2017年夏、鉄道を愛するすべての人へ、
				キヤノンがお贈りしたキヤノンギャラリー鉄道写真展特集「鉄ナツ」。
				「鉄ナツオールスターズ」が2017年8月10日に運行を開始した東武鉄道「SL大樹」に乗り、ワンデイトリップ。
				見事に復活を果たした「C11 207」に揺られながら、それぞれSLへの思いを話しました。 SL大樹とは?

01 忘れられないSLの記憶

忘れられないSLの記憶忘れられないSLの記憶

長根この4人の中だと諸河さんがもっとも現役のSLを知っていると思いますが、「SL大樹」の「C11 207」についてどのような思い出がありますか?

諸河スタッフカメラマンの時代に日高線を走っていた「C11 207」を撮った覚えがあるけど、作品をみんな置いてきたから手元には残っていないんだよね。そのときの思い出だけが残っている。

米屋日高線を走っていたんですか?

諸河そう。日高線を走っていたの。その後、現役復帰してから北海道に何度が撮影に行ったけど、なぜかそのときに限って「C11 207」の調子が悪くて……。だから、結局「C11 171」しか撮ることができず、「C11 207」と会うことはできなかった。

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長根じゃあ、東武鉄道でようやく会えたわけですか?

諸河やっと再会できた。

猪井俺が「C11 207」を見たのは函館本線で、ニセコを引っ張っていたよ。

長根SLニセコ号ですね。

猪井そのとき、「C62」だと思っていたんだけど、SLがきたら「あれ? 小さいな」って。

長根いや、その時代に「C62」はもう終わっていますから(笑)。でも、「C11 207」はニセコ号で、「C11 171」が冬の湿原号というイメージですね。

米屋ところで、「C11 207」は、どうしてライトが2個ついているんですか?

諸河日高線は霧がよく出るし、カーブも多く、落石もたくさんあったから。ただ、SLの場合は、いくら前照灯を明るくしても、前を見る意味ではなく、 SLが来ることを知らせるためなんだよ。

長根沿線の人に知らせるためだったんですね。その2個のライトのことを、「カニさん」とか、「カニ目ライト」と呼ぶのは、鉄道ファンとしてどうですか?

米屋当時から「カニ目」って言われていましたか?

諸河いや、あまり呼ばれていた記憶はないな。

長根誰が最初に呼んだのかな?

米屋でも、僕が小さいときに読んだ絵本には、すでに「カニのような機関車」って書いてありましたね。

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諸河まあ、確かにカニの目に似ているからね。愛称として自然に定着したのでしょう。

長根ところで、米屋さんが初めて撮ったSLの記憶はどういうものですか。子供のころはまだ走っていたんですよね。

米屋いや、もう終わっていましたね。生まれたときは走っていたらしいけど、物心がついたころには終わっていた。

長根じゃあ、米屋さんも初めてSLを撮影したのは、復活蒸機を。

米屋僕は出身が山形ですけど、「C56 160」が仙台臨海鉄道で走ったことがあって、それが最初ですね。

猪井俺は昔から鉄道を撮っていたわけじゃないけど、初めて撮ったのは日豊本線。

長根え、日豊本線で撮ったんですか?

猪井昔から写真はやっていて、たまたま両親が宮崎だったから。

長根日豊本線って、何が走っていましたっけ? 形は何か覚えていますか?

猪井いや……。ただ、今考えると「C55」か「C57」かな。まだ電化されていないような時代で、当時、風景写真を撮っていて、たまたまSLが来た。それが最初に撮ったSLだと思う。まあ、SLを撮るつもりはあまりなかったんだけどね。

米屋でも、そのときは「やった、SLが来た」って思いました?

猪井いや、あまり……(笑)

米屋だけど、いいタイミングで撮っているんですよね。

猪井まあね。昔から写真はうまかったから(笑)。

長根(笑)。僕は「D51 498」ですね、あのオリエント・エクスプレスの。ただ、そのときは見に行けなかったんだけど。

諸河ああ、1988年に復活したときだね。

長根それが最初のSLの記憶で、初めて写真を撮りに行ったのは、SLコニカ号といって京葉線を「D51 498」がイベントで走ったんです。

米屋京葉線を?

長根はい、舞浜まで走ったんですよ。

猪井SLを鉄道写真として最初に撮ったのは、SLやまぐち号だな。1979年に復活したんだけど、当時、写真絵本を作るのに撮影したのが仕事としては最初だと思う。

米屋昔、『中一時代』って雑誌がありましたよね。そのグラビアで猪井さんが撮ったSLを見ていた記憶があります。

猪井あの時代は、『小学一年生』から『小学六年生』まで、SLのグラビアが人気だったからね。

米屋はい、ワクワクしながら見ていたのを今でもはっきりと覚えています。

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旅人プロフィール

  • インタビューアー長根 広和(Hirokazu Nagane)

    1974年、神奈川県横浜市生まれ。
    鉄道写真家・真島満秀氏に師事。鉄道会社のビジュアルポスターやカレンダー、時刻表表紙写真などを手がける。
    車両そのものの機能美や力強さを表現した写真に定評がある一方、ドラマチックな鉄道風景写真にファンが多い。「列車の音が聞こえてくるような作品」がモットー。

    展示情報

    諸河 久(Hisashi Morokawa)

    1947(昭和22)年東京都生まれ。日本大学経済学部、東京写真専門学院(現・東京ビジュアルア−ツ)卒業。
    鉄道雑誌「鉄道ファン」のスタッフを経て、フリーカメラマンに。「諸河久フォト・オフィス」を主宰。国内外の鉄道写真を雑誌、単行本に発表。

    展示情報

  • 猪井 貴志(Takashi Inoi)

    1947年4月神奈川県生まれ。東京写真専門学校。JRポスター制作にも多く携わり、とりわけダイヤ改正前には多忙を極める。鉄道のみならず、人物や町の情景も手掛け旅行誌などでも活躍中。

    展示情報

    米屋 こうじ(Koji Yoneya)

    1968年山形県生まれ。生活感ある鉄道風景のなかに人と鉄道の結びつきを求めて、日本と世界の鉄道を巡り撮影。
    著書に「鉄道一族三代記」(交通新聞社)、フォトエッセー「ひとたび てつたび」、写真集「I LOVE TRAIN—アジア・レイル・ライフ-」(ころから)ほか。公益社団法人 日本写真家協会(JPS)会員。

    展示情報

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