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トップ > シゴトの哲学 [Vol.11] 俳優 佐藤 浩市さん

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  • シゴトの哲学
  • 2018.09.01

[Vol.11] 佐藤 浩市さん(俳優)

達成したと感じた瞬間に役者の成長は止まってしまう

写真:佐藤浩市さん

さまざまな職業を表現するための努力と工夫

40年近い俳優人生の中で、さまざまな職業を演じてきた。刑事、医者、弁護士、官僚、証券マン──。新しい役柄に出合うたびに、実際の職業人に会って話を聞き、演技のディテールを作り込む。

「一度も就職したことがありませんから、その仕事をしている方にお聞きする以外、役のイメージをつかむ方法がないんですよ」

そう佐藤浩市さんは話す。キヤノンマーケティングジャパングループの企業CMでは、「ソリューション営業部」の部長を演じている。嶋田久作さん演じる取引先の業務改革推進室長を訪問する場面で、鞄も書類も持たない「丸腰」の演出を提案したのは佐藤さん自身だった。

「本当のビジネスパーソンが手ぶらでお客さまの元を訪れることはあり得ないと思います。しかし、退路を断ち、部下たちの思いだけを背負ってお客さまのもとに行くという覚悟を表現するには、身一つであるべきだと思いました」

職業をリアルに再現することが役作りの正解ではない。職業人との対話の中でヒントをつかみ、そこに自分の色を付け、演出上の効果を考えながら人物を造形していく。ときには、その役柄の特徴を強調するために、あえて「非現実的」な設定も取り入れる。それが佐藤さんの流儀だ。

CMの最後、嶋田さんが「よくぞここまで」と言って、手を差し出す。その手を佐藤さんは黙ってしっかりと握りしめ、目に微かに涙をためる。お客さまからの本当の信頼と感謝を獲得した瞬間だ。生身の二人の男が思いを交わす場面。そこに書類や鞄は確かに不要だ。まさしく、佐藤さんの演技の流儀が成立させたシーンといっていいだろう。

写真:佐藤浩市さん 写真:佐藤浩市さん

自分のイメージを壊すような役柄を演じたい

デビューしたのは、映画学校在学中の19歳の時だった。俳優を本気で目指していたわけではなかったが、「未必の故意」はあったと、法律用語を使って説明する。確信はなかったとしても、どこかに「自分は俳優になるのではないか」という意識はあったということだ。その意識の背後にあったのは、偉大な俳優であり、実父である三國連太郎の存在だった。

「テレビドラマのオーディションに合格してデビューしたのですが、選んだ方も僕の背後に三國連太郎の姿を見ていたと思います。三國の息子なら、何かを持っているだろう、と。それがなかったら、おそらく選ばれていなかったでしょうね」

もっとも、20代の頃に父の存在を認めることは難しかったと佐藤さんは振り返る。反発と尊敬。その相反する感情を胸に秘めながら、一人の役者としてどう演じ、どう生きるかを模索し続けた。転機となったのは、 33歳の時に出演した阪本順治監督の映画『トカレフ』だった。誘拐事件の犯人という汚れ役を演じて、一気に演技の幅を広げた。

その後も、テロリストのリーダーとして織田裕二と対決する役柄を演じた『ホワイトアウト』、初のコメディー映画主演となった三谷幸喜監督の『ザ・マジックアワー』、父親として苦悩する警察官役で日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞を受賞した『64 ―ロクヨン―』と、難役に次々と挑戦してきた。

「犯罪者を演じた次の作品で総理大臣にもなれる。それが役者の面白さです。自分のイメージを壊すような役柄を演じたいといつも思ってきました」

「演技は嗜好」が持論だ。万人に認められる芝居というものはない。結局のところ、観客の嗜好性によって、好きになってもらえたり、気に入ってもらえなかったりする。それが演技なのだと。

