開発者インタビュー

EOS R SYSTEM

イントロダクション もう一度、イメージングシステムを創造する。

Reimagine optical excellence

EOSシステムが誕生したのは1987年。大口径・完全電子マウント、レンズ内モーター駆動を備えたカメラシステムは、当時の常識と技術水準では考えられないほど、革新的かつ合理的なものだった。ボディーとレンズ間の情報通信をすべてデジタル化。メカ的な連動機構を排除することで信頼性を向上させると同時に、フォーカスと絞りの高速・高精度な制御を実現。これと大口径マウントにより、明るい高画質レンズをはじめ、多様なスペックのレンズ開発が可能になる。キヤノンの開発思想が正しかったことは、30年を超えた今もなお発展を続ける、EOSシステムの歩みを見れば明らかだ。

しかし、その間にも一眼レフカメラの世界には、いくつもの大きなパラダイムシフトがもたらされた。撮影はフィルムからデジタルへ。鑑賞はプリントに加えディスプレイでも。さらに、インターネットを活用した作品の共有・発表は当たり前になったほか、静止画と動画の境界もなくなりつつある。これからも、映像表現を巡る価値観とニーズ、環境はますます多様化・高度化していくだろう。

EOSシステムのコンセプトである「快速・快適・高画質」は、時代を超えても変わらない。しかし、未来においては、何が快速・快適であり、高画質であるのか、その答えがユーザーによってまったく違ったものになるだろう。映像入力システムには、一人ひとりの要求に応えうる、さらなる柔軟性と発展性が必要だ。

このような将来展望に基づき、キヤノンの開発者たちは新たなシステムを世に送り出す。それがEOS Rシステム。その誕生の背景には、開発者たちの強い決意とユーザーへのメッセージが込められている。

【システム編】
大口径マウント・ショートバックフォーカス
撮影領域のさらなる拡大。

EOSシステム、次の30年への決意。

先人がEOSシステムを生み出してから約30年。デジタル化や高画素化、動画への対応など時代は大きく変化したにも関わらず、少しも陳腐化しないどころか、今日も静止画・動画の世界をリードしています。我々も、30年に渡って発展を続けうる映像入力システムを生み出したいと考えました。

加藤 学

カメラは、もうレンズやデバイスと分けて考えることはできない。そんなシステムカメラの時代を切り拓いたキヤノンとして、次の30年に向けて何を発信していくか。私たちはあらためて未来を予見することにしました。

大嶋 慎太郎

EOS Rシステムは、RFレンズ群を核とし、35mmフルサイズのミラーレスカメラ、およびアクセサリーで構成される新しい映像入力システムである。

そう聞くと、キヤノンはミラーレス化を主眼にこのシステムを開発したと思われるかもしれないが、それは誤解だ。そもそも、従来のEOSシステムでライブビュー撮影や動画撮影を行うときも、カメラはミラーレスで機能している。電子ビューファインダーさえ採用すれば、35mmフルサイズのミラーレスカメラへの展開は容易だった。

しかし、キヤノンは違う道を選んだ。開発の本質は、RFレンズ群をあえて新開発し、それをシステムの核としたことにある。そこに開発者たちの熱い思いと、EOS Rシステムが持つ真の意味があるのだ。

イメージコミュニケーション事業本部
ICB製品開発センター
部長
大嶋 慎太郎

1987年にEOSが誕生してから、約30年。その間に起こった技術革新は目覚ましい。キヤノンとしても、35mmフルサイズCMOSセンサーの自社開発をはじめ、デュアルピクセルCMOS AFなど数々の独自技術を手に入れている。もちろん、それが今後のカメラシステムに、どれだけ利点が大きいか「確たる予見」があっての、技術開発であった。

それらの成果を、どう未来の映像入力システムに採り入れていくか。満を持して、EOS R システムの開発プロジェクトはスタートした。

「私たちは、まずEOSシステムの強みを問い直すことから着手しました。答えはEFマウントです。その本質的な意義は、カメラとレンズが連携して高機能を発揮するという、映像入力システムの新しい姿を実現したことにあります」(加藤)

イメージコミュニケーション事業本部
ICB光学開発センター
副所長
加藤 学

議論に加わったのは、光学、メカ、電気のエンジニアだけではない。シネマカメラや監視カメラ、検討中の新規プロジェクトの担当者たちも、組織の垣根を超えて検討に参加した。

キヤノンが分析しうるあらゆる映像機器分野を視野に入れ、将来を展望し、課題や要求をリストアップした。それらを最短で、かつキヤノンだからクリアしうる解が、よりシステム性を強化した新しい映像入力システムの構築だった。

理想のレンズというものがある。キヤノンの光学設計者たちは、これまでも「限りなく収差がゼロに近い」レンズを目指し、開発に邁進してきた。光学的な宿命もあって完璧を求めることはできないが、目覚ましい技術革新によって、理想に大きく近づくことは可能になっている。

RFマウントが見つめる未来。

小さく軽いカメラを作りたかったのではありません。キヤノンが目指してきた理想のレンズ。その最短距離にあったのが、このマウントと、それを生かせる35mmフルサイズのミラーレスカメラだった、ということなのです。

加藤 学

すでに独自の光学シミュレーションソフトウェアと硝材、特殊素子、コーティング技術、生産技術は手中にある。課題は、光学設計の自由度をこれまで以上に高めることだ。そのカギとなるのがマウントだった。

マウントは大口径であるほど、またバックフォーカス※が短いほど、光学設計の柔軟性が増す。ショートバックフォーカスは、EOS Rカメラがミラーレスシステムを採用した大きな理由のひとつだ。問題は口径である。

例えばEF-Mマウントを転用したらどうなるか。APS-Cを前提としたマウントだけに、カメラは小型化できる。しかし、レンズの光学性能を高めようとすると、レンズが肥大化してしまう。これでは本末転倒だ。

目指すべきは、「従来と同じ映像表現ができる、小さな一眼カメラ」ではない。映像表現と撮影領域を拡大する、新しい映像入力システムなのだ。

バックフォーカス:レンズ最後端から撮像面までの距離。

光学設計のメンバーたちは、水を得た魚のようだった。検討前は「せっかくショートバックフォーカスなのに、マウント口径が小さければ設計する甲斐がない」とまで放言する者もいた。裏を返せば、大口径なら「今までにないレンズを設計してみせる」という確信の表れだ。それを証明できるのだから、技術者にとってこれほど魅力的な話はない。

