作家インタビュー

奈良原 一高

奈良原 一高

Ikkou Narahara

第117回展「奈良原 一高 華麗なる闇 漆黒の時間(とき)」

奈良原 一高 華麗なる闇 漆黒の時間(とき)

奈良原 一高 華麗なる闇 漆黒の時間(とき)

“IKKO”という名で世界に知られる、奈良原一高。戦後に登場した新世代写真家の旗手として、その評価は国内外を問わず高い。今回は、写真展『奈良原一高 華麗なる闇 漆黒の時間』の中から、その一部を紹介する。

華麗なる闇の世界から それは、不意に現れた

「写真は未来から突然にやって来る。僕の場合は、いつもそうだった。僕は空中にひょいと手を伸ばしてつかみとる……すると写真がひとりでに僕の手の中で姿を現わす」。写真家、奈良原一高は、「はじめて街を歩いた頃」(1995年)という文章の中でこう書き綴っている。早稲田大学大学院に在学中、開催した個展『人間の土地』(1956年)で彗星のごとくデビュー。その後、発表した作品はしなやかな眼差しとその精緻な表現力で、日本はもとより海外でも高い評価を獲得してきました。

  • 奈良原 一高 華麗なる闇 漆黒の時間(とき)
  • 奈良原 一高 華麗なる闇 漆黒の時間(とき)

今回の写真展は、写真集『ヴェネツィアの夜』、『光の回廊-サンマルコ』、『ジャパネスク』から選ばれた作品を『奈良原一高 華麗なる闇 漆黒の時間』というタイトルのもと、モノクロームで構成、展示するものです。
奈良原が初めてヴェネツィアを訪れたのは、1965年。パリを拠点にヨーロッパで活動していたときのこと。イタリア北東部のこの街に到着したのは、陽が沈み、街が漆黒の闇に包まれた時間でした。その日の印象を彼はこう記しています。
「はじめに闇があった。そして、その闇の時間の彼方から、街は不意に立ち現れた」。運河を行く船のヘッドライトに照らされ、突然、水の上に出現した神秘的な街並みに衝撃を受けた奈良原は、その後、パリを離れニューヨークに滞在しているときも、日本に帰国した後も、度々足を運び、撮影を続けます。なぜ、それほど惹き付けられるのか。彼はこう記しています。「昼でもなく夜でもない生き生きとした奇妙な明るさがその冥府のような闇の中にはあった」。運河を行く船の光跡。夜空を切り裂く稲妻の光。輝く闇の中に見つけた、現実と虚構。ヴェネツィアの闇に息づく生きる歓びと死の甘美な気配を、写真家は10年以上の歳月をかけて、3冊の写真集に仕上げていきます。

漆黒の時間(とき)-ジャパネスク 近くて遙かな国へ

1965年、約3年のヨーロッパ滞在の後、ニューヨークを経て帰国した奈良原は、カメラ誌の依頼で日本の伝統文化を撮ることになります。

奈良原 一高 華麗なる闇 漆黒の時間(とき)

「日本というものは僕にとって、容易に接近出来ないものであった。それはまるで鏡の中に映った自分の姿に決して触れることが出来ない理に似ている」。後にこう綴るように、奈良原にとって日本は近くて遠い国でしたが、彼は『ジャパネスク』というテーマを見つけます。それは、「能」、「刀」、「禅」などの日本の伝統文化を、ヨーロッパの文化や風土で暮らし、帰ってきた奈良原の視点で表現するもので、今様の日本をイメージのままに写し撮ることに主眼が置かれました。

奈良原 一高 華麗なる闇 漆黒の時間(とき)

例えば「能」の場合。目的としたのは、いわゆる能の舞台写真ではなく、奈良原がイメージした「能」を撮ること。能楽師、観世寿夫とともに、実際にはないセッティングで、能の動きが生みだす「ずれてゆく時間のすき間」表現。また「刀」では、日本刀に潜む武家社会の不条理、「陰湿でストイックなエロチシズム」を精緻な目で見いだし、静と動の世界に昇華させています。さらに「禅」では、曹洞宗の大本山である鶴見總持寺での厳しい修行の様子を泊まり込みで撮影。座禅などは、通常の場所とは違う場所を選び、シンボリックな表現を試みています。
そして、この『ジャパネスク』で着目すべきことは、ハイコントラスト、長時間露光、ソラリゼーションなどの特殊な撮影技法。シリーズの展開に合わせ奈良原が感じてイメージした世界が、それぞれの手法でしっかり構築、表現されていることです。
今回の写真展は、ヨーロッパと日本という二つの題材をモノクロームの世界で表現し、東西それぞれ異質な「黒」に対する奈良原の美意識を対比させて展示しています。時代が変わっても輝きを失わない、写真家、奈良原一高の世界を、ぜひ、ご覧ください。

奈良原 一高 華麗なる闇 漆黒の時間(とき)
奈良原 一高「奈良原 一高 華麗なる闇 漆黒の時間(とき)」

奈良原 一高「奈良原 一高 華麗なる闇 漆黒の時間(とき)」

2017.3.10 - 2017.4.24

展示情報

奈良原 一高

奈良原 一高 (ならはら いっこう)

1931年福岡生まれ。1959年早稲田大学大学院(芸術学専攻)修士課程修了。在学中の1956年に、初個展「人間の土地」が大きな反響を呼び、写真家としての活動をはじめる。

1959年、東松照明、細江英公、川田喜久治らとセルフ・エージェンシー「VIVO」を結成(1961解散)。その後、パリ(1962-1964)、ニューヨーク(1970-1974)と拠点を移しながら活動。1974年帰国後も世界各地を取材し、多数の展覧会を開催。写真集も数多く出版し、国際的にも高い評価を受ける。

主な個展に、「Ikko Narahara」ヨーロッパ写真美術館、パリ(2002-2003)、「時空の鏡:シンクロニシティー」東京都写真美術館(2004)、「手の中の空―奈良原展1954-2004」島根県立美術館(2010)、「王国」東京国立近代美術館(2014-2015)など多数。

写真集に、『静止した時間』(1967)、『ジャパネスク』(1970)、『消滅した時間』(1975)、『人間の土地』(1987)、『ヴェネツィアの夜』(1985)、『時空の鏡』(2004)、『太陽の肖像』(2016)なお。主な受賞に、日本写真批評家協会新人賞(1958)、芸術選奨文部大臣賞、毎日芸術賞(1968)、紫綬褒章(1996)など。

写真展企画:
奈良原一高アーカイブズ代表 奈良原恵子氏、新美虎夫氏、グラフィックデザイナー 勝井三雄氏

[ 掲載記事について ]
こちらの記事はキヤノンフォトサークル月刊会報誌「CANON PHOTO CIRCLE」2017年4月号に掲載されたものです。

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