"S"の記憶

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会期 : 2005.5.31 - 2005.7.2

第16回展 田沼 武能 
「田沼武能の武蔵野」

東京の下町に生まれた田沼武能氏は、小学生のころ、唱歌「ふるさと」の歌詞の世界に憧れ、武蔵野を「こころのふるさと」と考えるようになった。
そして、写真家になった田沼氏は、少年時代の憧憬の地である武蔵野に足繁く通い、撮影を続けている。時代の変化とともに、かつての葦原や雑木林は失われてしまったが、そこかしこに残る旧日の武蔵野を発見しては記録する。本展では、そうして撮られた作品の中から約100点を展示。

  • 武蔵野
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作家メッセージ

どんな所であれ、その土地への憧れは人それぞれ違うようです。たとえば、武蔵野への憧れを国木田独歩は "雑木林" に、徳富蘆花は "風土" に、俳人の高浜虚子は "欅" にその面影をみています。
私は東京の下町に生まれました。小学生の頃「ふるさと」という唱歌の歌詞が好きでしたが、生活環境の中に鎮守の森も小川もありません。いつしかその心象風景に憧れ、それを武蔵野に求めるようになっていきました。しかし、戦争によりわが家は焼失、終戦後は暮らしに追われ、武蔵野のことは失念していました。
今から30数年前、写真家となった私は、春の題材を求め練馬の三宝寺池から長命寺を訪ね、武蔵野の面影に出会ったのです。子どもの頃抱いていたふるさとの心象風景を発見したのでした。その時の興奮は、今も鮮明に記憶しています。以来10年の歳月をかけ、一冊の写真集にまとめました。

その後、海外での仕事が多くなり、武蔵野を訪れるチャンスを逸していましたが、反対に思いは募るばかりでした。平成4年、ある切っかけから再び武蔵野の撮影をはじめました。もちろん日本は高度経済成長が続き、東京近郊から自然はすっかり消えかかっていました。しかしよく観ると、そこかしこに武蔵野の自然が顔を見せます。そしてそのたびごとに、さまざまな表情を見せてくれるのも私のささやかな喜びでした。国木田独歩の時代のように広大な雑木林はいまは望む可くもありませんが、「小さな武蔵野」が散在します。そんな武蔵野を追い求め、撮り続けてきた作品の中から約百点を展示することにしました。その中にはデジタルカメラ・キヤノンEOS-1Dsで撮影したものも含まれています。
四季折々に訪れる武蔵野は、いまや私にやすらぎを与えてくれる、「こころのふるさと」になっています。そんな情景が皆さまにお伝えできれば幸いと思います。

田沼 武能 (たぬま たけよし)

1929年
東京・浅草生まれ。
1949年
東京写真工業専門学校卒業。サンニュースフォトス入社
同時に、木村伊兵衛氏に師事。
1951年
「芸術新潮」嘱託となる。
1965年
アメリカのタイム・ライフ社と契約。
1972年
フリーランスとなる。
1979年
モービル児童文化賞を受賞。
1985年
菊池寛賞を受賞。
1990年
紫綬褒章を受章。
2002年
勲三等瑞宝章を受章。
2003年
文化功労者に顕彰される。

●主な写真集

『武蔵野』(1974年 朝日新聞社)
『すばらしい子供たち』(1975年 朝日新聞社)
『アンデス讃歌』(1984年 岩波書店)
『アトリエの101人』(1990年 新潮社)
『わが心の残像』(1991年 文藝春秋)
『東京の戦後』(1993年 筑摩書房)
『地球星の子どもたち』(1994年 朝日新聞社)
『ロマネスク古寺巡礼』(1995年 岩波書店)
『トットちゃんが出会った子どもたち』(1996年 岩崎書店)
『人間万歳』(2000年 クレオ)
『輝く瞳 世界の子ども』(2002年 岩波書店)
『60億の肖像』(2004年 日本カメラ社)
『難民キャンプの子どもたち』(2005年 岩波書店)

社団法人 日本写真家協会 会長
有限責任中間法人 日本写真著作権協会 会長
東京工芸大学芸術学部写真学科 名誉教授
全日本写真連盟 会長

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