  • キヤノンフォトコレクション 特別展 第1部/植田 正治
  • キヤノンフォトコレクション 特別展 第1部/木村 伊兵衛
  • キヤノンフォトコレクション 特別展 第1部/薗部 澄
  • キヤノンフォトコレクション 特別展 第1部

キヤノンフォトコレクション 特別展 第2部

  • キヤノンフォトコレクション 特別展 第2部/秋山 庄太郎

    秋山 庄太郎

  • キヤノンフォトコレクション 特別展 第2部/岩宮 武二

    岩宮 武二

  • キヤノンフォトコレクション 特別展 第2部/林 忠彦

    林 忠彦

  • キヤノンフォトコレクション 特別展 第2部
  • キヤノンフォトコレクション 特別展 第2部/秋山 庄太郎
  • キヤノンフォトコレクション 特別展 第2部/岩宮 武二
  • キヤノンフォトコレクション 特別展 第2部/林 忠彦
  • キヤノンフォトコレクション 特別展 第2部

植田 正治 (うえだ しょうじ)

植田正治は鳥取県境港市に生まれ、その後、山陰の地にあって独自の作風を確立した写真家である。 砂丘を舞台に撮影された家族やセルフポートレートなど数々の作品は、記念撮影のスタイルをとりながらも、氏の被写体に対する独特の感性、"間"が生かされた 造形美をみることができ、見る者に強い印象を与える。

●略歴

1913年
鳥取県西伯郡境町(現境港市)に生まれる。中学3年生のころから写真に夢中になる。
1932年
上京し、オリエンタル写真学校に入学。卒業後、郷里に帰り19歳で営業写真館を開業。このころより、写真雑誌や展覧会に次々と入選し、頭角を現していく。
1949年
砂浜や砂丘を舞台とした作品で高い評価を得る。
1975年
日本写真家協会年度賞受賞。
1989年
日本写真協会功労賞受賞。
1995年
9月23日 鳥取県岸本町に植田正治写真美術館開館。
1996年
フランス共和国の芸術文化勲章を授与される。
2000年
7月4日 逝去。

木村 伊兵衛 (きむら いへえ)

木村伊兵衛が全力で取り組んだ作品「秋田」。
昭和27年「秋田綜合美術展覧会」の審査をきっかけに、20年間にわたり県内各地を訪ねた。
使用したモノクロ・フィルム319本、約1万1000カットの写真のなかから数々の名作が残されている。
その他戦前の那覇の市場や、戦後の東京のスナップなど、貴重な写真も展示。

●略歴

1901年
東京下谷金杉上町に生まれる。京華商業学校卒業。
1932年
野島康三、中山岩太と月刊雑誌『光画』を発刊。
1933年
名取洋之助、原弘、伊奈信男らと日本工房を設立。
1947年
サン・ニュース・フォトスに入社。「週刊サン・ニュース」の写真を担当。
1950年
日本写真家協会が設立され、初代会長に就任。
1955年
「木村伊兵衛外遊写真集」を出版。第3回菊池寛賞受賞。
1968年
紫綬褒章受章。
1974年
5月31日 逝去。
1975年
朝日新聞社が、とくに新人写真家を対象とする「木村伊兵衛賞」を創設。

薗部 澄 (そのべ きよし)

昭和22年から続く氏の撮影行。つねに自然との関わり合い、人々の暮らしの場としての日本の風景に目を向け、日本人の原風景ともいうべき"ふるさと" を精力的に記録したカラー作品。
急激な近代化のなかで、変貌をとげる人々の暮らしぶりをありのままに写しとった作品は、氏の心に残る大切な"ふるさと"でもある。

●略歴

1921年
東京に生まれる。
1943年
東方社入社。
1947年
サン・ニュース・フォトス入社、「週刊サン・ニュース」に携わる。
1957年
フリーランスの写真家となる。
1968年
「日本の民具」全4巻(慶友社)、「黒川能」(平凡社)により日本写真協会年度賞受賞。
1989年
「忘れえぬ戦後の日本」(東・西日本編ぎょうせい)により日本写真協会年度賞受賞。
1995年
「冬 日本海」「冬 北海道」(日本カメラ社)により第45回芸術選奨文部大臣賞を受賞。
1996年
3月5日 逝去。