光学設計者たちは自ら手をあげ、検討に参加した。従来のEFレンズでは不可能だったユニークな仕様のレンズを想定しては、実際に設計を試みる。そうして得た結論はマウント内径54mm。偶然にも、EFレンズと同じ数値だった。

「口径の大きなレンズを撮像面の近くに配置できることにより、光学設計の自由度が飛躍的に拡大しました。RFレンズの第一弾として開発した4本のレンズは、その利点を具現化したものです」(加藤)

象徴的なのが、開放F値2のズームレンズRF28-70mm F2 L USM。一見すると大きく見えるかもしれないが、EFマウントでは巨大すぎて製品化が不可能だった一本だ。それを手持ちで使えるという事実が、RFマウントのポテンシャルの高さを証明している。

不変のEOSコンセプトを継承する。

EOS Rシステムは、静止画・動画を問わず、あらゆる映像入力の機器として必要な要素を想定し、開発を進めました。しかし、脈々と受け継がれてきたEOSの開発コンセプトは息づいています。伝統と革新の融合、これが我々の答えです。

大嶋 慎太郎

フランジバック※。マウントの内径は決まった。次の問題はフランジバックである。フランジバックを短くすれば、セット時の全長をコンパクトにできる。しかし、切り詰めすぎると、レンズを支えるカメラ側の剛性が確保しにくい。

取り回しのしやすさと信頼性。その最適解として導き出したのが20mm。EOSシステムのフランジバック(44mm)と比べれば、大幅な短縮だ。

カメラ本体は小型・軽量だが、剛性はEOSカメラに劣らない。RFレンズはもちろん、マウントアダプターを介して超望遠・大口径のEFレンズを装着しても、安心して撮影に集中することが可能である。

フランジバック:マウント面から撮像面までの距離。

EOSの開発コンセプトである「快速・快適・高画質」。実はEOSシステムには、その上位概念ともいえるキーワードがある。それこそが「撮影領域の拡大」だ。

これまでキヤノンが、さまざまなカメラとレンズを世に送り出してきたのも、撮影領域を拡大するための努力に他ならない。開放F値2のズームレンズもそうだ。大口径の単焦点レンズを使った撮影時、被写体や構図を変えるたびにレンズを交換していては、最高のシャッターチャンスを逃してしまう。同じ被写界深度、それ以上の高画質ズームレンズがあれば、ズームリングを回すだけでこれまで撮れなかった瞬間を記録できる。それだけ撮影領域も広がる。

EOS RカメラとRFレンズは、本格的な一眼レフカメラである35mmフルサイズのEOSカメラとEFレンズに並ぶ、新たな選択肢だ。

「光学ファインダーの方が撮りやすいシーンはあるでしょう。しかし、特定の条件…例えば夜景撮影などは電子ビューファインダーが圧倒的に有利です。我々としてはこれまでのEOSカメラに加え、EOS Rカメラをラインアップに加えることで、撮影スタイルや撮影テーマによりマッチした選択をしていただけるものと考えています」(大嶋)

変わることのないコンセプトと、発展を続けるテクノロジー。それらを踏まえて開発されたEOS Rシステムの登場により、キヤノンは映像表現と撮影領域をさらに拡大していく。

レンズの持ち味を最大限に引き出す。

キヤノンの画作りの理想とは、ユーザーが思い描いた通りの画を提供すること。そのためには、レンズの光学性能を最大限に引き出し、カメラの画素数を生かしきることが重要です。EOS Rシステムは、RFレンズの持ち味を余すことなく引き出すよう、画質を設計しています。

杉森 正巳

ユーザーがイメージした通りの画を実現する。それがEOSシステムにおける高画質の狙いだ。カメラのイメージセンサーの画素数に応じ、期待された通りの解像感をしっかり出す。ユーザーが表現したい記憶色を再現する。それを追求することが、キヤノンの基本的な画作りのスタンスとなっている。

EOS Rシステムにおいても、その基本姿勢は変わらない。このシステムでは、レンズの性能がさらに良くなったおかげで、キヤノンが目指す理想にまた一歩、大きく近づくことができた。しかし、さらなる高画質を追い求めて、EOS RカメラではRFレンズの持ち味を最大限に引き出すための画作りを徹底追求している。

「RFレンズは光学性能がさらに良くなっているので、それを最大限に生かすことができれば、自ずと理想の画に近づくのです。料理に例えるならば、素材の味を生かしつつ、それをさらに引き立てるよう味付けすること。それが画像設計の腕の見せどころなのです」(杉森)

その味付けのひとつの例が、シャープネスの考え方を変えたことだ。RFレンズの持ち味を最大限に生かすため、EOS RカメラではEOS 5D Mark IVからシャープネスの考え方を変更している。これにより、いっそう繊細な描写を可能にしつつコントラストのある画を実現しているのだ。

イメージコミュニケーション事業本部
ICB統括第二開発センター
部長
杉森 正巳

もうひとつ、レンズ光学補正についても大きな革新があった。EOS Rシステムは、将来的な発展を前提に、システムを洗練させている。そのひとつが、レンズの光学データをすべてレンズに持たせることだ。

従来でも基本的な光学データをレンズが保持し、カメラ側に伝えることはできつつあったが、デジタルレンズオプティマイザのような大きな容量を必要とする補正用データは、RAW現像ソフトウェアやカメラに委ねてきた。新規レンズがリリースされるたびにデータをダウンロードし、EOS Utilityでカメラに登録してきたのはそのためだ。

RFレンズならば、その必要はない。収差や回折だけでなく、デジタルレンズオプティマイザのデータでさえ、レンズが自ら保持し、カメラに伝える。システムカメラとしての資質を追求したから、できた芸当である。

「RFレンズは高解像・高コントラストです。その上デジタルレンズオプティマイザさえも前提にできます。画質設計のスタートラインそのものを、従来のEOSカメラより高く設定できるのです」(杉森)

キヤノンが理想とする画作りは、レンズとセンサー、エンジンの三位一体によって実現される。どれかひとつが飛び抜けて良くても、それは不自然な画しかもたらさない。

最も分かりやすい例が、EOS RカメラとRF50mm F1.2 L USMで撮影した画像だ。画質設計者たちも「これはすごい」と声を揃える解像力と立体感を実現している。試写の結果は大判プリントでも息をのむほど精緻で、ボケ味の美しさも格別だ。

