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トップ > imaging S 被写体の向こう側を見る 写真家 石橋睦美さん
© Mutsumi Ishibashi
子どものころから魚釣りや木登りなど、自然の中で過ごすのが大好きな少年だった。自然風景を撮影するようになったのは、そんな「少年時代の延長線上にある」と石橋睦美さんは話す。
山登りに魅力を感じ、日本全国に足を延ばした。「山頂を目指すのはもういいかな」と感じていた矢先、山形・飯豊山(いいでさん)中腹のブナ林に出合った。
「入山した5月初旬は色づいてなかったのですが、2週間ぶりに下山したらみずみずしい緑に染まっていました」
この光景に魅せられて夢中でシャッターを切った後は、全国のブナ林を巡る旅を始めた。以降も、森林、熊野古道、社寺など、興味に突き動かされるように、日本中を逍遥(しょうよう)してきた。カメラを通して写し出されるのは、いずれも詩情あふれる日本の景色だ。しかし、石橋さんを突き動かすのは単に美しい自然ではない。「なぜ、その地域や地形が美しい情景をつくり出しているのか、背景を知った上での"理由付け"がなければ、単なる独り善がりの写真になってしまう」と語る。
例えば北八ヶ岳で撮影した写真(2枚目)。山肌に生えたコケと木々の緑が印象的だが、この地形にも意味がある。「流れ出した溶岩で、一度は破壊された森林が1000年という時を経て、息を吹き返した光景です。コケが生え、木々が伸びて、森林がよみがえった。火山遺跡である森の背景に惹かれて撮影したこの写真のように、必然性のある表現が私の撮影時の信条です」
また、3枚目の恐山を流れる川が硫黄によって黄色く染まった光景は、死者が集まるといわれる山の霊気をイメージして撮影したもの。文献をたどり、その土地の歴史や伝承などを調べる作業が、写真に説得力をもたらしている。
緻密に被写体の背景を探索する一方で、自然が生み出すご褒美のような偶然に出合えるのも、「撮影の旅の醍醐味(だいごみ)」だという。1枚目の写真も、偶然の一瞬を切り取ったものだ。宮城県古川市を走行中、突然の吹雪に見舞われた。ふと外に目をやると白銀の世界にぽつんと小さな祠(ほこら)が浮かび上がっていた。「今だ!」と瞬時にカメラを構えると、シーンという音が聞こえてきそうな想像力をかき立てる1枚となった。
そして今、石橋さんが取り組んでいるのは日本各地に残る歌人・西行(さいぎょう)の伝説にまつわる名所の撮影だ。
「『奥の細道』のような紀行文を残した松尾芭蕉と違い、西行は歌しか残しておらず、足跡をたどるのは難しい。だから歌を通して『きっと西行もこの光景を見たのではないか』と想像を膨らませながら訪ね歩いているんです」
そう語る石橋さんは、まだまだ旅の途中にいる。
石橋睦美(いしばし むつみ)
1947年生まれ。日本の自然に親しむ思いで各地を歩き、撮影を始める。後に森林風景や神を祀る神域を取材する。現在は日本の歴史を培った場所を巡り、西行が足跡を記した風景などを撮影している。著書に『ブナをめぐる』(白水社)、『日本の森』(新潮社)、『森林美』『森林日本』『神々の杜』『歴史原風景』(平凡社)など。