深刻なドライバー不足の危機を脱する「ホワイト物流」実現のための道標
C-magazine 2022年秋号記事
2022年9月1日
トラック輸送を担うドライバーの高齢化が進行し、若手への世代交代もほとんど進んでいない。需要の急拡大によりドライバー不足が深刻化している。こうした物流業界の課題に対し、ドライバーの負担軽減とともに輸送業務の効率化と生産性向上を実現すべく、国土交通省が主体となって推進しているのが「ホワイト物流」と呼ばれる取り組みだ。いかにしてこの構想の目標を達成することができるのか、流通経済大学 流通情報学部 教授の矢野裕児さんに聞いた。
荷動き件数が増加する一方、若手ドライバーは減少。人材不足の問題が深刻化
ー 日本における物流の現状についてお聞かせください。
日本の貨物輸送量(重量)は減少傾向にありますが、一方で荷動き件数は増えていると思われます。ネット通販をはじめ宅配物の利用が増大しているのがその要因です。
日本の物流は依然としてトラック輸送に大きく依存しています。そうした中で深刻化しているのがドライバー不足の問題です。ドライバー不足そのものは高度成長期やバブル期などこれまでも経験してきましたので、今になって起きたわけではありませんが、過去の問題と異なるのは、需要の拡大に対して、供給が全く追い付いていないことです。若い世代のなり手がおらず、ドライバーはどんどん減少しており、高齢化が進んでいます。
このまま推移した場合、2030年におけるドライバーの総数は、15年との比較で30%減少すると予測されています。当然それだけトラックで輸送できる件数も減少することになります。
加えて懸念されているのが「2024年問題」です。働き方改革関連法制定によってドライバーの時間外労働の上限が年間960時間に規制されることに起因するもので、労働時間の短縮や長距離輸送方法の変更は避けられません。ドライバーの過酷な労働環境を改善するために必要な措置ですが、さらなるドライバー不足や輸送コストの上昇で長距離輸送は現状のままでは成り立たなくなると危惧されています。
発荷主と着荷主、輸送業者の3者がしっかり連携する仕組みが必要
ー 物流の課題解決のためにはどんな取り組みが必要ですか。
最も注目されているのが、「ホワイト物流」という取り組みです。ドライバーの負担を減らしつつ、輸送業務の効率化や生産性向上を実現すべく、国土交通省が主体となって進めている運動で、賛同企業数は1417社※に上ります。
物流に関するさまざまな問題は、輸送業者だけが努力しても解決されません。発荷主と着荷主の協力を得て、はじめて改善することができるのです。
例えば、朝一番に荷物が届くことを多くの着荷主が要求することから、その時間帯に多くのトラックが一斉に押し寄せ、物流効率を低下させるとともにドライバーは深夜作業を余儀なくされるという実態があります。しかし、着荷主は本当に朝一番にその荷物が必要なのかを見直す必要があります。また、発荷主が着荷主の都合を忖度して時間指定を行っているケースも珍しくありません。
裏を返せば、互いにしっかりコミュニケーションをとれば、非効率をもたらしている多くの部分が改善されることになります。発荷主と着荷主、輸送業者の3者の新たな連携を築いていくことが、ホワイト物流の実現につながるのです。
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2022年5月31日時点
デジタル化の遅れの背景、物流プロセスの標準化が進まない
ー 発荷主と着荷主、輸送業者の連携を阻害しているのは何ですか。
物流業界の最大のボトルネックがデジタル化の遅れです。トラックの手配を電話やファクスで行っている現場はまだまだあります。こうした旧態依然としたコミュニケーション環境では、発荷主と着荷主、輸送業者の3者間での情報共有や緊密な連携を実現することは困難です。
では、なぜデジタル化が進まなかったのか。物流業界は小規模な事業者が多いため十分な投資ができなかったという背景もありますが、それだけではありません。根本的な原因は、物流に関するさまざまな現場業務およびその構成要素が標準化できていない点にあるのです。
例えばハードウエア面では荷物の積み降ろしに使うパレットやダンボール箱の規格が標準化されていないため、荷台に無駄なスペースが生まれるほか、機械での積み降ろしが難しくなり、手作業で行う必要が出てきます。また、ソフトウエア面では伝票のフォーマットが事業者ごとにばらばらで、EDI(電子データ交換)の普及を妨げています。
