作家インタビュー

猪井 貴志

猪井 貴志

Takashi Inoi

第119回展「鉄景漁師」

鉄景漁師

鉄景漁師

鉄道写真家のパイオニアとして、国鉄時代から50年以上、鉄道を追いかけてきた猪井貴志。疾走する列車はもちろん、日本の美しい風景、街の佇まい、人々の営みまでもとらえるその視点は、日本の鉄道写真に大きな影響を与えてきた。
今回は、写真展『鉄景漁師』から、その一部を紹介する。

鉄道と、人と、風景が生み出す、素晴らしい瞬間

鉄道写真を本格的に撮り始めたのは、昭和53年、ダイヤ改正の年。国鉄の特急列車のヘッドマークが絵入りに変わったときのこと。全国津々浦々、40日かけて撮影したのが写真人生の始まりでした。

当時は、特急でも、ブルートレインでも、8両、9両は当たり前。12両編成もあり、食堂車も付いていた時代です。長大編成の列車が線路の上を舞うように走る、そのフォルムの美しさに魅せられて、ひたすら追い掛けていましたが、駅の人や地元の人たちと触れ合ううちに、鉄道のやさしさを感じるようになりました。街と街、人と人を結ぶため、雨の日も風の日も、たとえ乗客がいなくても、正確に走り続ける列車。そこに出会いや別れ、憧れや郷愁、さまざまな人の想いが息づいているのに気がついて、その土地の風土、人々の暮らしも含めた鉄道写真を撮ろうと思うようになったのです。

猪井 貴志「鉄景漁師」

もちろん、鉄道写真の魅力、その大きな要素は速度感やリズム感。車窓シリーズは、昭和63年、青函トンネルと瀬戸大橋が完成し、日本の鉄道が一本につながった年に始めたものです。車窓から撮るときは、瞬間が勝負。構図を考える余裕はありません。人間の目は余計なものを排除して、きれいなものだけ見ていますが、写真になると、きれいなものも、余計なものも両方写ってしまう。そこが気を使うところです。ときには遅いシャッター速度で、スピード感を表現したり、朝焼けの時間まで不眠不休でチャンスを待ったり、体力的に厳しい撮影ですが、そこがまた大きな魅力でもあります。

列車に同乗して撮る写真に限らず、撮るとき気にしているのは、音を感じるか、どうか。列車の音、線路の音、車内のざわめき。風景も含めて撮るときは、風の音、踏切の音など、その場で感じる音を自分の画にしたいと思っています。

鉄道写真は列車が写っていることが大前提です。山の稜線に沈む夕日がどんなに素晴らしくても、流れる雲がどんなに美しくても、列車が存在しないと、およそ意味がありません。日本の鉄道は時間に正確なので、夕暮れの光がきれいな時刻にこの場所を通過すると予測して待ち構えるのですが、たまに遅れることもあります。すると絶好の光を逃してしまう。でも、遅れて暗くなったおかげで、列車の赤いライトが映え、旅情感たっぷりの作品に仕上がることもあります。鉄道写真家たちは、その偶然に一喜一憂するわけで、若い人も、年寄りも、みんな無邪気な子どもみたいに思えます。

猪井 貴志「鉄景漁師」

列車がいない時間にも、写真の女神は微笑む

鉄道の魅力は、列車だけではありません。小さなローカル線の駅舎、乗客との触れ合い、どこまでも続く線路。それこそ、写真を撮りに行く旅の数だけシャッターチャンスはあります。写真1の写真は、最初、明るい光にとけ込む線路を撮るつもりでいたのですが、近くにいた猫が突然、線路の上を歩き出したので、急いで撮った一枚。写真の女神は、列車がいないときにも微笑んでくれることを実感した一枚です。

猪井 貴志「鉄景漁師」

小説、映画、音楽。どの世界にも必ず鉄道をモチーフにした作品があるのは、老若男女、世代を超えて人の心を惹きつけるものがあるからなのでしょう。美しい四季の中を走る日本の鉄道。そこに無数の素晴らしい瞬間があることを、多くの人たちに感じていただきたいと思っています。

猪井 貴志「鉄景漁師」

写真1

猪井 貴志「鉄景漁師」

猪井 貴志「鉄景漁師」

2017.6.22 - 2017.8.8

展示情報

猪井 貴志

猪井 貴志 (いのい たかし)

猪井 貴志 (いのい たかし)
1947年神奈川生まれ。東京写真専門学校卒業
写真家 真島満秀とともに鉄道写真家のパイオニアとして国鉄時代より活躍。
JRポスター制作にも数多く携わる。(有)マシマ・レイルウェイ・ピクチャーズ会長
日本鉄道写真作家協会(JRPS)会長 (社)日本写真家協会(JPS)会員

[ 掲載記事について ]
こちらの記事はキヤノンフォトサークル月刊会報誌「CANON PHOTO CIRCLE」2017年7月号に掲載されたものです。

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