"S"を語る 第2回 石橋泰弘 「写真家を支える最高の脇役として」

写真家を支える最高の脇役として プリンティングディレクター 石橋 泰弘

石橋 泰弘
堀内カラー在籍。入社時から写真制作現場に勤務。
制作現場での経験値を生かし、現在は堀内カラーPhoto Art Center Printing Directorとして勤務。

プリンターという仕事

写真家が心を込めて撮影したものを、その人が目指す表現に合わせてプリントし、一枚の作品として仕上げる。それが、私の仕事です。言ってみれば、縁の下の力持ちのような、決して表に出る仕事ではありません。しかし、私はこの仕事に責任と誇りを持ち、これまでずっと続けてきました。

私が常に心がけているのは、写真家と対等に接するということ。ともに一枚の作品をつくり上げる、"戦友"のような存在でありたいのです。キヤノンギャラリー Sのような広い会場では、どのように展示すればよいか悩まれる写真家もたくさんいます。そんなときは相談に乗り、自分の経験を生かして、よい写真展にするための提案もします。プリントに関しては、もちろん、写真家の意向に沿ってどのようにプリントするかを決めますが、できないことはできないとはっきり伝えることもあります。プリントしたものは、未来永劫、その写真家の作品として残ります。ならば、最高の一枚を残したい。これまでに培ってきた経験と知識をすべて使い、お互いが納得できるものをつくり上げたい。それが、私が一貫して抱き続けている、仕事に対するスタンスです。

写真展を行うとき、まずは展示する作品を見ながら打ち合わせをするのですが、そこでの雑談が作業を進める上で重要になってきます。
写真家がプリントの指示をするとき、必ずしも具体的な色の指定があるわけではありません。その人が、どのような思いでシャッターを切り、撮影場所でどのようなことを感じたのか。その作品に込められた思いは何なのか。それを雑談の中から汲み取り、プリントの指示を理解するときに役立てるのです。作品をプリントする現場には、写真家はいません。だから、その場では私が写真家に成り代わり、作品制作の舵取りをする。そのためには、写真家とのコミュニケーションが何よりも重要で、そこで培われた信頼関係が、作品の出来を大きく左右するのです。

キヤノンギャラリー Sの思い出

これまでに、いくつものキヤノンギャラリー Sで開催された写真展に関わらせていただきましたが、今でも強く印象に残っているのは、2005年に開催された篠山紀信氏の写真展です。私がキヤノンギャラリー Sで初めて担当した写真展なのですが、展示プランを聞いたときは成立できるはずがないと思い、最初は半信半疑で制作作業を進めていました。
しかし、実際にでき上がった空間は、想像をはるかに超えるインパクトがあったのです。今考えると、篠山氏の頭の中には、初めからその空間ができあがっていたのでしょう。当時の私はそれが理解できず、何度も篠山氏の元に足を運んでは、その感性を掴み取ろうと苦心していました。そして、ようやくでき上がった空間を見たときの感動は、今でも鮮明に脳裏に焼きついています。

また、最近の写真展で印象深かったのは、2013年に行われた野町和嘉氏の写真展です。この写真展で野町氏が望んだのは、30年以上も前のフィルム作品を今撮ってきたかのようなイメージにし、さらには、デジタルで撮った作品とそれを並べても、違いが分からないようにするというものでした。フィルムとデジタルデータでは、そもそも原理が違うため、同じようなプリントにするには相当の苦労が強いられます。30年前のフィルムは退色したものを元に戻し、デジタルの作品は粒状感を加えてフィルム作品のような仕上がりにする。野町氏の期待に応えたい、信頼を裏切りたくないという一心で試行錯誤を重ね、ともに満足できる作品を完成させることができました。

私の仕事は、決して一人で行えるものではありません。まずは写真家の意向があり、それを実現させるためにチームを組んで、力を合わせて写真家が望む表現を完成させる。この仕事をしていて最も幸せなときは、写真家や私だけでなく、チーム全員で喜びを分かち合える瞬間です。そして、そうした瞬間が味わえるからこそ、この仕事を続けていられるのです。

インクジェットプリンターの可能性

もともと私は、銀塩時代から暗室に入り、写真制作に携わってきました。今はデジタルデータでのプリント制作が主になっていますが、銀塩時代に培ってきたものが、作品をつくる上で大きな糧となっています。銀塩からデジタルに変わり、作業工程は変わりました。しかし、よい作品を仕上げたいという思いに変わりはありません。インクジェットプリンターが登場した当初は、「銀塩に追いつけ、追い越せ」というスタンスで、プリンターを開発されていたのだと思います。けれど、その頃から私は、そうした考えはあまり持っていませんでした。写真という大きなカテゴリーの中で、銀塩という表現方法もあれば、インクジェットという表現方法もある。そのどちらにも長所があり、それを生かすことが私たちの仕事です。おそらく、写真家の多くも同じ思いなのではないでしょうか。銀塩であれ、インクジェットであれ、そのときに表現したいものがプリントできれば何でも構わない。要は、よい作品がつくれれば、手段はそれほど大きな問題ではないのです。

ただ、インクジェットプリンターの登場によって、銀塩では成し得なかった表現が可能になったのも事実です。インクジェットの強みは、メディアの自由度が高いこと。例えば、紙の風合いが異なるだけで、作品の印象をガラリと変えることができます。写真展のプリントをするとき、私からさまざまな紙を提案することがあります。そのすべてが採用されるわけではありませんが、中には、「いい提案をしてくれた」と受け入れてくださる方もいます。そして、そのときは、今までとは少し違う、新たな表現が実現するのです。新しいメディアが生まれることで、写真表現の幅が広がる。インクジェットプリンターは、そうした新たな表現を生み出す可能性を秘めているのです。

写真展の主役は、もちろん作品を発表する写真家です。私は、その写真展という舞台を支える脇役の一人に過ぎません。それでも、その脇役という仕事にプライドを持ち、主役をいかにすれば盛り上げられるか、舞台をよりよいものにできるか、と常に考えています。自分では多くの人を感動させる写真は撮れません。しかし、写真家が撮った写真のよさを100%引き出して、作品として仕上げることはできます。写真展に展示されているのは、写真家の作品であると同時に自分の作品でもある。そうした思いをいつも心に秘めながら、これからも写真家を支える最高の脇役であり続けたいと願っています。

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