EOS Rシステムは、キヤノンの画作りのスタンスを、理屈ではなく画質をもって主張する。

EFレンズのデジタルレンズオプティマイザ用データはカメラ側に保持しています。(一部のレンズを除く)EFレンズの装着にはマウントアダプターが必要です。また、EF-Mレンズ、EFシネマレンズには非対応です。

【システム編】
新マウント通信システム
常に時代を先駆ける。カメラ-レンズ間の通信システム。

次世代のスタンダードを開発する。

過去のすべてのEFレンズが、最新のEOSカメラでも当然のように機能する。それはEOSの通信システムが大きな拡張性と柔軟性を持っていたことの証です。EOS Rシステムにおいても、先人の功績に恥じない大きなシステム発展性を実現しようと考えました。

佐藤 洋一

完全電子マウント。EOSシステムが約30年に渡って進化を続けられた理由のひとつだ。カメラとレンズが連携し、オートフォーカスや絞りを高精度に制御する。1987年に誕生したこのシステムは、今日では光学補正にも活用され、カメラの世界ではスタンダードなものになっている。

カメラとレンズ間の通信システムは、ひとたび定めた規格を簡単に変えることができない。EOS Rシステムの開発者たちは、EOSシステムと同様に、時代の風雪に耐えうる通信システムを構築したいと考えた。

EOS Rシステムが進化を続けていく上で、今後、さらにレンズとカメラの情報通信量が増大していくことは間違いない。その発展性を担保するため、EOS RシステムではEOSシステムと異なる思想が採り入れられた。

顕著な違いは、すべての光学情報と光学補正データを、カメラではなくレンズに持たせることだ。これならば、新しいレンズが登場しても、カメラ側に新データを登録する必要がない。

一方で、EFレンズ※については、EOS 5D Mark IVと同じように、カメラ内に可能な限りのデータを保持しておく。

RFレンズの将来性を確保しつつ、EFレンズのユーザーにも配慮する。キヤノンのカメラの新しい展開として、合理的な構想である。

EFレンズの装着にはマウントアダプターが必要です。また、EF-Mレンズ、EFシネマレンズには非対応です。

イメージコミュニケーション事業本部
ICB製品開発センター
シニアプロジェクトマネージャー
佐藤 洋一

新マウント通信システムは、EOS RシステムとRFマウントの、大きな特長のひとつだ。

オートフォーカスや絞りを高精度に制御するためには、より詳細な光学情報が必要となる。それに伴い、光学補正のためのデータも、大きくなる一方である。

EOS Rシステムでは、それらのデータがレンズ交換のたび、カメラに渡されることになる。しかし、そこで起動がもたついては撮影のリズムが崩れてしまう。何より、決定的な瞬間に対応することができないだろう。

開発者たちは、この問題を解決するべく、通信システムの土台であるプロトコルから刷新することを決意した。

「30年も前に、EOSの通信システムを考案した技術者たち。その先見性には驚くほかありません。EOS Rシステムにおいても、30年後の技術者たちを納得させる、そんなシステムを構築したいと考えました」(佐藤)

通信を担うハードウェアには、データの高速転送が可能な回路を採用した。さらに通信接点数も、EOSマウントの8ピンに対し、RFマウントは12ピンとしている。

RFマウントは、システムネットワークのハブとして、EFマウントをはるかに凌ぐポテンシャルを持つことになった。

新マウント通信システム(イメージ)

新マウント通信システムがもたらす高機能。

EOSシステムでは、レンズとカメラが盛んに“会話”をしているのです。その会話を盛り上げてやれば、表現の可能性や使いやすさは新しい時代を迎えます。コントロールリングによる操作。高精度なオートフォーカスと絞り制御、手ブレ補正。EOS Rシステムの通信システムは、そんな未来を先取りするものなのです。

村上 順一

通信システムの進化によって、何が可能になったか。

分かりやすい例が、手ブレ補正機能の性能アップだろう。カメラ・レンズの協調ISでは、レンズに搭載されたセンサーに加えて、CMOSセンサーもブレの検知に活用。より補正効果を高めるよう、カメラがISユニットの制御をサポートする。これにより、レンズのセンサーが検知できなかったブレも補正が可能になった。ほぼリアルタイムでレンズを制御できる、高速通信のメリットがここに生かされている。

操作性と表現力の向上も、忘れてはならない。RFレンズの特徴のひとつであるコントロールリングは、新通信システムの恩恵なのだ。

新マウント通信システムによって、カメラは常時レンズを制御しつつ、同時にリング操作による設定変更にも対応できるようになった。

イメージコミュニケーション事業本部
ICB光学開発センター
部長
村上 順一

「ほぼリアルタイムの高速通信と通信コマンドの工夫により、すべてのRFレンズにおけるカメラ内デジタルレンズオプティマイザや、撮影距離情報のリアルタイム表示なども可能になりました。これらは、EOS Rシステムが表現の可能性を拡大するものであるという、ユーザーへの端的なメッセージだと思います」(村上)

EOS R システムの通信システムは、将来性を考慮してたっぷりと余力を確保している。いつの日か、映像表現やカメラシステムに大きな変化が訪れるかもしれない。新しいカメラシステムは、その時もユーザーの期待に応え続けることだろう。

【システム編】
レンズメカ設計&コンポーネント開発
光学とメカ。両者が刺激し合って進化するRFレンズ。

RFレンズ開発、勇躍するメカ設計者たち。

どれほど優れた光学設計であろうとも、それを形にする技術がなければ意味がありません。RFレンズは、光学だけでなく、メカ設計においても新しい試みの結晶です。

柏葉 聖一

はじめて目にするレンズ構成。RFレンズのメカ設計を担当した開発者たちは、光学設計者から託された光学断面図を見て、困惑を隠しきれなかった。

同じ焦点距離のEFレンズとは大きく構成が異なる。中には、フロントより大口径のレンズが最後端に配置されたものもあった。長年レンズの光学断面図を見てきた開発者が、「これは何かの間違いではないか」と思ったほどだ。それほど、大口径マウントとショートバックフォーカスによって、光学設計のアプローチは変わるのだ。

メカ設計にとって、これは大きなチャレンジでもあった。新しい光学系に合わせ、コンポーネントの収め方にも工夫が必要だ。難しいが、同時に湧き上がる高揚感もあった。

「新しいことを試みる。それが設計技術や生産技術を革新する源泉になります。また、光学設計からメカ設計、生産まで一貫して手がけられるキヤノンの強みでもあります」(柏葉)

