"S"の記憶

95

会期 : 2014.5.9 - 2014.6.16

第95回展 鬼海 弘雄 
「INDIA 1982 - 2011」

幼少のころよりインドに対して特別な感情を抱いていた鬼海弘雄氏は、1979年に初めて渡印して以来、撮影のために訪れた回数は20回を超える。
厳しい環境に身を置きながらも、悠久の時間の流れの中で、穏やかに暮らす人々。その姿は、現代日本にさまざまなストレスを感じながら生きる鬼海氏にとって、精神のバランスを保つための支えとなった。本展では、1982年から2011年にかけてインド各地で撮影したモノクロ作品約110点を展示。

  • INDIA 1982-2011
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作家メッセージ

「懐かしい未来」
月山の麓の小さな農村で生まれた。長い冬を雪の中で育った。
そのせいか子どものころからインドには特別な思いがあった。南の国を超えた幻想的なイメージが心に住みついた。さらに、母親が寺育ちだったせいで時おり話に忍び込む天竺という名称にも幻想が膨らまされた。
そして、三十五年前バッグを背負って彼の地へ旅立った。それが、初めての長期の旅の始まり。
ことばも通じなく切り詰めた貧しい旅だったが、ひとびとの自然で質素な暮らしぶりに魅せられた。どこの小さな町や村を尋ねても、放し飼いの動物たち、たくさんの子どもが駆け回る光景に心を開かされた。赤子から年寄りまで入り交じった家族のにぎやかな暮らしぶりにも懐かしさを覚えた。その佇まいは育った昭和二、三十年代の我が醍醐村とよく似ていた。
雪に閉じ込められる村と、椰子がゆれブーゲンビリアが咲く南国の村の暮らしぶりが似ているといえばふしぎに響くかもしれない。

だが、人間の自然に包まれた質素な暮らしは、本来、古今東西さほどの違いはない。
そんなことから、六千キロ離れたインドへの旅は、地理的移動とともに、記憶の二重の旅になるので、何度繰り返しても飽きることがなかった。
今や人間はあまりにも急激な文明の進歩に、世界の誰でも舵が壊れた舟にのっているような気分になって近未来にさえ不安を抱き立ち竦んでいるようにみえる。プリミティブな旅は、懐かしさは単なる過去への一方的視点だけでなく、身体性に裏打ちされた「未来への夢」を育むかもしれないという妄想を募らせてくれる。人類は、現在私たちが思い込んでいるよりはるかに美しい生きものだという仮説の舟が、未来への時間を運ぶはずだと・・・・。

鬼海 弘雄 (きかい ひろお)

1945年山形県生まれ。
法政大学文学部哲学科卒業後、遠洋マグロ漁船乗組員、暗室マンなどのさまざまな職業を経て写真家に。
1973年より浅草で撮り続けている肖像写真群は『王たちの肖像』『や・ちまた』『PERSONA』『Asakusa Portraits』などの写真集に集成されている。長年にわたりテーマを追い続ける厳格な表現行為で知られ、インドや東京各地を撮り重ねるシリーズも継続中。
随筆の著書も『印度や月山』(白水社)『眼と風の記憶』(岩波書店)などがある。

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