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トップ > imaging S 「水のドレス」を身にまとう霊峰 写真家 蓮井幹生さん
© Mikio Hasui
30年の写真家生活の中で、富士を被写体とするのは初めての経験だった。一年にわたって富士山に通い続け、季節ごとに変化していく多彩な表情を捉えた。こだわったのは、自身の一貫したテーマでもある「水」だ。
「人間の体の7割は水であり、地球上の多くは水で覆われています。僕たちはもっと水に真剣に向かい合わなければならない。僕はこのことをいつも考えてきました」
蓮井幹生さんはそう話す。富士山には川がない。しかし、水は至るところに姿を変えてある。時に雲として、時に霧として、時に雨、雪、樹氷、湧水として。
「富士山は、水をいろいろな形で身にまとって、多様な姿を僕に見せてくれました。富士とは、“水のドレス”を着た山である。一年間、写真を撮り続けて、それがよく分かりました」
自身の作品は、大きく3つのタイプに分かれると語る。構成を緻密に計算した「Composition」、事物の質感を重視した「Surface」、光と影のコントラストを表現した「Light & Shadow」である。富士がファーのような雲をまとった1枚目のモノクロ写真が「Composition」、湖水と遠景の富士が幽玄な静けさを伝える2枚目の写真が「Light & Shadow」、たゆたう湧き水の複雑な表情を捉えた3枚目のモノクロ写真が「Surface」にそれぞれ該当する。
日本人がこれまで数えきれないほど描き、語り、写してきた「富士」と、私たちの生活の一部としてある「水」。そのいわば日常的なテーマが交差するところに、息をのむような非日常の美が生まれる。そこに写真の魔力があり、一流の写真家の手腕がある。
グラフィックデザイナーからフォトグラファーに転身したのは31歳の時だ。写真の技術は全て独学で学んだ。その結果、現在の自由で柔軟なスタイルが生まれたという。オーダーの内容や撮影環境に応じて、撮り方を変え、機材を変える。人、もの、風景、あるいはスタジオ、ロケ撮影と、あらゆる対象、あらゆるシチュエーションに臨機応変に対応する。それをやるのがプロフェッショナルであるという、一貫した信念を持っている。
60代を迎えて、いよいよ写真を生涯の仕事と思い定める一方で、写真を通じて日本人の美意識を海外に広めていくことが新たな目標となった。さらに、その先の目標もある。
「自分がこの世からいなくなった後、何十年かしてどこからか僕の未発表の写真が出てきて“あいつはこんな写真を撮っていたんだ”とあらためて価値を認めてもらえる。そんな写真家になるのが究極の目標です」
蓮井 幹生(はすい みきお)
1955年、東京都生まれ。アートディレクター守谷猛の下でデザインを学ぶ。レコードジャケットなどのグラフィックデザインを手掛けた。写真家に転向すべく独学にて写真を学び、88年初めての個展を開催。以後、カルチャー系雑誌のポートレートやさまざまなジャンルの広告写真のほか、コマーシャル映像も手掛ける。広告賞の受賞歴多数。