イメージコミュニケーション事業本部
ICB光学開発センター
部長
柏葉 聖一

これまで踏襲してきた構造を、もう一度見直す。必要であれば、実績あるコンポーネントを再設計することも辞さない。メカ設計者たちは、「画質のため」という光学設計者たちの高度な要求を進んで受け止めた上、さらに新たな開発努力を重ねた。

Lシリーズのレンズでは、EFレンズLシリーズと同等の耐久性や堅牢性を維持しつつ、より高密度なメカ構造を実現。フォーカス機構には電子式マニュアルフォーカスを採用。高速なオートフォーカスとマニュアルフォーカスのカスタマイズ性を達成した。

画質本位の光学設計に「使いやすさ」という価値をプラスしたRFレンズ。開発者たちのこだわりの結晶である。

RF50mm F1.2 L USM

静止画と動画の垣根を超える。

静止画を前提としたEFレンズでは、動画性能に通信システム上の限界がありました。EOS Rシステムにはそれがありません。コンポーネントの実力を最大限に引き出し、より高精度な露出、安定した動画が得られるでしょう。EOSシステムより、広い表現領域を想定する。そこに、新しいシステムを構築した意義があるのです。

石川 正哲

静止画と動画では、レンズに求められる仕様が異なる。静止画では気にならない、絞り駆動による明るさのわずかな変動が、動画では大きな違和感を与えてしまうのだ。そこで、RFレンズではEMD※制御を刷新。細かい分解能で絞り口径を制御することにより、静止画を前提として設計されたEFレンズLシリーズに対し、動画との親和性を大幅に向上させた。

コントロールリングによる絞りの操作は、新マウント通信システムを生かしてカメラ側から制御する。一方、ズーミングに伴うEMDの制御はレンズが単独で行うことで、リニアかつ滑らかな絞り制御を実現している。

これによりRFレンズは、動画特有のゆっくりしたズームイン/ズームアウトでも光量の変化を抑制し、自然な映像を記録することが可能である。スペックシートでは語れない動画対応力。一眼カメラによる動画撮影は、このシステムによって大きく完成に近づいた。

EMD=Electro Magnetic Diaphragm:電磁駆動絞り

イメージコミュニケーション事業本部
ICB光学開発センター
部長
石川 正哲

動画対応という点で注目すべきは、RF24-105mm F4 L IS USM だろう。Lレンズとして、はじめてナノUSMを採用。滑らかなオートフォーカスを実現した、動画撮影に好適な小型・高機能レンズである。

スリムな鏡筒にこのアクチュエーターを搭載するため、実績あるナノUSMをあえて再設計し、大幅な薄型化を図った。静止画ではオートフォーカスの高速化を、動画では滑らかなフォーカス制御を可能としている。

「EOS Rシステムは、どんな表現にも対応できるシステムを目指しています。Lレンズにも、制御性に優れたナノUSMを採用したい。それを実現するため光学設計、メカ設計とも大変に苦労したレンズです」(石川)

スペックとしては、RF50mm F1.2 L USMやRF28-70mm F2 L USMのような強いインパクトはないかもしれない。しかし、あらゆる映像の入力機器というシステムのコンセプトを、最も明快に体現しているのは、このRF24-105mm F4 L IS USMだろう。静止画と動画の境界を超えた次元に、EOS Rシステムは到達している。

RF24-105mm F4 L IS USM

【システム編】
デュアルピクセルCMOS AF
キヤノンだけが語れる、撮像面位相差AFの未来。

キヤノンの精鋭たちが生んだ革新的技術。

研究者の創造性の結晶であるデュアルピクセルCMOS AFは、すべてが撮像画素であり、すべてが位相差AF画素。それは撮像面位相差AFの究極の姿であり、今まで不可能だった厳しい光学条件でも、高速・高精度な位相差AFを可能とします。原理的に裏付けられた、その将来性こそ、EOS Rシステムが他のミラーレスカメラと決定的に違うところです。

福田 浩一

EOS RシステムのAFシステムには、デュアルピクセルCMOS AFが採用された。1マイクロレンズに2フォトダイオードを実装。1画素で撮像と位相差AF、2つの機能を実現した、キヤノン独自の撮像面位相差AFテクノロジーである。

この技術のシンプルな概念が生まれたのは、位相差AF考案から3年後の1981年。まだフィルムカメラの時代であり、実用化には至らなかった。デジタルカメラの黎明期である1999年、キヤノンはいち早くCMOSセンサー構成を発案し、研究に着手。しかし、1画素で撮像と位相差AFを両立するという技術課題の壁は高く、断念を余儀なくされる。

デュアルピクセルCMOS AFが、実現への真の歴史を刻み始めたのは2010年のことだ。当時、ライブビュー撮影に最適な新しいAFシステムが望まれていた。各専門分野の新進気鋭のエンジニアが集められ、キヤノンの精鋭部隊が結成される。彼らが、実用化への道を切り拓くことになる。

開発当初、周囲の目は冷やかだった。しかし、原理的にこの技術は、今日のAFシステムの課題を克服しうる、大きな将来性を秘めている。そう精鋭たちは確信していた。新AFがはじめて動作した瞬間、その高いAF性能に確信は深まる。いずれ、カメラシステムの主流になる革新的技術だと。

イメージコミュニケーション事業本部
ICB統括第一開発センター
室長
福田 浩一

キヤノンの精鋭チームは、次々と技術的ブレイクスルーを積み重ね、2013年、EOS 70DにデュアルピクセルCMOS AFを製品搭載。ついに実用化を果たす。理論誕生から32年の時を経て、困難に挑み続ける、キヤノンの開発者たちの開拓者精神が結実した瞬間だった。

なぜ、キヤノンだけがデュアルピクセルCMOS AFを実現できたのか。それは、キヤノンがレンズとカメラだけでなく、キーデバイスも一貫して開発・生産する、映像機器業界におけるユニークな存在だからだ。

仮にキヤノンより優れた半導体生産技術があれば、同様のAFシステムは実現できるだろうか。答えは「No」。このAF方式では、高画質な撮像と共に、位相差AFに特有の視差を得るためのマイクロ光学系をCMOSセンサーに設計・実装しなければならない。さらに、交換レンズとCMOSセンサー各個体の組み合わせや、撮影条件ごとに適合した位相差AFの演算アルゴリズムを設計・実装する必要がある。広角から超望遠レンズまでの多彩なレンズの素性や、CMOSセンサー各個体の素性・生産性、EOSで培った位相差AFのノウハウを前提にしなければ、位相差AF性能を最大化する最適設計は不可能だ。

