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変わる時代、変わらぬ信頼―"長く愛され続ける企業"の条件

技術革新、グローバル化、人口減少──。かつてない激動の時代を迎えている今日、企業が継続的に成長するのはいよいよ難しくなっている。
この変化の時代にあって、企業が顧客からの変わらぬ信頼を獲得し続けるにはどうすればいいのだろうか。
過去数十年にわたって活動を続けてきた企業の意志や挑戦に、これからの時代に愛され続ける企業のヒントを探る。

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  • 2017.12.01

変わる時代、変わらぬ信頼―
"長く愛され続ける企業"の条件

ケーススタディー1時代の変化にしなやかに対応する一保堂茶舗

写真:一保堂茶舗 享保2年(1717年)、近江出身の渡辺利兵衞氏が創業し、以来今も変わらず寺町二条に店を構える 写真:狩野憲一さん 取締役の狩野憲一さん。お茶は入れ方によって味が大きく変わる。日本茶の裾野を広げるため、若者向けの試飲セミナー講師なども務める

京都で300年の歴史を誇る一保堂茶舗(以下、一保堂)。日本茶の加工・製造および小売りを行う。宮家の一つであった山階宮(やましなのみや)から茶葉を好まれ、「茶、一つを保つように」との言葉を賜り、1846年に屋号を近江屋から現在の一保堂と改め、茶葉一筋でビジネスを展開してきた。ペットボトルなど大量生産できるものには手を出さず、"茶葉からお茶を楽しんでいただく"ことにこだわり続ける。一保堂はどのように茶葉の品質を保っているのか。

取締役の狩野憲一さんは「五感です」と言い切る。一保堂のお茶は古くから伝わる製法で作り上げられた仕上茶をブレンドしている。実は、茶葉の出来は畑や年によって大きく変わる。毎年、その年の良い茶葉を厳選し、一保堂の味筋にブレンドして完成させているのだ。

「茶葉の風味も人の好みも時代によって変わります。だからこそ、同じレシピにこだわり過ぎず、五感を研ぎ澄まして作り上げることで、"一保堂のお茶"を提供し続けることができると思っています」と語る。

感覚的なものは何代にもわたって正確に引き継ぐことは難しい。しかし、「時代とともに好みも変わってしかるべき」という思いが、かえって柔軟な変化への対応を可能にしているのだ。

"変わらない軸を持ちつつ、変えるべきものは変えていく"というスタンスを象徴しているのが、"家訓"である。味の嗜好に無用な縛りを与えないようにと、一保堂の創業オーナーである渡辺家には、お茶に対する決まり事を記した家訓がない。「家訓がないからこそ、昔ながらの味にこだわることなく、その時代を反映させた味を追求できるんです」と狩野さんは語る。

特に、世の中の嗜好の変化に関してはとても敏感だという。「時代とともに、お茶への関心はどう変わっているのか、という点には常に気に掛けています」。その例が2010年に東京、2013年にニューヨークに新たに出店したことからも見て取れる。一見すると、精力的に国内外に販売網を広げているように見えるが、それが本来の目的ではない。

もともと2000年に開設していた国内外向けのオンラインショップを通じて、国外からの出店のニーズが高いことは感じ取っていたが、当時は円安が進んだことから、海外での事業継続が困難と判断。まず東京に出店してほしいという声に応えて丸の内に出店した。その後リーマンショックを経て円高に転じたことを機にニューヨークに進出することとなる。翌2014年には「Matcha year」と呼ばれるブームも訪れ、一気にブレイクした。

「外国の方はお茶に対する経験値が少ない分、ストレートにお茶に関心を持ってくれました」(狩野さん)

テイクアウトが主体のニューヨークの店舗でも、お客さまの目の前でお茶を入れ、お茶のある生活を楽しんでもらうことを意識した設えになっている。お茶を通してお客さまとじかに接することで、その土地、時代のライフスタイルや人の変化が見えてくるのだ。

  • 写真:本店の壁 本店の壁には茶葉を保管していた壺や、木箱が並ぶ。今では外国人旅行客が多く訪れ、接客も多言語で対応している
  • 写真:喫茶スペース 本店の一角に併設された喫茶スペース。スタッフがお茶の入れ方を伝え、自分で入れて楽しむことができる
  • 写真:嘉木(かぼく) 一保堂の煎茶の中で最上級の「嘉木(かぼく)」。深いうま味と渋みが重なり合う

一保堂では店舗やオンラインショップからのお客さまの声を収集し、チームごとに社員間で共有している。少なくとも月に100件以上に及ぶ声をモニターし続けることで、「ちょっとした変化も感じることができ、お客さまからのご要望にスピーディーに対応できます。そのため、事が大きくなる前に応えることができるのです」

ITの活用についても積極的だ。老舗茶舗のイメージからは意外性を感じるかもしれないが、1980年ごろからコンピューターを導入し、業務の効率化を図ってきた。現在では仕入れから出荷に至るまでシステムで一元管理し、全店舗の販売状況や在庫についてもリアルタイムで把握している。また顧客データを蓄積し、そのデータを分析することで販売予測まで手掛けている。しかし、これは決して先進的な技術に安易に飛び付いたわけではない。時代に合わせて柔軟に対応してきた結果である。

時代に迎合するのではなく、冷静に世の中の変化を見つめ、"茶葉からお茶を楽しんでいただく"という軸を持ち続けながら、変えるべきものは変えていく。そのしなやかさが一保堂の流儀なのかもしれない。

  • 写真:ワークショップ お茶文化の裾野を広げるため、定期的に開かれているワークショップ
  • 写真:男性も嗜好品の一つとして学びたいと訪れる 女性に限らず、男性も嗜好品の一つとしてお茶を学びたいと訪れる
  • 写真:抹茶Q's(キュウス) より多くの人にお茶を楽しんでもらいたいと、片くちの「抹茶Q's(キュウス)」(写真)や「左利き用急須」なども扱う
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