そして何よりも大きな問題は、物流プロセスそのものが標準化されていないことです。荷物を届けた際の、通用門から入るための手続きや、トラックを停めて荷物を降ろすスペース、荷物を引き渡す手順など、その多くが着荷主ごとに異なります。イレギュラーな事態が起こった際の対応も現場に任されています。
デジタルツールを導入するだけでなく、こうしたばらばらの物流プロセスを標準化していかなければ、デジタル化も業務の効率化も進みません。
日本の物流業界の現状と課題
① 道路貨物運送業における自動車運転従事者数の推移
物流業界では、トラックドライバーの労働力が慢性的に不足しており、トラックドライバーの数は1995年に98万人だったピークを境に、2015年には76万7千人にまで減少している。※1
② 物流業界が抱える2024年問題時間外労働時間の上限規制(1カ月当たり)と割増賃金
2024年4月から物流業界に適用される「時間外労働時間の上限規制」によってトラックドライバーの拘束時間が約2割短縮され、これまでの配送距離などを変える必要がある。また、1カ月当たり60時間を超える時間外労働に関して、中小企業の割増賃金が2024年4月からは1.5倍になり、物流企業の収益減などにつながる懸念がある。※2
③ 企業向け「道路貨物輸送」サービス料金価格指数推移
トラック調達コストは、物流量の増加、労働力不足などの影響もあり、2006年を100とした場合、2014年に104.4だったが2019年には111.8までに上昇している。(トラック調達コストは道路貨物輸送サービス料金価格指数を基に算出)※1
④ 国土交通省が掲げるホワイト物流実現に向けた指針(2021~2025年度)
国土交通省は総合物流施策大綱(2021年度~2025年度)の中で、生産年齢人口の減少とトラックドライバー不足や新型コロナウイルス感染拡大などの社会的背景を踏まえ、ホワイト物流実現へ向けた3つの指針を提示している。物流の標準化・デジタル化の推進などによるサプライチェーンの最適化、トラックドライバーの労働環境の整備など労働力不足対策と物流構造改革の推進、感染症や災害などの有事においても機能する強靱で持続可能な物流ネットワークの構築を進めることで、物流に関する課題解決を目指す。※3
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※1
国土交通省/「一般貨物自動車運送事業に係る標準的な運賃の告示について」より作成
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※2
厚生労働省/「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」より作成
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※3
国土交通省/「総合物流施策大綱(2021年度~2025年度) 概要」より作成
「出たとこ勝負」のロジスティクスから脱却し、輸送業務を効率化
― 物流プロセスを標準化すれば、輸送業務はどのように変わりますか。
物流プロセスの標準化が進めばデジタルツールの活用も可能になり、発荷主と着荷主、輸送業者は互いに情報を共有し、連携可能になります。
標準化とデジタル化により、発荷主がいつ頃、どんな荷物を、どこに向けて発送しようとしているのか。また着荷主がその荷物をいつ受け取ることを望んでいるのかなどの情報が事前に伝われば、輸送業者は常に先を読みながら車両やドライバーの手配を行い、業務を効率化できます。
着荷主としても、いつ、どの取引先が手配したトラックが到着するのか事前に分かれば、荷受けなどの作業を計画的に行えるようになります。
物流プロセスの標準化という土台が整うことで、さまざまなデジタルツールを活用することが可能となり、その恩恵を最大限に享受することができる。「出たとこ勝負」のロジスティクスから脱却することができれば、ホワイト物流の実現も見えてくるのです。
需要予測や配車管理など新たなソリューションを活用し、ホワイト物流の実現へ
― 物流業界ではどんなデジタルツールの活用が期待されますか。
発荷主と着荷主、輸送業者の3者が情報を共有するための基盤となるのはEDIですが、さらにデジタルならではの大きな効果を得るという意味で、需要予測ソリューションの活用も期待されます。