秋山 庄太郎 (あきやま しょうたろう)

「幼いころから花に親しみ、中学時代、見よう見まねで、生け花に挑戦しているくらいだから、 私の花志向は本質的な花の色彩美、造形美に接近する必然性があったと思う」と、かつて自叙伝で語っていた秋山氏。
終戦の翌春、写真界に身を投じ、人物写真家として定評を築いた氏は、45歳を機に、 花をテーマに撮影を開始。それまでの仕事としての撮影に加え、ライフワークとして花の美を追求した。

●略歴

1920年
東京・神田に生まれる。
1943年
早稲田大学商学部卒業。
1947年
近代映画社写真部に入社。写真集団「銀龍社」を結成、会員となる。
1951年
近代映画社写真部を退社。フリーランスとなる。
1953年
二科会写真部創立会員となる。
1958年
日本広告写真家協会(APA)創立会員となる。
1971年
日本広告写真家協会会長に就任。日本写真協会常務理事に就任。
1974年
講談社出版文化賞受賞。
1980年
「花の会」を結成、会長に就任。
1986年
紫綬褒章受章。
1993年
勲四等旭日小綬章受章。
2003年
1月16日 逝去。

岩宮 武二 (いわみや たけじ)

元来仏教用語である"結界"。
生活のなかになにげなく溶け込む暖簾、障子、または寺院の山門など内と外、聖と俗をわかつ物的な装置のことを意味している。
そこから垣間見られるのは、現在の日本人が忘れかけた、心のけじめに対する意識・無意識の拠り所であろうか。
その"結界の美"を記録した作品である。

●略歴

1920年
鳥取県米子市生まれ。
1946年
フリーランスカメラマンになる。
1959年
ハワイ・アメリカ撮影旅行。
1962年
「かたちI・II」にて日本写真協会作家賞受賞。
1965年
ヨーロッパ撮影旅行。
1966年
「京 Kyoto in Kyoto」にて毎日芸術賞受賞。
1968年
ヨーロッパ撮影旅行、韓国撮影旅行。
1969年
<宮廷の庭>I・II・IIIにて芸術選奨文部大臣賞受賞。
1970年
韓国撮影旅行。
1971年
ユネスコ委嘱による<仏像のイメージ>出版のためアジアを取材。
1972年
「Imperial Gardens of Japan」にて第4回国際出版文化賞受賞。
1989年
「アジアの仏像」にて日本写真協会年度賞受賞。
1989年
6月26日 逝去。

林 忠彦 (はやし ただひこ)

「いつか東海道を記録したい」。
加速度的に失われていく江戸時代の面影を残しておきたいという氏の30年来の宿願をかなえた作品が、 今回展示する「東海道」である。
度重なる病魔と闘い、残り短い時間のなかで四男義勝氏とともに精力的な取材を行い、まとめられた執念の遺作でもある。

●略歴

1918年
周南市(旧徳山市)幸町に生まれる。家業は営業写真館。
1938年
オリエンタル写真学校卒業。
1942年
華北広報写真協会を結成、報道カメラマンとして中国で撮影活動を行う。
1948年
日本写真家協会の母体のひとつ「写真家集団」発足に参加。
1953年
二科会写真部の創立会員となる。
1971年
日本写真協会年度賞受賞。
1979年
毎日芸術賞、日本写真協会年度賞受賞。
1983年
紫綬褒章受章。
1988年
勲四等旭日小綬章受章。日本写真協会功労賞受賞。
1990年
12月18日 逝去。

[ 著作権について ]
当写真展関連ページに掲載されている写真の著作権は作者に帰属します。
これらのコンテンツについて、権利者の許可なく複製、転用などする事は法律で禁止されています。

写真展の情報・作家メッセージなどは、開催当時の内容を記載しております。予めご了承ください。

page top

© Canon Marketing Japan Inc.