「デュアルピクセルCMOS AFテクノロジーは、CMOSセンサー、レンズ、映像エンジンの設計者たちの創造性の結晶です。どれかひとつが欠けても実現できません。すべて自ら設計・生産するキヤノンならではのAF技術といえます」(福田)

キヤノン一丸となっての取り組み。その集大成ともいえるデュアルピクセルCMOS AFだからこそ、RFマウントの大きな口径、ショートバックフォーカスを生かしたレンズにも対応できる。満を持して。その言葉は、EOS Rシステムにこそふさわしい。

CMOSセンサー

演算処理の向上がもたらす速度と精度。

RFマウントと新開発の映像エンジンによって、撮像面位相差AFに活用できる演算量が格段に増えました。オートフォーカスが可能なシーンが、これまでのEOSシステムよりも格段に広がります。

内田 峰雄

先進の映像入力システムとして、高い完成度を目指すEOS Rシステム。デュアルピクセルCMOS AFにおいても、従来を超える性能が要求された。測距の高速・高精度化。測距点の多点化。低輝度性能の向上。AF領域の拡大。測距点1点あたりに多様な被写体検出の手法を盛り込むことで、カメラ側のAF演算量はEOS 5D Mark IV(ライブビュー撮影時)に比べて最大約40倍と大幅に向上している。

また、レンズから受け取る情報量も、これまでのEOSシステムより増えている。ズームやフォーカス位置、絞りなどの情報が高い分解能で検出され、新マウント通信システムを介してカメラに送られる。それらの情報を駆使することで、オートフォーカスの高速化と高精度化が実現されている。

膨大な情報を瞬時に処理するのは、映像エンジンDIGIC 8。これまでEOSシステムでは、オートフォーカスやレンズ制御を専用マイコンで分散処理することもあった。しかし、今日では映像エンジンに統括させる方向で開発が行われている。エンジンのパフォーマンスが許すなら、その方がレンズやCMOSセンサーをはじめとする、システム内部の制御を協調させやすいからだ。

「エンジン内部のデュアルピクセルCMOS AF専用回路を拡張することで、処理能力を向上させています。これは過去のDIGICから大きく進化した点です。映像エンジンの開発には、長いスパンがかかります。何年も前から計画を立て、仕込みをしてきたからこそ実現できたハードウエア処理です」(内田)

その恩恵を最大限に享受できるのはRFレンズだが、過去から現在まで90本を超えるEFレンズ※でも、先進のAF機能が活用できる。また、光学設計の担当者と連携することにより、将来、ユニークな焦点距離や光学的特徴を持つRFレンズが登場したとしても、フルに性能を発揮できるよう検討を尽くした。

ミラーレスカメラは、EOS RシステムとデュアルピクセルCMOS AFによって、新しい時代を迎えることになる。

EFレンズの装着にはマウントアダプターが必要です。また、EF-Mレンズ、EFシネマレンズには非対応です。

イメージコミュニケーション事業本部
ICB統括第三開発センター
室長
内田 峰雄

高画質と多点測距を両立

デュアルピクセルCMOS AFの優位性。それは、かつてキヤノンが採用したこともある、ハイブリッドCMOS AFと比べれば分かりやすいだろう。

ハイブリッドCMOS AFは、位相差を検出するためCMOSセンサーにAF専用の画素が配置されている。構造が簡易で、低コストに実現できるなどメリットも多く、現在では同様の技術がミラーレスカメラで広く採用されている。

しかし、AF専用の画素の出力をそのまま撮像のための情報として活用することはできない。そこを画像処理で補間するのだが、特定の条件では補正が難しい。また、測距点を多点化するほど、画質への影響も大きくなってしまう。

一方のデュアルピクセルCMOS AFは、測距点を多点化しても画質への影響がない。画面周辺の像が劣化しがちな場所でも測距でき、ワイドエリア化が可能だ。実用性と将来性を兼ね備えた、最も理想的かつ唯一の撮像面位相差AF技術であるとキヤノンは考えている。

【レンズ編】
レンズ光学設計
未踏の領域を切り拓く。キヤノンの光学設計技術。

光学設計の“限界領域”に挑む。

不可能だった光学設計にチャレンジできる好機です。単焦点標準レンズなら、開放F1.2で最高画質を狙いたい。極めて高いハードルですが、我々に開放F1.4レンズで妥協しようという考えは、微塵もありませんでした。

杉田 茂宣

RFマウントが持つポテンシャルを、余すことなく引き出すこと。魅力的なスペックと描写力のレンズで、ユーザーの表現世界を拡大すること。そのテーマに挑んだのが、光学開発センターの設計者たちだった。

まず用意すべきは標準レンズだが、開発者たちには「開放F1.2の大口径・単焦点レンズを」という強いこだわりがあった。大口径レンズによる表現力の拡大。それこそRFマウントを用意した最たる意義のひとつだからだ。

F1.2とF1.4ではわずか1/2段の違いだが、光学設計の難しさは別次元といってよい。35mmフルサイズ用の50mm F1.2で、オートフォーカスに対応したレンズ開発は困難を極める。そんな“レンズ開発の限界領域”に挑戦したい、RFマウントの実力を示したいと、開発者たちは考えた。

また、標準レンズにおける“進化の壁”を、自分たちの手で打ち破りたいという思いも強かった。標準レンズの基本形はガウスタイプ。このレンズタイプは、大口径化するほどコマ収差が大きくなり、画像周辺の画質を確保するのが難しい。明るくなる分、相対的に周辺光量の低下も目立ってしまう。標準レンズをどう進化させるか、光学の世界では大きな課題となっていた。

イメージコミュニケーション事業本部
ICB光学開発センター
室長
杉田 茂宣

キヤノンの回答が、RF50mm F1.2 L USMだ。RFマウントは、35mmフルサイズのミラーレスカメラ用として最大クラスの内径54mm。これが50mmを割っていたなら、目指す高画質ははるか遠いものになっていたことだろう。

その上、バックフォーカス※はEFマウントよりもはるかに短く設定できる。これらの利点を生かし、撮像面の近くまで大口径レンズを配置。従来にない収差補正を施した。

「収差は光が曲がるときに発生するもの。光をいかに曲げないかが高画質化のカギなのです。しかし、マウントの内径が小さければ、光を無理に曲げて通すことになります。収差が大きくなる分、補正が大変です。ミラーがあれば、それができるのはフロント側しかありません。高画質を狙うほど前側にレンズを追加することになり、全長も前玉径も肥大化してしまいます」(杉田)

