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トップ > 特集 「アイデア」と「思い」が新しい可能性を切り開く よみがえる地方 > P3
「地方創生」が日本全体の課題となってから数年がたつ。次第に明らかになってきたのは、「地方」とひと口に言っても、その内実は極めて多様であるということだ。人口減や産業の衰退といった課題は同じでも、それぞれの地域には独自の歴史があり、特有の文化がある。その地域の個性に合った方法でなければ、その地方が創生することはないだろう。各地の独創的な取り組みの中に、地方をよみがえらせるヒントを探る。
「自給自足」といい「地産地消」という。しかし、地元産品を地元で過不足なく消費できるのは、そこに十分なマーケットがある場合だけである。林業など大消費地での需要を想定した産業が、地元で「地消」することはあり得ない。だとすれば、地域の産業を活性化させるために必要なのは、その地域と市場とを適切に結ぶことである──。
行政法における環境分野の専門家であった竹本吉輝さんが、そんな思いを胸に、地域の林業の活性化を目指す会社、トビムシを設立したのは2009年のことである。竹本さんはこう説明する。
「環境問題は、さまざまな規制によって環境を守るというフェーズから、地域に積極的に関わって地域の生活をサステナブルにしていくというフェーズに変わった。そんな問題意識がありました」
地域の歴史、文化、抱える課題は千差万別である。したがって、トビムシの地域への関わり方もおのずと多様になる。例えば、岡山県西粟倉村では、半ば放置されていた林を合理的に管理し、効率的な林業を行うために、マイクロファイナンスの仕組みをつくり、高性能の林業機械を導入した。
東京・奥多摩のプロジェクトでは、山主に森林を現物出資してもらい、オフィス設計デザイン会社、環境共生型住宅のコンサル会社、DIYの会社などと共に、リノベーション資材やインテリアグッズを販売する仕組みをつくった。
また、2万3000人を超えるクリエーターのネットワークを運営するロフトワークとともに設立した「飛騨の森でクマは踊る」では、木工細工の伝統技術、3Dプリンティングなどの最新技術、クリエーターとを結び付けて、飛騨の広葉樹を有効活用するモデルに挑戦している。
いずれの取り組みにも共通するのは、「森にお金を返す」という揺るがぬコンセプトだ。
「従来のモデルでは、木材や家具の最終価格があって、そこから逆算して木の価格が決まっていました。しかしそれでは、地域に十分なお金が戻らず、植林などの新たな投資もできないので、林や里山がどんどん荒廃してしまいます。生産現場から市場までのバリューチェーン全体を見て、最終製品の単価を上げられるモデルをつくり、森に適正なお金を戻していく。それが地域を守ることにつながると僕は考えています」
単にお金の流れを適正化するだけではない。取引先企業やエンドユーザーに「森とつながっているという感覚」を持ってもらうことも重視する。
「旅行業法の二種免許があるので、木材産地へのツアーを企画することが可能です。産地に足を運んでもらい、森を見て、木に触れ、木材加工に参加してもらう。そうして森に直接コミットすることによって、森の価値を肌身で感じてもらえるのではないか。そう思っています」
地域に生活していない立場で、地域の活性化を目指す。その点ではコンサルタントの立ち位置に近いが、大きく異なるのは、事業に直接出資している点と、何よりもトビムシの社員が自ら地域に入り、自ら事業をつくり上げている点だ。
「地域での活動で最も大変なのは人間関係です。地域で影響力を持つ方々、発言力のある方々としっかりコミュニケーションを取り、僕たちがやろうとしている事業を理解していただき、場合によっては支援していただく。いわば、地域側から事業を支えていただく。そのような関係の基盤がなければ、地域活性化は決してうまくいきません」
ある地域と関係を取り結ぼうとするとき、竹本さんは必ずそこに何日も滞在し、さまざまな人たちとフェイス・トゥ・フェイスの対話をし、相手を知り、こちらのことを知ってもらうという。「民俗学的アプローチ」と自ら呼ぶその方法こそが、トビムシの真骨頂だ。
「もっとも、実際にはひたすらお酒を飲んでいるだけですが(笑)」
地方と都市をつなぎ、産地と市場をつなぎ、人と人をつなぐ。その絶えざる営みこそが、地域を再生させ、そこに生きる人々の生活を継続可能にする。それが竹本さんの信念だ。新たな「つながり」を生み出すために、竹本さんは今日も全国を飛び回っている。