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トップ > imaging S 水深15メートルの一期一会 写真家 佐藤かな子さん
© Kanako Sato
ふと宇宙空間に迷い込んだかのような浮遊感。しかし次の瞬間、その画角に納まる生物の姿に、ここが海の中であることを知る。
佐藤さんが撮る水中写真には"境目"がない。陸地で私たちが感じる驚きや感動と同じく、海深くでしか出合えない神秘を写し取る。1枚目の作品は、産卵期を迎えて集まったフグの群れを写した一枚。ガラス質の白砂が美しい神津島の海、水深にして15メートルほど。「フグたちが時折こちらをチラリと見る表情が可愛いんです」と語る佐藤さん。
カメラ好きの父親の影響で、物心がついた時から写真は身近な存在だった。高校から写真部に所属。短大へ進学するも写真の道を諦め切れずに、卒業後は写真を学ぶことを決意。日中はカメラアシスタントとして働きながら、夜間は専門学校でがむしゃらに広告写真を学んだ。当初はファッションアートの世界に憧れていたが、一日中スタジオにこもる生活が続く中、光と風を求めて、ダイビング研修の案内に吸い寄せられるように、海へ飛び込んだ。
「初めて潜った海では、見たことがない世界が広がっていて、懐かしい場所に帰ったような心地よさでした」
呼吸法や水圧への耐性など水中の環境には適性があり、一緒に潜った仲間の中には断念する人もいた。水になじめる感覚を得た佐藤さんは"水の中をじかに見られない人にも、この世界を届けたい"との思いを強めたという。潜るのは伊豆諸島など日本の海が多い。当初はダイビングの名所を求めて国外の海に行っていたが、海外で作品を発表し始めたことが、"日本の海"にカメラを向ける動機になった。
2枚目の写真は、八丈島で撮った一枚。
「波のうねりが強く、岩にしがみつきながらシャッターを切りました。自然の荒々しい一面に恐れを抱きながらも、光差し込む波間に悠々と泳ぐウミガメの美しさと逞しさに心を打たれたんです」
薄暗い青一色の世界にライトを当てた瞬間、驚くほどに鮮やかな色彩が放たれたのは3枚目の写真。内湾の地形が育んだ豊かな海藻とウツボが造る天然のアートは、「まるで玉手箱を開いたよう」だった。光を操る技術が表現を左右する点は、スタジオ撮影に通じる。
一度の潜水で撮影にかけられる時間は30分ほど。海況によっては一枚も撮れない日もある。海の中にも四季があり、その時、その場所での出合いによって生み出されるシーンはどれも唯一無二。"一期一会"の重みをかみしめながら、対象を慈しむ。「海に入ると、まさに"今"を生きているということを感じられる。海は、瞬間を記録するという写真本来の価値を私に教えてくれます」
佐藤 かな子(さとう かなこ)
カナダ・トロント生まれ。青山学院女子短期大学卒業後、日本写真芸術専門学校・広告科修了。専門学校時代に水中写真に出合い、活動を開始。30キロ近い機材を持ち込んで多い時は毎週のように海に潜る。国内ほかキューバやウズベキスタンなどで個展を開催。写真教室や撮影イベントでの講師を務める。また、雑誌・書籍への作品掲載や執筆活動も行う。