大口径のRFマウントは、光の曲がりを小さくできる。さらに、今までミラーがあったスペースにも画質向上のためのレンズを配置することが可能。レンズの小型化と高画質化を、同時に追求できるというわけだ。

RF50mm F1.2 L USM は、開放から極めてシャープ。ボケ味の滑らかさがいっそう際立つ。真っ先に試写の結果を目にしたのは、カメラ側の画像処理を担当する設計者たち。EFレンズでF1.2の画は見知っていた彼らも、「これほどの解像感と豪快なボケ味とは、想像できなかった」と息をのんだ。

バックフォーカス:レンズ最後端から撮像面までの距離。

EF50mm F1.2L USM光学断面図

RF50mm F1.2 L USM光学断面図

広角レンズ、すなわち焦点距離の短いレンズになると、ショートバックフォーカスのメリットはさらに大きくなる。

広角レンズの基本的なレンズタイプはレトロフォーカス。本来ならば凸レンズで収束させるべき光を、あえて凹レンズで広げるのが特徴だ。

焦点距離が短いレンズほど、強いパワーの凹レンズが必要になる。ところが、光を広げると収差も増えてしまうから悩ましい。必然的に補正光学系も大きくなり、後群のスペースがもっと欲しくなる。

ショートバックフォーカス(イメージ)

このジレンマも、RFレンズなら乗り超えやすい。バックフォーカスが短いため、主点の移動量が小さくてよいからだ。

「前群に強いパワーの凹レンズを配置する必要がなくなり、広角レンズでも素直に光を集められるようになるのです。それぞれのレンズが結像性能を上げるために働いてくれるので、小型化しやすくなります」(杉田)

RF35mm F1.8 MACRO IS STMはもちろん、RF24-105mm F4 L IS USM、RF28-70mm F2 L USMのズームレンズにおいても、このアドバンテージが存分に活用された。これまでできなかったユニークな広角レンズ、ズームレンズ開発も可能になる。RFマウントにより、キヤノンのレンズは新たな発展の可能性を手に入れた。

昨日までの限界を乗り超える。

どれほど高度な光学設計であったとしても、製品化できなければ意味がありません。必要ならば設計ツールも製造機械も自社開発する。常に最先端の技術とツールを求め続けたキヤノンの総合力なくして、今回のRFレンズは生まれなかったでしょう。

前瀧 聡

90本を超えるラインアップ※、1億3000万本の累計生産数を記録するEFレンズ。その技術力と総合力がRFレンズのバックボーンだ。

象徴的なのが、RF28-70mm F2 L USM。ただ明るいだけではない。すべてのズームポジションで、単焦点レンズに匹敵する高画質を達成している。それこそが、このレンズの真骨頂なのである。

「RF28-70mm F2 L USMのスペックと画質をEFレンズで実現しようとしたら、さらに巨大で重いものになるでしょう」(前瀧)

実は、いくら大口径マウント、ショートバックフォーカスとはいえ、それだけでこのレンズを開発することは不可能だった。RF28-70mm F2 L USMは、小型化・高画質化に最も効果のある位置に、これまでの成型精度の壁を乗り超えた、高精度ガラスモールド非球面レンズを採用している。かねてより開発を進めてきた、新型のガラスモールド成型機が完成したのだ。

EF-Mレンズ、シネマEOSレンズを含む。2018年9月現在。

イメージコミュニケーション事業本部
ICB光学開発センター
室長
前瀧 聡

最新の成型機は、これまでより大幅に高い非球面の精度が出せる。従来の成型機でつくった非球面レンズでは、求めた光学性能は発揮できなかっただろう。

既存の技術の積み重ねだけでは、実現できない光学設計。RF28-70mm F2 L USMは、常に将来を先見して準備された研究開発、設計・製造技術の結晶なのだ。

さらに今回は、高精度・研削非球面レンズも投入した。モールド成型できない硝材からでも、非球面レンズを製造できるアドバンテージは大きい。

「キヤノンは長年に渡り、高精度研削非球面レンズの研究、生産に取り組み、技術を進化させてきました。このような技術なくして、開放F値2の標準ズームレンズをこの画質、実用的なサイズで製品化するのは難しいはずです」(前瀧)

初めて目にするユーザーにとっては、確かにボリュームの大きいレンズかもしれない。しかし、写真用レンズの常識でいえば、それは驚異的なまでにコンパクトで、画期的といえるほど軽量な一本なのである。

RF24-105mm F4 L IS USM光学断面図

RF28-70mm F2 L USM光学断面図

大口径マウント・ショートバックフォーカスの利点は大きい。しかし、ひとつだけデメリットもあった。それはフレア・ゴーストが発生しやすくなることだ。

バックフォーカスが長ければ、有害な光線を画面の外に逃がしてやることもできる。しかし、大きなレンズを撮像面の近くに配置するとなると、その手は通じない。

もちろん、従来のツールでもシミュレーションは可能だが、光学設計者たちはより厳密にフレア・ゴーストを解析したいと考えた。

キヤノンには、光学設計ツールを自ら開発してきた技術と伝統がある。そのための専門部隊もいる。そこで、フレア・ゴースト対策のためだけに専用のシミュレーションツールを開発し、RFレンズの設計に役立てることにした。

また、キヤノンには独自の反射防止技術、SWC(Subwavelength Structure Coating)やASC(Air Sphere Coating)がある。これらの資産と最新のツールを活用することで、大口径マウント・ショートバックフォーカスのデメリットを抑えることに成功した。

常に未知なる領域に挑み続けてきたキヤノン。その中で培われた開発体制と総合力が、RFレンズの優れた画質を支えている。

レトロフォーカスとバックフォーカス

前群に凹レンズを配置することにより、主点を再後端のレンズより撮像面側に移動させたものを、レトロフォーカスと呼ぶ。バックフォーカスを大きく確保できることから、ミラーの稼働スペースを考慮する必要がある一眼レフカメラでは、広角レンズの主流となっているレンズタイプである。

EF35mm F2 IS USM光学断面図

RF35mm F1.8 MACRO IS STM光学断面図

先進の反射防止技術

反射防止効果の高いSWC、ASCを採用することにより、フレア・ゴーストを低減している。

SWC採用レンズ:RF28-70mm F2 L USM
ASC採用レンズ:RF50mm F1.2 L USM、RF24-105mm F4 L IS USM、RF28-70mm F2 L USM

SWC
(Subwavelength Structure Coating)

