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トップ > シゴトの哲学 [Vol.2] 俳優 杉本哲太さん
渋い刑事やアウトローから三枚目のコミカルなキャラクターまで、幅広い役柄をこなすマルチプレーヤーだ。バンドでデビューしたのは16歳、『白蛇抄』の準主役に抜擢されスクリーンデビューしたのは18歳のときだった。映画やテレビドラマの仕事を夢中でこなす20代の日々も半ばを過ぎたころ、プロの俳優として生きていく決意を新たにさせる凄まじい現場を体験した。
「熊井啓監督の『ひかりごけ』という作品に出させていただいたのですが、その中に、三國連太郎さん、田中邦衛さん、奥田瑛二さん、僕の4人が乗った船が真冬の海で座礁して、洞窟で凍えるシーンがありました。そのリハーサルで、いきなり三國さんが奥田さんの頬を思い切りぶったんです。脚本にはない演技でした。ぶたれた奥田さんも、田中さんもそれに自然に応じて、互いに背中をたたいたり、体をさすったりし続けました。僕は圧倒されて傍観するしかありませんでした」
極限の状態に置かれたとき、人は仲間を生かすためにどのような行動をするか。それを徹底的に考えた上でのアドリブの演技だった。
「一流のプロフェッショナルの仕事を見せていただいたという感じでした。自分が中途半端な気持ちで役者をやってきたことに気付かされましたね」
それ以来、台本を読み込み、自分の役について考え抜き、キャラクターのイメージを固めていくことが杉本さんの仕事の哲学となった。
しかし、現在の彼は、さらにその一歩先の場所に足を踏み入れている。
「役のイメージを考えることはもちろん必要です。でもイメージをガチガチに決めてしまうと、演技の邪魔になることがあるんですよ。事前にしっかり考えた上で、現場に入ったらそれを全て捨てて、自分をフラットにする。それが理想だと今は考えています」
演技は1人だけのものではない。共演する俳優やスタッフとのコミュニケーションの中で正解を一つひとつ探っていくものだ。だから、自分一人の答えに固執してはいけない。そう杉本さんは話す。
「今やっている演技の正解が、次の現場の正解であるとは限りません。一つの役が終わったら、また次の正解を探る。それをエンドレスで続けている感じです」
18歳のころ、俳優の仕事を自分が続けていくなど思ってもみなかった。50歳になった今、俳優以外の仕事は考えられない。
「神様の役も動物の役もやりましたが、演じてみたい役はまだまだあります。やったことがない役にチャレンジできることが、この仕事の一番の醍醐味ですね」
キャリア30年を超えるベテラン俳優は、あどけない少年のような顔で笑った。