世界初リサイクルプログラムが生まれた瞬間

キヤノンがトナーカートリッジの回収を開始したのは1990年。使用済み製品は廃棄されるのが一般的だった時代に、一企業が製品を回収しリサイクルするという、世界で初めての取り組みが始まった。

写真:高橋氏

写真:高橋氏

高橋輝臣(たかはし・てるおみ)キヤノン株式会社 顧問

1971年キヤノン入社。複写機や感光ドラムなどの開発を担当し、1986年 複写機化成品事業企画部長に就任。トナーカートリッジリサイクルプログラムの立ち上げの立役者として活躍。その後、化成品事業本部長、取締役、監査役などを歴任し、顧問に。所属組織と役職は、2010年6月当時。

1980年代前半、カートリッジ方式を採用したミニコピアの爆発的なヒットによって、その消耗品である使用済みトナーカートリッジは大量に廃棄されていた。キヤノン社内では「何か手を打たなければ」という想いが募っており、1988年使用済みトナーカートリッジの回収・リサイクルに向けての検討が始まった。このプロジェクトの中心メンバーであり、長年にわたりトナーカートリッジを含む化成品事業に携わった高橋輝臣氏が当時を振り返り語った。

何から手をつければいいのか・・・

写真:高橋氏

回収システムの検討メンバーは10人ほどいましたが、主な立ち上げメンバーはカートリッジ事業企画部長の私も含め、たった3名でした。リサイクルという言葉もあまり知られていない時代ですから、販売した製品をわざわざ回収するなんて考えたこともありません。日本国内での小規模な仕組みはつくることができても、グローバル規模で使用済み製品を回収するなんて、イメージが湧きません。何をどう進めていいかも分からず、最初から大きな壁にぶつかりました。

好評を博したトナーカートリッジ

そんな時、事業責任者である上司からこんな声が飛びだしました。「日本で会議ばかりしていないで、アメリカに行って調査して来い!」。検討を開始した1988年頃、キヤノン製トナーカートリッジの日本での販売比率は少なく、アメリカでの販売比率が半分以上でした。いちばん売れているアメリカで仕組みをつくらなければ意味がない、それが上司の考えでした。我われプロジェクトチームは、すぐにアメリカにわたり、リサイクルの状況調査に取り掛かりました。


最大の難題は、どう回収するか?

アメリカ地図イメージ

使用済みトナーカートリッジのリサイクルプログラム立ち上げの中で、最も困難だったのが回収ルートの確立です。どのような方法で回収するのか、回収ルートが決定するまでは試行錯誤の連続でした。

まず初めに検討を始めたのは、販売店を通した回収です。日本では、ビール瓶の回収が販売店を通して1本5円でお客さまへ返金されており、これをトナーカートリッジの回収に応用できないかと考えたのです。しかし、当時のアメリカはビール瓶でさえ捨ててしまうような状態です。トナーカートリッジを回収するとなると、お客さまへの返金に加え、販売店から相当額の手数料を要求されます。回収するだけで莫大な費用がかかり、コスト的に厳しいことが分かりました。

つぎに検討したのが、リサイクル専門業者による回収や慈善団体の協力を得た回収です。しかし、こちらも地域ごとの活動が多く、全米規模で回収できる方法が見つからずに断念。さらに、郵便局を利用する方法も検討しましたが、お客さま自身で切手を貼って郵便局に行かなくてはならないため、利便性の面からお客さまからの協力が得られないと考え、あきらめることになりました。


アメリカ向けのトナーカートリッジに同梱された回収案内と返送ラベル

間違った荷物を回収するラベルがヒントに

写真:高橋氏

そんな時、回収方法の候補として浮上したのが、輸送会社の活用です。全米に輸送ルートを持ち、多数のオフィスや事務所に出入りしている輸送会社に相談を持ちかけ、交渉が始まりました。使用済み製品をメーカー自らが回収するという型破りな相談に、初めは何もアイデアが浮かばない様子でポカーンとしていました。

私たちのプロジェクトチームは、調査の末、誤配送された荷物の回収を行う「コールタグ」という輸送会社のシステムに着目しました。誤配送された荷物を逆流させ元に戻すシステムで、その仕組みを応用できないかと考えた訳です。アイデアを出したのは、ロジスティックのプロで、立ち上げメンバーの一人である杉岡さん(当時、輸出業務部 部長)です。

その方法とは———回収先であるキヤノンの住所をあらかじめ印刷した返送ラベルを、出荷するトナーカートリッジの箱に同梱し、輸送費は着払いでキヤノンが支払うというもの。当時は、この輸送会社のシステムには着払いという制度もありませんでしたから、常識を打ち破るアイデアでした。この方法であれば、お客さまはラベルを貼るだけで回収に協力でき、輸送費はキヤノンが負担できます。これが、リサイクルプログラム実現への大きな一歩になったのです。


たくさんのお客さまが回収に協力

写真:高橋氏

輸送会社の協力(新規コンピュータシステムの開発、8万人の運転手教育等々)のもと、1990年5月アメリカ西海岸で回収がスタートしました。各方面に支援いただいたおかげで、わずか1年半という短い期間で実現まで漕ぎつけることができました。とはいえ、リサイクルはお客さまの協力がなくては始まりません。果たして、トナーカートリッジが集まるのだろうか。

カナダのマルルーニ首相(当時)から贈られた賞賛のレター

そんな心配をよそに、回収を始めてすぐに、お客さまから多くのトナーカートリッジが寄せられました。また、お客さまから感動の手紙が添えられていたり、「素晴らしい取り組み」ということで当時、カナダの国会で取り上げられ、時のマルルーニ首相から賞賛を伝える手紙を頂いたり、たくさんの反響を頂きました。こうした多くの方々の協力によって、世界で初めての試みが始まりました。ご協力いただいた各方面の方々に心から感謝しています。

世界各国で使われているグリーンマーク

グリーンマーク

リサイクルプログラムがスタートした当初、各国で独自にマークを作ろうとしていました。そこで、キヤノンのトナーカートリッジリサイクル活動を全世界に周知していただくため、全世界共通のマークを作成しました。現在では、キヤノングループの環境活動のシンボルとして使われています。

「もし、リサイクルプログラムに取り組んでいなかったら・・・」と、高橋氏は当時を振り返りこう語る。大量廃棄が当たり前だった時代に、企業の責任として、回収からリサイクルまで一貫した仕組みをつくったことには、とても大きな意味がある。検討プロジェクトの最初の一歩があったからこそ、トナーカートリッジビジネスの今があるのではないだろうか。