レンズの表面に可視光の波長よりも小さいくさび状の構造物を無数に並べることで、光の反射を抑制。

ASC
(Air Sphere Coating)

蒸着膜上に二酸化ケイ素と空気から成る超低屈折率膜を形成。光学ガラスより屈折率の低い空気を一定の割合で含ませることで高い反射防止効果を発揮。

【レンズ編】
レンズメカ設計
「快速・快適」を支える、先進のメカトロニクス。

伝統的な考え方に、縛られない。

重いフォーカス群をいかに小さな力で動かし、かつ安定した姿勢を保持するか。このテーマを新しい機構で解決しました。RFレンズ開発における、ブレークスルーのひとつだと思います。

井上 勝啓

独創的な発想と、先進の機械工学・電子工学。それがキヤノンのレンズ開発を支えている。RFレンズ誕生の背景にも、メカ設計者たちの旺盛な開発意欲があった。

RFレンズで成されたブレークスルーのひとつが、新開発のフォーカス群保持機構だ。写真用レンズは、大口径化と高画質化に伴いフォーカス群が重くなり、フォーカス時の負荷が増える傾向にある。重いフォーカス群を小さな力でスムーズに動かすこと。フォーカスカム内に正しい姿勢で安定保持すること。これらの要件を両立するため、キヤノンではいくつもの工夫を凝らしてきた。

それでも今回は、ハードルの高さが違った。最初に開発に着手したのは、50mmの大口径・標準レンズ。光学設計から相談を受けたメカ設計者たちは驚いた。11枚におよぶフォーカス群を、高速・高精度に制御したいという。

いくら何でも、これは重すぎる。従来の機構では、「快速・快適」を実現することは不可能だろう。

問題は、フォーカス群とフォーカスカムの連結部に大きな抵抗力が生じ、カムの動きが渋くなることだ。抵抗を減らせば動きやすくなるが、今度はフォーカス群がふらついてしまい、本来の光学性能を引き出せない。

イメージコミュニケーション事業本部
ICB光学開発センター
主任研究員
井上 勝啓

解決策として開発者たちが編み出したのが、新しい保持機構だ。フォーカスカムには、フォーカス群を前後に動かすためのリード溝が開けられている。写真用レンズでは、この溝にフォーカス群をバネで押し付け、突っ張る力を利用して安定させる手法が一般的だった。

それに対して新しい機構では、フォーカス群の外周に設けた6本のピンが姿勢保持をアシストする。バネによる突っ張り力を減らしても、フォーカス群がふらつくことがない。

RF50mm F1.2 L USM のフォーカス群は約340g。軽いレンズなら1本分の重さがある(例をあげれば、EF50mm F1.4 USMは1本で約290gである)。それが滑らかに動き、かつ高い光学性能を安定して発揮できるのは、新開発の機構が有効に働いているからだ。

「これまでフォーカスカムとフォーカス群は、複雑な条件が絡み合い、自由に設計するのが困難でした。新しい機構は、そのような制限をひとつ解消するものです。こうして生まれる柔軟性から、RFレンズの将来性が大きく広がると考えています」(井上)

RFレンズには、光学設計のみならず、メカ設計においても次世代を志向した技術が息づいているのである。

システムの自由度を生む電子リング。

フォーカスリングの電子化は、繊細なフォーカス操作を重視するプロのニーズと矛盾するものではありません。最新の光学設計に対応を図りつつも、EFレンズLシリーズとしての使い勝手を継承し、かつカスタマイズ性まで与える。そのための最適な判断だったと信じています。

田村 昌久

ダイレクトな操作感。そのためEFレンズでは、フォーカスリングとフォーカスカムをメカ機構によって連結する設計思想をとってきた。

それに対してRFレンズでは、電子リングを採用している。リングの回転量を光学センサーで検知し、マニュアルフォーカス時もアクチュエーターでフォーカス群を駆動する方式である。

目指す理想は変わらない。それは撮影者が思い通りにピントをコントロールできることだ。しかし、その「思い通り」が多様化している。ユーザーの選択肢を広げるため、RFレンズがEFレンズと異なるアプローチをとったのは、合理的な判断であった。

では、電子リングの利点は何か。それは、システムとしての自由度が格段に向上することだ。例えば操作性。Lレンズには、フォーカスリングを約90°回転させれば最至近から無限遠までフォーカス調整できるという、基本的な考えがある。だからこそレンズを交換しても迷わず使えるのだが、メカ連結方式の場合、それがフォーカスカムの回転量を制限する要因にもなっていた。

イメージコミュニケーション事業本部
ICB光学開発センター
主幹研究員
田村 昌久

電子リングにはこの縛りがない。フォーカス群の重さやストローク量に応じて、最適なフォーカスカムの回転量を設定できるのだ。実際にRF50mm F1.2 L USMの場合、フォーカスリングの操作量(約90°)に対して、フォーカスカムは130°以上も回転する。既存ユーザーにとっての操作感を変えることなく、メカ設計を最適化した好例である。

合理的な電子リングではあるが、採用にあたっては課題もあった。電子リング方式では、フォーカス群の位置を検出するセンサーが必要だ。EFレンズにも同様のセンサーは搭載されているものの、それがそのままRFレンズに転用できるとは限らない。RFレンズの中には、カムのリード溝がEFレンズより何倍も長いものがあるからだ。RFレンズでは、センサーとエンコーダーを、その長いストロークに対応させることからスタートする必要があった。

メカ設計者たちは、フォーカス群の位置検出システムを考案することから着手した。ストロークを拡大するためには演算アルゴリズムの抜本的な変更が必要だが、分解能をバーターとしないために、新たなエンコーダー構成を考案。レンズごとにアクチュエーターの制御プログラムも最適化した。

「どれほど光学設計を突き詰めても、狙ったところにピントが合わなければ台なしです。RFレンズは、どんなフォーカスカムに対してもフォーカスユニットを高精度に止められるよう、電子的な要素をすべて刷新しています。それがバックボーンとなって、高い光学性能を発揮できるのです」(田村)

こうして実現された電子リングは、操作感のカスタマイズも可能にする。例えばフォーカスリングの敏感度設定。同じ回転量でも「ゆっくりピントを動かしたい」「瞬時に被写体をつかまえたい」といった、百人百様のニーズに対応できる。これは、「快速・快適」というEOSコンセプトを拡張することにもつながるだろう。

Lレンズにおける動画対応力の進化。

コンポーネントは理想のレンズを生み出すためのもの。たとえ実績あるコンポーネントといえども、必要ならば設計からやり直します。その開発姿勢なくして、これまでになかったレンズを生み出すことはできません。

