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トップ > imaging S 熱狂ではない、静かな一瞬を撮る 写真家 田中伸弥さん
© Shinya Tanaka
スポーツ観戦が好きで、一番の憧れはイタリア人サッカー選手、ロベルト・バッジョ。写真を学んだ美術系大学を卒業後に、彼が引退するというニュースを聞き、現役の間に自分の目でプレーを観たいとイタリアへ。観客席からカメラを構え、夢中でシャッターを切った。「これほど興奮して撮影したのは生まれて初めてでした」と語る田中伸弥さんは、この経験を機に、スポーツを撮ることを決意する。
その後は国内屈指のスポーツ写真家である水谷章人氏に師事。表現力を磨いていく中で見いだしたのが、静かなスポーツ写真だった。
「大学で絵画やグラフィックデザインを学んだこともあり、スポーツ写真に求められがちな"熱狂"よりも、そのシーンを俯瞰したときに見える"静けさ"を追求するようになりました」
国内外でさまざまなスポーツを撮り続けていたが、大学の応援団との出合いが一つの転機になった。
「撮影で合宿に同行したとき、汗水垂らして必死に練習する姿を見て、表舞台に立つまでの道のりの長さに圧倒されました。静かな写真を撮りたいという想いは変わりませんが、選手が背負っているものとも、しっかり向き合いたいと考えるようになりました」
作品を撮影する際に大切にしているのは、背景、光、影だという。
「特に、背景にはこだわっていて、とにかく主役以外の余計なものは写したくない。時間をかけてロケハンをし、背景が黒くなる場所を探します」
1枚目の写真は、ボルダリングの大会中の一枚。手足でホールドをつかみながら登るのが基本だが、傾斜やホールドの位置によっては壁面をジャンプする必要がある。そんなダイナミックな瞬間を撮ろうと、背景が黒く落ちる場所を探し、選手とコースだけに光が当たるように計算して撮影した、田中さんらしさが凝縮された作品だ。
馬術競技で、馬が跳躍して障害を越える様子を撮影した2枚目の作品でも、「太陽が放つ光線が障害に当たり、馬と騎手がシルエットになるタイミングを待って撮影した」という。モノクロにすることで背景をすっきり見せ、被写体を印象的に演出している。
一方、3枚目の写真では、選手がプールに飛び込む瞬間に素早くカメラを縦に振り、上下に流れる線を入れた。
「自転車競技などでカメラを横に振って撮影することはありますが、選手と一緒に落ちる線があったらきれいだと思い、縦の流し撮りに挑みました」
今後はクライミングなど、自然の中で行うスポーツを撮影したいと語る田中さん。静謐(せいひつ)なスポーツ写真は、新たなフィールドでより進化していく。
田中伸弥(たなか しんや)
1977年、東京都生まれ。大学のデザイン科写真クラスを卒業後、専門学校を経て、2006年からスポーツフォトグラファーとして活動を開始。サッカーや陸上の国際大会など、世界中のスポーツシーンを撮影。スポーツ誌の表紙を飾るなど、多方面で活躍する。日本スポーツ写真協会会員。日本スポーツプレス協会会員。