"S"の記憶

65

会期 : 2011.2.16 - 2011.3.28

第65回展 秋月 岩魚 
『「自然の奥の神々」 ~山川草木の風景~』

本展では、秋月岩魚氏が、自身の自然に対する畏敬の念と、風景の奥底に宿る神性について表現した作品約60点を展示。
経済合理性を追求し、ドラスティックな開発や破壊が進む日本の自然環境の中にあって、移ろいゆく花の姿や、鮮やかに色づく木々、紅葉を映した赤く染まる水の流れなど、何げない風景の中に美を見いだす、秋月氏の作品。それらは、見る者に、自然の大切さとともに、その自然の永遠と無常について考えさせる。

  • 自然の奥の神々 - 山川草木の風景 -
  • 自然の奥の神々 - 山川草木の風景 -
  • 自然の奥の神々 - 山川草木の風景 -
  • 自然の奥の神々 - 山川草木の風景 -
  • 自然の奥の神々 - 山川草木の風景 -
  • 自然の奥の神々 - 山川草木の風景 -
  • 自然の奥の神々 - 山川草木の風景 -
  • 自然の奥の神々 - 山川草木の風景 -
  • 自然の奥の神々 - 山川草木の風景 -
  • 自然の奥の神々 - 山川草木の風景 -

作家メッセージ

風景とは心の状態であると言ったのはアミエルであったと記憶しているが、人が見る風景と、そこに存在する風景とでは意味が違う。
人が見る風景は個人の中で消化されるが、そこに存在する風景は、今までも、今現在も、そして、未来と言う時間の中で生きてゆく人々のためにも必要不可欠なものなのだ。環境の悪化は人間問題であり、人が自然風景のもつ意味を変質させ、生き続けるための循環というシステムを断ち切っていることにある。そんな現実の風景はさびしい。

自然は経済を生んできたが、今の経済が自然を生むことはないであろう。人類は今壮大な実験を行っているが、それがこの先いつまで続けられるのか、誰も答えられないでいる。であれば、自身の心の風景を記憶することで、許容された時間という約束を生きてゆくしかないと思うのだが、はたして人類は近代文明のチェンジができるのであろうか。今回の作品が自然風景のレクイエムにならないことをひたすら願っている。

秋月 岩魚 (あきづき いわな)

写真家。
1947年山形県の朝日連峰の麓で生まれる。
67年から趣味で写真をはじめ、78年からフリーランスの写真家となる。フィッシングを中心にしたアウトドア関連、アドベンチャーもの、旅ものを志向し、国内はもとより世界各地を取材。
コマーシャル、雑誌などで幅広く活躍中。開いた個展は「山釣りの旅」、「自然の詩」、「釣人心象」、「旅の回想」など多数。
主要著書には、『釣人心象』(日本テレビ放送網 1986年)、『イワナ棲む山里 奥只見物語』(足立倫行との共著、世界文化社 1996年)、『ブラックバスがメダカを食う』(宝島社新書 1999年)、『警告!ますます広がるブラックバス汚染』(半沢裕子との共著、宝島社 2003年)などがある。

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