「でも、以前は僕の芝居が好きでなかった人が、新しい作品を観て、僕を気に入ってくれるようになるかもしれない。それが役者の醍醐味だと思っています」

最近では、『愛を積むひと』『起終点駅 ターミナル』など、白髪で演じる役柄も増えてきた。深い悩みを持つ孤独な初老の男を演じて佐藤さんの右に出る役者は、おそらく今の日本にはいないだろう。

「若い頃は誰かと戦う役が多かったのですが、最近は、人生の晩年を迎えて自分や家族に向かい合うような役が多くなっています。自分にもこんな役ができるようになったんだ。そう素直に喜んでいます」

実人生においても自身の加齢に直面しなければならない点で、俳優も一般の人々と変わるところはない。異なるのは、老いていく姿を人々の前に晒し続けなければならないことだ。若き日のはつらつとした佐藤浩市の姿を焼き付けた映像を、人々はテレビの再放送やDVDや映像配信で容易に観ることができる。その姿に比して、今の佐藤浩市は、あるいはこれからの佐藤浩市は人々の目にどう映じるか。

「本当に年を取ってしまう前に、どこかで身を引いた方がいいのではないか。正直、そう考えることもあります。でも、どれだけぼろぼろになっても、結局カメラの前に立ち続けるんでしょうね。ほんとしょうがないな、と自分で自分を笑いながら。役者っていうのは、そういう仕事なんだと思います」

写真:佐藤浩市さん 写真:佐藤浩市さん

本気で仕事に取り組んだ思いは必ず誰かに伝わる

数え切れないほどの作品に出演し、数え切れないほどの役柄を演じてきた。しかし、達成感を得たことは一度もないと話す。正確には、達成感を抱くことを自らに禁じてきたのだと。

「達成したと感じた瞬間に、役者の成長は止まってしまう。そう僕は思っています。それに、映画やドラマは役者の演技だけで完成するものではありません。多くの人たちの働きで出来上がるものです。一人で達成感に浸っていても仕方がないんですよ」

映画のエンドロールには、膨大な数の関係者の名前が記される。監督がいて、脚本家がいて、プロデューサーがいる。カメラマンがいて、照明がいて、音声がいて、美術担当がいて、演者がいる。作品とは、その全てのスタッフとキャストの労力の総和が生み出すものだ。俳優はあくまでもそのうちの一人にすぎない。それが佐藤さんの信念だ。

「みんなが大好きな映画のために集まる。そして、それぞれが最高の仕事をする。そうやっていい作品が出来上がるんです。役者は表に出て、観客に観られる立場です。だからといって役者が偉いわけじゃない。役割が違うだけです」

数多くの職業を演じてきたからこそ、日の当たらぬところで働く人たちがどれほどに努力し、時に大変な思いをしているかがよく分かる。

そして、その全ての仕事に確かな喜びがあることも。

「たとえ人の目に触れる仕事ではなかったとしても、自分の仕事に誇りを持ってほしい。もし、自分が関わった仕事が少しでも人の目に触れることがあったなら、"あれは、俺がやったんだよ"というひと言が言えればそれでいい。そんなふうに思うんです。本気で仕事に取り組んだ思いは必ず誰かに伝わる。僕はそう信じています」

キヤノンMJ企業CM「あなたの胸を打ちたい」篇(120秒)

主演:佐藤浩市/出演:嶋田久作/音楽:小田和正「こころ」

「あなたの胸を打ちたい」篇(120秒)の内容を見る

※ 公式YouTubeチャンネルへリンクいたします。
公式YouTubeチャンネルではメイキング動画も掲載中です。

佐藤 浩市(さとう こういち)
1960年、東京都生まれ。80年にNHKのテレビドラマでデビュー。翌年、映画『青春の門』でブルーリボン賞新人賞を受賞。2016年には『64 ―ロクヨン―』で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞するなど、受賞歴多数。主演するテレビ東京開局55周年特別企画ドラマSP『Aではない君と』が9月21日(金)夜9時〜放映予定。

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