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トップ > imaging S 「空気」となって日常を捉える 写真家 名越啓介さん
© Keisuke Nagoshi
29歳の時に出版した初の写真集のタイトルは『EXCUSE ME』。海外で興味を持った人たちに「エクスキューズ・ミー」と声をかけ、写真を撮らせてもらう。そこから相手の懐に入っていって、彼・彼女らの日常の表情を写していく──。そんな撮影の流儀をそのまま表現したタイトルだ。
始まりは、19歳の頃の世界一周旅行だった。ロサンゼルスで自分と年の変わらぬ路上生活者とたまたま知り合い、彼らの生活に興味を覚えて、手にしていたカメラで彼らの生活を撮った。
「写真は全く未経験でしたが、自分が感じたもの、見たものがそのまま写ることが面白くて、写真の道へ進みたいと考えるようになりました」
これまで訪れた国は50カ国以上。とりわけ印象に残っているのは、フィリピンの廃棄物投棄場「スモーキーマウンテン」で暮らす人々だという。
「僕らから見れば人間が暮らすような環境ではないのですが、そこで普通に生活している人たちがいて、笑いがあって、生があって、死がある。そんな光景に心をつかまれました」
アウトローとして生きる人たちや、貧しい地域で暮らす人たちのたくましい生命力に引かれてきた。時にはひと月からふた月もの間、彼・彼女らと共に生活しながら、写真を撮り続ける。
「僕がレンズを向ける人たちから、僕自身がパワーをもらっているといつも感じています。それがあるから撮り続けられると思っています」
撮影するときはいつも、その場の「空気」になることを大切にしている。シャッターの音が気にならないくらいまでに相手の日常の中に溶け込むことによって、そこでしか撮れない写真が撮れると考えるからだ。
ひとつのスタイルに捉われずに、いろいろな方法にチャレンジしていきたいと話す。最近になって、「長期滞在型」ではない写真もしばしば手掛けるようになった。例えば、10日間の香港滞在中に撮ったのが、これら3枚の作品だ。英領だった頃に敷設(ふせつ)され、今も街中を走る路面電車「香港トラム」、アジア的な古い団地と西洋的な近代高層ビルとが鮮やかなコントラストをなす香港ならではの風景、周りを取り囲むビルに反射する光が多方向の影となって不思議な模様を生み出している街角の広場──。未知のものとの出合いが、彼にシャッターを押させる。それが人であっても、風景であっても。
「自分の身近なものを撮る私小説的な写真には興味がないんです。それまで接点のなかった人や場所と出合って、可能な限り対象に近づいていって、そこでしか撮れない写真を撮りたい。そう思っています」
名越 啓介(なごし けいすけ)
1977年、奈良県生まれ。大阪芸術大学卒業。96年、ロサンゼルスにてスクワッター(不法占拠者)と共に生活をしながら撮影をしたことがきっかけとなり、プロの写真家を志す。これまで『EXCUSE ME』『CHICANO』『SMOKEY MOUNTAIN』などの写真集を出版。愛知県豊田市の保見団地に住み込んで撮影した最新刊『Familia 保見団地』で第29回「写真の会賞」を受賞。