"S"の記憶

14

会期 : 2005.3.24 - 2005.4.23

第14回展 河口 洋一郎 
「河口洋一郎の生命宇宙」

会場の至るところで、色や形、音が生き物のように反応する「ジェモーション」によって構成され、あたかも体内に入ったかのような、または、未知の惑星を旅したかのような錯覚に陥る空間。 CGアーティスト、河口洋一郎氏がつくり出す、生命宇宙を濃密に表現した。この世界の中に足を踏み入れた瞬間、来場者の携帯電話を利用したインタラクティブアートが、訪れた人を未知の惑星空間へと誘ってくれる。

  • 河口洋一郎の生命宇宙
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作家メッセージ

予兆―宇宙生命体図鑑

未知の生命に出会いたいと思う衝動は、幼い頃からずっと続いていた。現存する地球上の動植物のできるだけいろいろな形を、直接自分の目で見て、触ってみたかった。地球外生命体、遥かに進化した宇宙生物にまで想像をめぐらし、仮想の異次元空間で新しい生命体に遭遇してみたい、そんな想いの日々だった。銀河宇宙探検家への夢。夜、全天にまたたく星の洪水を何時間も眺めながら、宇宙仮想世界への超光速度の飛翔を想像した。夜空は想像力を拡張する循環増幅剤。
数えきれないほどの星との言葉のない交信はいつも思考を増幅させてくれる。宇宙生命体の図鑑は、僕の想像の記憶を書き留める惑星手引書となって銀河系の隅々まで連れていってくれる。
幼い頃いつも、世界地図を広げて眺めるのが楽しみの1つであった。未発見の生物が生息していそうな地域を探検調査する願望。特に中南米のジャングルの奥地や熱帯地域の未開の島々の緑と花、太陽に憧れた。また北極や南極の極寒の冷気とその地域に棲む微生物、流氷と星の結晶に触れてみたい夢にとりつかれていた。世界地図は、僕の夢を地球上のどこにでも自由につれていってくれる超高速宇宙船の役目を果たしてくれた。僕が生まれ育った南国の亜熱帯の島、種子島。太平洋の南方からやってくる黒潮は暖流。

暖かい潮流に囲まれて、自然の中で自由にのびのびと海洋性動植物の形や動き、色彩や質感の観察に明け暮れる自分の未来を夢想した。新種生命体の発見を夢見て、中学生になるまでに未発見の昆虫を探してみたかった。海岸や草原の丘、山間のひっそりした渓谷に棲んでいて僕が発見してくれるのを待っていてくれそうな生物の夢を見た。
自然の中で育った事が、今の僕の発想に大きな影響を与えている。特に重要な点は、生物の進化を時間のプロセスの中で実感できたことである。小さな島々が連続して点在する地域の特長は、それぞれの島に固有の動植物の生態系。そして少しずつ変化しているおもしろさ、いわゆる亜種である。たとえば南北にのびる小さな島々に生息するほとんどの留鳥の色彩は濃く、多少異なっているため多くが亜種として分類されている。他の地域の島々には、もっと違った生物がいるかもしれない。北半球の亜寒帯から亜熱帯にかけて点々と連なる島づたいに旅をして、生物の形や色の変化、差異のおもしろさを見てみたいと、憧れはつのった。地球生命体の何億年もの進化の歴史を一気に体感する夢。宇宙生命体を発見し4次元的世界を図像化することの夢。アナザーワールドで立体化し、動き、色彩と文様が変化し、自ら形態進化を起こす宇宙生命体の夢。そんな夢の図鑑を僕は作っていきたい。
「COACERVATER」(コアセルベータ)より

河口 洋一郎 (かわぐち よういちろう)

東京大学教授、CGアーティスト。
1952年鹿児島県種子島生まれ。1992年より筑波大学芸術学系助教授、1998年東京大学大学院工学系研究科・人工物工学研究センター教授を経て、2000年より東京大学大学院情報学環教授。1975年よりCGによる作品制作をはじめる。グロースモデルの自己増殖の研究を1976年に着手。1982年にグロースモデルを国際学会SIGGRAPHに発表。ほぼ毎年SIGGRAPHに作品を発表しつづける。国際大会でのグランプリ受賞多数。作品「ジェモーション」は、反応する情感のコミュニケーションがテーマ。第100回ベネチアビエンナーレ日本代表芸術家に選ばれる。

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