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トップ > シゴトの哲学 [Vol.3] タレント 東 貴博さん

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  • シゴトの哲学
  • 2016.09.01

[Vol.3] 東 貴博さん(タレント)

着たい服を着るのもいいけど、“似合う服”を着るほうがもっといい

写真:東貴博さん

一万円や金塊で汗を拭く、「金持ちキャラ」。数々のレギュラー番組を持ち、5年前にはタレントの安めぐみさんと結婚して愛娘も誕生した。幸せオーラ全開で、画面に登場するだけでお茶の間がパッと明るくなる。

「仕事のこだわりは別にないんですよ。ただ楽しみにいく、というだけで。番組でどんな面白い人が紹介されるのかな、誰がゲストなのかな、とか興味が尽きませんよね。若手に交じってロケに行くのも、嫌いじゃありません。訪れた地方でおいしいものを食べるのも好きだし、時間を見つけて温泉にも入りたい。その場所に行かないと経験できないことってありますから」

そのポジティブさからは意外に思うが、実は苦労人でもある。父は昭和を代表するコメディアン、東八郎。高校卒業後、目的もなくぶらぶらしていた18歳の夏、その父が突発性脳出血で急逝した。父の弟子だった萩本欽一さんの門下に入るが、生来の上がり症のせいで、劇場の本番前に行う「前説」では、客の視線が一斉に自分に向いた瞬間、6秒で退場する始末。

「親父が死んじゃったから欽ちゃんのところに行ったという、本当にそれだけだったんです。別に芸能界に興味があったわけじゃないし、やりたいことも見つからなければ、自分に何が合っているのかも、よく分からなかった。長い“模索期間”でしたね」

転機は、入門して3、4年目に訪れる。日光江戸村の「欽ちゃん劇場」に参加し、1年半の間、多いときには1日13回ものステージをこなす毎日を送った。

「すると不思議なことに、人前に出るのがだんだん楽しくなってきたんですよね。毎日やっているなかで、自分なりに細部をちょっと変えてみると、それがウケたり、逆にウケなかったりする。客前で場数を踏みながら、毎日試せる場所があったわけです。仕事って、教わるというより、自分でどう面白さを見つけるかが大切。レシピがあるものじゃありませんから」

お笑いコンビ「Take2」を組むと、一躍ブレーク。レポーターもスタジオのパネラーも、くる仕事は何でもやった。ロケの仕事が多いのも、「それを『いいな』と思ってくれる人が多いから」と考える。

「そういう意味では、周囲のほうが僕を冷静に見てくれていると思う。着たい服を着るのもいいけど、似合う服を着るほうがいいじゃないですか。テレビでも舞台でも、周りからの期待に応えたいと思うんです」

将来について尋ねると、「金持ちになりたいですね。うさんくさくない、本物の金持ちに(笑)」と即答。

「まあ、自分のなかに、大まかな将来のビジョンはありますよ。でも焦ってはいないんです。目の前のことを積み重ねていけば、それが自分の信用になり、夢がいつか現実になるんじゃないかな、と思っています」

東 貴博(あずま たかひろ)
1969年12月31日、東京・浅草生まれ。萩本欽一に師事し、94年、深沢邦之とお笑いコンビ「Take2」を結成。「ボキャブラ天国」への出演を機に、一躍人気者に。現在は『和風総本家』(毎週木曜21時、テレビ大阪系列で全国放送)をはじめ、数々のテレビ番組にレギュラー出演。自身が座長を務める演劇ユニット「FIRE HIP’S」など、舞台でも活躍中。

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