「出たとこ勝負のロジスティクスからの脱却」「常に先を読んだ対応」について触れましたが、まさにそれを支えるのが、いつどこで何が必要とされるかを予測する「需要予測」なのです。発荷主と着荷主、輸送業者の3者が情報を共有すればするほど、その精度を高めることができます。
他にも、渋滞や工事を避けた走行ルートをリアルタイムに算出することで、予定どおりのスケジュールでトラック輸送を行えるようになる配車管理や配送ルートの最適化にも、デジタルツールは活用できます。
個人的に関心を持っているのが、多くの企業で導入が進んでいる入出庫バース(積み降ろしスペース)の予約システムと配車管理システムとの連携です。現在、せっかく朝一番に荷物を届けたのにもかかわらず、入出庫バースが混み合い、結局荷受けまでに数時間も待たされるといった問題があちこちの現場で散見されます。各社の入出庫バース予約システムと連動した配車管理が可能になれば、この課題は解決へ向かうでしょう。
ホワイト物流は見方を変えれば社会全体の最適化に資する取り組みであり、課題は山積していますが、そのぶん大きなのびしろもあります。発荷主や着荷主、輸送業者といった物流に携わる事業者だけでなく、一般消費者も含めて物流に対する従来の考え方や行動を変え、デジタルを活用することで、多くの課題が解消すると考えています。
矢野氏の注目POINT
- 発荷主と着荷主、輸送業者の3者間の情報共有と連携が必要
- デジタル化の最大の阻害要因は物流プロセスが標準化されていないことにある
- 配車管理と各社が導入を進める入出庫バース予約システムとの連携に期待
ソリューションレポートキヤノンMJグループ ソリューション
数理技術を活用した需要予測や配送計画により、時代に合ったベストなソリューションを提供
物流は社会にとって重要なインフラですが、その主役ともいえるトラックドライバーは、深刻な人手不足の状況にあります。
また、これまでの物流に求められてきた「必要なものを、必要なときに、必要な分だけ届ける」というジャストインタイムの輸送は、必ずしも絶対的なものではなくなっています。確保できるトラックのキャパシティーの範囲内で配送量の平準化を図り、ドライバーの休憩時間なども加味しながら、コンプライアンスを遵守した輸送の新たな最適解を見出していこうという機運が高まっています。
そうした中で問題解決を支援するのが、キヤノンITソリューションズ(以下、キヤノンITS)が提供する、数理技術を活用したソリューションです。約60年に及ぶ歴史を重ねて培ってきた数理技術をベースに、需要予測・需給計画ソリューション「FOREMAST」、輸配送計画ソリューション「RouteCreator」などを提供しています。
「FOREMAST」は、数理技術を活用して"需要予測に基づく需給計画"を支援するソリューションで、将来の需要を見越した倉庫などへの輸送量が計画可能です。これにより在庫が無くなりかけたら慌てて補充するといった場当たり的な輸送の発生を極力防止します。さらに、生産・発注・調達などにおける需給計画業務を支援し、在庫の適正化を実現します。
「RouteCreator」は、数理技術を活用し配送計画の自動化を可能にするソリューションです。安定して確保できる決まったトラック台数の中で、荷物を最適に振り分けて積載し、走行距離や時間を可能な限り短くするといった配送計画を立案することもできます。加えて、ドライバーの連続勤務時間や休憩時間などの制約条件を判定する機能を搭載しており、配車の最適化が可能です。
さらに、配送業務の知識を持つ数理技術部門のエンジニアが一貫してお客さまをサポートします。企業ごとに最適な配送計画サービスを提供することで、物流の効率化によるコスト削減を実現します。
キヤノンITSは製造業や流通業など、さまざまな業種業態のお客さまに常に寄り添い、共に新たな価値を創造してきた実績と経験が豊富にあります。ホワイト物流の実現に向けてもこの基本姿勢を貫き、お客さまごとの課題やニーズ、環境変化に合わせたベストなソリューションを提供していきます。
ホワイト物流を推進する数理技術を活用したソリューション
製造・販売・物流に関わる課題に対し、専門的な数理技術を活用し、個々の問題の特徴にきめ細かく対応しながら、問題解決・意思決定支援・システム構築支援を図るサービスを提供する。生産計画・スケジューリング、需要予測・在庫計画、ロジスティクス最適化、数理最適化、データ分析、シミュレーション・制御などに向けたソリューションに適用でき、「ホワイト物流」の推進にも貢献する。