"S"の記憶

39

会期 : 2007.11.1 - 2007.12.17

第39回展 林 忠彦・林 義勝 
『キヤノンフォトコレクション展
「東海道」』

重い病を患いながら、自ら「最期の作品」になると覚悟を決めて取り組んだ、林忠彦氏の「東海道」。
わずかに残る江戸の面影を探して何度も東海道へと足を運び、5年の歳月をかけて完成させた。本展は、キヤノンフォトコレクションに収蔵されている同作品とともに、子息である林義勝氏が『十六夜日記』をテーマに撮影した東海道の作品も展示。父と子二代にわたる作品の数々が、見る者をひとときの「東海道」への旅へ誘ってくれる。

  • キヤノンフォトコレクション展「東海道」

    林 忠彦

  • キヤノンフォトコレクション展「東海道」

    林 忠彦

  • キヤノンフォトコレクション展「東海道」

    林 義勝

  • キヤノンフォトコレクション展「東海道」

    林 義勝

  • キヤノンフォトコレクション展「東海道」
  • キヤノンフォトコレクション展「東海道」
  • キヤノンフォトコレクション展「東海道」
  • キヤノンフォトコレクション展「東海道」
  • キヤノンフォトコレクション展「東海道」
  • キヤノンフォトコレクション展「東海道」

作家メッセージ

父は、「股旅の忠さん」と異名があったほどで、元気な頃には一年の三分の一は国内外へ出かけ、「思い立ったときに出かけて行き狙い通りの写真を撮ってくる」を信条にしていた。その父が肝臓癌を患い、脳溢血にも見舞われ、医者からは余命一ヶ月と宣告されながらも、自ら余命五年と宣言し、辛い治療に耐え、後遺症に苦しみながらも、「東海道」を最後の仕事と覚悟を決め、撮影に挑んだ。

それは、ライフワークであり、自分に残された時間と命との戦いでもあった。父は、昭和三十年代に旧東海道の撮影をしたが、江戸の面影が急速に失われている現状を目のあたりにした。そのことが、東海道を記録したいという思いをさらに強くしたようであった。

東海道の撮影が始まり、父は、僅かに残る江戸の面影を探して、何十回と足を運んだだろうか。病を押しての撮影の旅は、肉体的にも精神的にも決して容易なものではなく、父の後ろ姿を見ながら目頭を何度も押さえたことを思い出す。一枚の写真に懸ける執念、そしてカリスマ的ともいえる父の撮影は不思議な出来事や出会いを幾度も重ねた。そして、自分で宣言した余命五年を生き抜き、東海道の撮影を成し遂げたのであった。

父とともに東海道を撮影できたことは、同じ写真家としても貴重な時間と、人生の素晴らしい体験であった。それは、写真家としての奥深さを知る旅でもあった。

父亡き後、縁あって、私は父とはちがう新たな視点で「東海道」を撮影し続けている。「十六夜日記」(鎌倉時代の女流歌人・阿仏尼が京都から鎌倉までの道中を歌に詠んだ紀行文)をテーマにした撮影もその一つで、阿仏尼の辿った道や歌に詠んだ地を訪ね、往時に思いを馳せながら、その地から感じるものを閃きと霊感のようなもので受け止め、撮影をした。「東海道」をテーマに撮影した父と子の二代にわたる作品を通じ、見ていただいた方々をひとときの「東海道」の旅へと誘うことができるなら、父もきっと天国で嬉しく思ってくれることだろう。(林 義勝)

林 忠彦 (はやし ただひこ)

1918年
山口県徳山市にある写真館の長男に生まれる。
1937年
オリエンタル写真学校入学。卒業後家業を手伝う。
1940年
内閣情報部の宣伝誌「写真週報」にルポを発表。
1942年~45年
華北広報写真協会を結成、北京に渡り、現地で終戦を迎える。
1946年
引揚げ。カストリ雑誌ブームで、作品多数発表。
1948年
「小説新潮」の文士シリーズで注目される。
1953年
二科会写真部を創設。
1964年
「カラー日本百景」(淡交新社)刊。
1971年
「日本の作家109人」(主婦と生活社)刊。日本写真協会年度賞受賞。
1972年
二科展「織田広喜」で内閣総理大臣賞受賞。
1977年
「日本の画家108人」(美術出版社)刊。
1979年
毎日芸術賞および日本写真協会年度賞受賞。
1980年
「カストリ時代」(朝日ソノラマ)刊。
1983年
「日本の家元」(集英社)刊。紫綬褒章受章。
1986年
「茶室」(婦人画報社)、「文士の時代」(朝日新聞社)刊。
1988年
勲四等旭日小綬章受章。日本写真協会功労賞受賞。「林忠彦五十年写真総集展」東京展開催。以後、地方を巡回。
1990年
「林忠彦写真集 東海道」(集英社)刊。12月18日、肝臓癌のため逝去。享年72歳。
1991年
「林忠彦賞」(周南市・周南市文化振興財団主催)創設。
1995年
周南市美術博物館に「林忠彦記念室」開設。

林 義勝 (はやし よしかつ)

1950年
林忠彦の四男として東京に生まれる。
1973年
東京綜合写真専門学校卒業。
1974年
「芸能人100人の顔」展(富士フォトサロンほか)
1988年~91年
「龍の北京」展(中国歴史革命博物館ほか)外国人初の個展となる。
1993年~96年
「十二支伝説」(サンパウロ美術館ほかニューヨーク、シンガポール、マレーシア、台湾などを巡回し好評を博す)
1997年
「観世榮夫の世界」展(和光ホール)
1999年
「伝元禄忠臣蔵 夢跡」展(赤穂市歴史博物館ほか)
2000年
「龍伝説」展(コンタックスサロン銀座)「龍の起源」カレンダー 通商産業大臣賞受賞。
2003年
「東海道万華鏡」展(名古屋JRセントラルタワーズほか)
2004年
「OMOTE観世宗家能面写真展」(静岡グランシップほか)
2005年
「写真展 新シルクロード」(林義勝ほか 青山ブックセンター本店)
2006年
「心で撮り継ぐ『道』の物語」(J-POWER「電源開発」本店)
2007年
「十六夜日記」歌枕の風景(J-POWER「電源開発」本店)「新シルクロード」展(コンタックスサロン銀座)「大文字送り火」展(コニカミノルタプラザ)現在、(社)日本写真家協会会員、林忠彦作品研究室代表。

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