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トップ > imaging S 「余白」が呼び起こす想像力 写真家 鈴木さや香さん
© Sayaka Suzuki
写真の道を志す前は、大学でデザインを学びながら、映像制作会社でCMづくりに携わっていた。写真での表現に興味を抱いたのは、藤原新也氏の有名な写真集『メメント・モリ』との出合いがきっかけだったという。
「CMは映像や音があふれていて、何十人、何百人という人たちが関わってつくり上げるものです。藤原さんの写真集はそれとは全く逆で、写真と言葉だけでできているシンプルな世界でした。自分にはこういうシンプルな方法が合っていると思ったんです」
写真家、鈴木さや香さんはそう振り返る。たまたまアシスタントを募集していたポートレートの第一人者、山岸伸氏の元に弟子入りし、3年半にわたって修業を積んだ後に独立した。
その頃のテーマは「被写体と、その背景にまとうものとに向き合う」ことだった。しっかりピントを合わせ、凝縮した魅力を見る人に伝える。その方法が変わってきたのは「被写体を説明し過ぎてしまう」ことに疑問を感じたからだ。
「もの」を撮るのではなく、撮りたい対象を空間として捉える――。現在の方法を鈴木さんはそう説明する。例えば、1枚目に紹介したのは東京・千駄ヶ谷の朝を写した作品である。一見すると、主役はピントが合っている猫のようだが、本当に撮りたかったのは、「早朝のオレンジ色の光」と「都心で出合った田舎の小さな町のような雰囲気」だったという。
「この写真の猫は、空間の広がりを際立たせつつ、撮りたいものの核心をぼかす存在なんです」
大切にしているのは「余白」だ。写真における余白とは、一般に「何もない空間」のことだが、彼女がいう余白とは「いろいろ写っていても、それが強調されていない部分」のことである。
「本当に撮りたいものが自分の中ではっきりしてさえいれば、ピントがきちんと合っていなくても、自ずと浮き出てきて、見る人に伝わると思うんです。写真の中に100の情報があるとしたら、本当に撮りたいものは1か2だけ写っていればいい。そう考えています」
2枚目の写真で彼女が撮りたかったものは「茎に支えられた花」、3枚目は「温泉街の小さなカフェのベンチ」である。前景でぼやけ、あるいは後景に退いたものが、むしろ見る人の想像力を広げる。それが鈴木さん独自の方法論だ。
「焦点を当てずに輪郭をぼやかすことで、幼い頃の記憶や昔見た風景がリフレインしてくる気がするんです」
被写体にピントを合わせ、構図上最も効果的な場所にそれを配置する――。そんな正攻法とは正反対のやり方で、彼女は自分の目と心が捉えたものを写し続ける。
鈴木 さや香(すずき さやか)
東京造形大学で建築造形のデザインを学びながら、CM制作の仕事に携わる。映像演出の葉方丹氏、写真家の山岸伸氏に師事し2012年に独立。現在は、写真雑誌、CDジャケット、広告写真、子どもや乳児のポートレート撮影などを手掛けるほか、カメラメーカーなどのワークショップの講師も担当する。自身の作品をプリントし封筒にした「写真封筒」という、写真の新しい形を提案している。