特集 第1回 飯沢耕太郎 「写真展の愉しみ」

写真評論家 飯沢 耕太郎

インタビュー:2014.12 Update

写真展の愉しみ 写真評論家 飯沢 耕太郎

飯沢 耕太郎
1954年、宮城県生まれ。1977年、日本大学芸術学部写真学科卒。1984年、筑波大学大学院芸術学研究科博士課程修了。
以後、写真評論家として活動する。主な著書に『写真美術館へようこそ』(サントリー学芸賞受賞)、『写真を愉しむ』、『増補 戦後写真史ノート』、『写真的思考』、『深読み! 日本写真の超名作100』、『写真集が時代をつくる!』などがある。

写真ギャラリーの役割

私が写真評論家として活動をはじめたのは、1980年代の半ばごろですが、そのころは、ようやく日本でも写真展を行うことが活発になってきた時代でした。写真関連メーカーが運営する企業系ギャラリーのほか、作品を展示して販売する商業ギャラリーや、写真家たちが集って自らの作品を発表する自主運営ギャラリーができ、さまざまな写真展が開かれるようになっていたのです。
企業系ギャラリーでは、販売促進活動の一環として、プロ・アマ問わず顧客に作品を発表する場を与える役割を担い、また、商業ギャラリーは、作品の収集・売買のほか、作家を養成する側面も有していました。そして、自主運営ギャラリーは、世界ではあまり見られない日本独特の形態であり、若い写真家たちが自らスペースを借り、意欲的な表現を発表し続けていたのです。

1990年代になると、この3つのギャラリーが持つ性質とは異なる写真展も開催されるようになりました。1988年に川崎市市民ミュージアム、1989年に横浜美術館と、それぞれ写真部門を持つ美術館が開館し、1990年には写真専門の美術館である東京都写真美術館が第一次開館したのです(本格開館は1995年)。
その後、東京国立近代美術館でも写真部門を有するようになり、大きなスペースでゆったりと作品を鑑賞できる機会が徐々に増えていきました。すると、われわれ鑑賞者の目も1980年代のころとは変わり、広い会場で、一人の作家の作品をじっくり見たいという欲求を抱くようになったのです。
そうした流れの中で2003年に誕生したのが、「キヤノンギャラリー S」です。企業系ギャラリーでありながら、大きなスペースで質の高いプリントを展示する。それは、1980年代に急激に増えた3種類のギャラリーとは異なる性格を持ち、美術館に近い位置付けのギャラリーといえました。

さまざまな世界観がつくれる「キヤノンギャラリー S」

「キヤノンギャラリー S」の素晴らしい点は、展示方法の自由度が高いことです。美術館などは、広いスペースを有していても壁が固定されているケースが多く、それぞれの展示にあった壁面をつくることは難しいのが現状です。
しかし、「キヤノンギャラリー S」は、可動壁で空間を自由につくり出せ、巨大な作品の展示も可能です。また、ライティングやプリント方法、額装などもフレキシブルに行えるので、より作家の世界観を創出しやすいギャラリーといえるでしょう。
1990年代以降の写真展では、会場全体の空間をどのようにつくり上げるかも、写真家にとって重要な課題の一つになりました。
単に壁に作品を並べるのではなく、会場に一歩足を踏み入れた瞬間から、いかに作家の世界観に引き込めるか。

「キヤノンギャラリー S」は、自由度が高いゆえに、さまざまな工夫を凝らすことが可能です。
これまで「キヤノンギャラリー S」で見てきた写真展の中で印象に残っているものはたくさんありますが、そのどれもが、それぞれの作家の世界観に合った空間がつくり出されていました。
また、2013年の「キヤノンギャラリー S 10周年記念展」の際に作られた、出品作家の図録は、とてもよい試みだと感じました。
先日の佐藤信太郎氏の写真展でも写真展カタログが用意されていましたが、写真展の会場で作品を見るだけでなく、帰ってからも作品のことを思い返せるのは、鑑賞者にとってとてもうれしいことです。写真展カタログがあることで、その場だけでは終わらない膨らみのある写真鑑賞ができる。これからも、写真展カタログの刊行はぜひとも続けて欲しいと願っています。

写真展はライブだ

「写真評論家として活動をはじめてから、数え切れないほどの写真展を見てきました。多いときは月に50以上もの写真展を巡った経験もあります。
写真を鑑賞する手段は大きく分けて2つあり、それは写真集と写真展を見ることです。もちろん、今はインターネットでも作品が見られますが、写真と向き合うには、やはり写真集を見るか、写真展に足を運ばなければならないでしょう。
私が常々考えているのは、写真を音楽に例えると、写真展はライブコンサートであり、写真集はCDなど複製された音源ということです。CDでもアーティストの楽曲を楽しめますが、やはりライブコンサートに行き、アーティストの肉声や演奏を体感した方が感じるものは多いでしょう。写真にも同じことが言え、写真集では、どうしても写真との関わりが間接的なものになってしまうのに対し、写真展に足を運べば、作品とフェイストゥフェイスで向き合え、より多くのものを感じ取れます。会場に展示されている作品を眺めることで、作家のまなざしを追体験できる。インターネットで検索をして作品を見た気になっていたのに、実際に写真展で作品を見ると印象ががらりと変わった経験が何度もあります。また、ときには会場で写真家本人と出会い、話を聞くことで作品の世界観を明確に知ることも、写真展ならではの体験でしょう。

写真展の面白いところは、そのときの状況によって作品の印象が変わることです。
展示方法や空間演出はもちろん、会場までの道のりやそのときの体調や気分によっても、写真から受け取るイメージは変化します。だから、同じ写真展でも、日によって印象が変わることもあり得ます。まさに、写真展はライブであり、写真集やインターネットで作品を鑑賞するのとはまったく異なる愉しみがあるのです。
写真展を見続けることは、写真の歴史や今の表現を知るうえで、とても大事なことです。
過去の写真家たちは、その時代にどのような表現を試みていたのか。そして、今の写真家たちは、どのような表現に挑戦しているのか。これからどんなふうに変わっていくのか。それを体感できるギャラリーは、写真文化のためになくてはならない存在です。 そして、「キヤノンギャラリー S」もまた、通常の企業系ギャラリーとは異なる性質を生かして幅広い写真展を行い、次代の写真文化をつくる大きな役割を担っているのです。

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