佐藤 功二

Lレンズは、もともと静止画撮影を前提に開発され、進化を続けてきた。一方でEOS Rシステムは、あらゆる映像入力への対応を目指している。RFレンズLシリーズの中にも、動画撮影で使いたくなるような一本をラインアップしたい。こうして企画されたのが、RF24-105mm F4 L IS USMである。

このレンズのアクチュエーターには、ナノUSMを使いたかった。小型でありながら高推力。優れた制御性も備えているため、動画撮影に最適だ。

イメージコミュニケーション事業本部
ICB光学開発センター
室長
佐藤 功二

しかし、問題がひとつあった。常用レンズだけに、取り回し性を考慮して可能な限り小型化したいが、従来のナノUSMでさえユニットが厚すぎるのだ。画質優先のRFレンズは光学系が大きい。それをスリムにまとめるため、設計者たちは鏡筒やメカ構造の厚みを極限までそぎ落とそうと、試行錯誤を重ねていた。

どこまで外径を細く、造形を端正にできるか。重要なカギを、ナノUSMユニットの薄型化が握っていた。

RF24-105mm F4 L IS USM
(デュアルピクセルCMOS AF+ナノUSMイメージ)

ナノUSMは、圧電セラミック素子が発生させた振動を、チップ状の金属弾性体を介してスライダーに伝える。金属弾性体は指先に乗るほど薄く小さい。しかし、それを支える構造体を小さくすることが困難だった。

それには理由がある。金属弾性体の動きは、精密かつ微小だ。高揚力を発生させるためには、2つの凸部をバランスよくスライダーに加圧接触させなければならない。そのためのバネ構造などが積み重なり、ユニットを厚くしていたのだ。

メカ設計の要請を受けたコンポーネント設計では、同じ原理を新しい設計思想で実現しようと考えた。そこで閃いたのが、圧電セラミック素子を裏側から加圧していたバネをなくし、代わりにユニットの四隅に配置することだった。

左:従来のナノUSMユニット
右:新ナノUSMユニット

「これにより大幅な薄型化を実現できました。今回のレンズのために開発したユニットですが、もちろんEFレンズに展開することも可能です」(佐藤)

新型のナノUSMはフォーカスユニットのわずかなスペースに収まり、RF24-105mm F4 L IS USMのスリム化に貢献している。RFレンズとEFレンズ。双方の技術革新が資産となって、キヤノンのレンズ開発はさらに加速を続けていくことだろう。

【レンズ編】
電気・通信システム開発
RFマウントの秘めたる機能。高速ネットワークハブ。

将来展望に基づく、大容量・高速通信。

レンズとカメラの電気的な情報交換は、これからますます増えていくことが予想されます。システムが発展を続けるために、RFマウントでは、通信の大幅な高速化を実現しています。

川波 昭博

通信システムの再構築も、EOS Rシステムにおける重要な開発テーマであった。レンズとカメラが連携することで、表現力と機能を拡大する現代のカメラシステム。キヤノンには、その先駆者としてシステムを発展させ続けていく使命がある。また、開発者たちの中にも、新しい機能や高画質を実現するために、カメラ-レンズ間の連携を強化したいという思いがあった。

RFマウントは、そのようなネットワークのハブでもある。システムの将来的な発展を担保しうる、大容量・高速通信が開発テーマのひとつに掲げられた。

そのために必要なのが、映像世界とEOS Rシステムを巡る将来展望である。ユニークなレンズ、意欲的なスペックのズームレンズが登場すれば、オートフォーカスや光学補正のためにより多くの光学情報が必要になるだろう。動画撮影時に「絞りをより滑らかに制御したい」というニーズが出てくるかもしれないし、ハイフレームレート化が加速することも予想される。

イメージコミュニケーション事業本部
ICB光学開発センター
主幹研究員
川波 昭博

カメラ-レンズ間の通信速度の大幅な向上。それは他の開発者たちも「これほど通信速度が高速なカメラシステムを見たことがない」と口を揃えるほどだ。しかし、“今日の高性能”ではなく、“将来的にも高性能であり続ける”ことを目指すには、必要なスペックであると見積もった。

EOS Rシステムでは、光学情報に加え、従来はカメラ側にメモリーしていた、デジタルレンズオプティマイザを含む光学補正データもレンズ側が保持している。

「通信速度が高速なほど、これらのデータを短時間でカメラに送ることが可能になります。すなわち、レンズ交換後のシステムの立ち上がりを、より速くできるのです。また、レンズとカメラが協調して手ブレ補正を行うなど、さまざまな機能の向上が可能になります」(川波)

レンズに搭載するマイクロプロセッサーは、キヤノンが自社開発した最新のもの。処理能力やメモリー容量も大幅にアップしている。将来的なニーズの多様化、機能の高度化への対応力。それもRFマウントに秘められた、性能のひとつなのである。

EOSシステムになかった、新たな機能。

コントロールリングやレンズ情報表示など、新しい通信システムの恩恵はいくつもあります。しかし、『撮りたい画が撮れる』というカメラとしての基本的な資質を高めることに、高速通信の価値があると考えています。

今田 信司

高速通信の恩恵により、EOS Rシステムではさまざまな新機能が搭載された。分かりやすい例が、手ブレ補正機能(IS:Image Stabilizer)の大幅な進化だ。

従来のEOSシステムにおける光学式手ブレ補正は、カメラからの制御に依存しない。一方でEOS Rシステムでは、常時、CMOSセンサーと映像エンジンで被写体の情報を取得し、ブレを検知できる利点がある。これを利用し、カメラとレンズが連携して補正効果を高めるのが、協調ISだ。

通常の手ブレ補正では、レンズに内蔵されたセンサーによって手ブレを検知する。しかし、極めてゆっくりした動きに対してはセンサーの出力が弱く、有意な情報がノイズに紛れてしまったり、誤差が生じたりすることがあった。

イメージコミュニケーション事業本部
ICB光学開発センター
主幹研究員
今田 信司

そのわずかな揺れをカメラのCMOSセンサーで捉え、ISユニットの制御をアシストするのがデュアルセンシングISである。さらに動画撮影時は、光学式手ブレ補正とカメラによる電子式補正を併用する、コンビネーションISも可能だ。

カメラとレンズによる協調ISは、光学式の手ブレ補正を二段階で行うのがポイントだ。まず、レンズが独立して補正を実行。補正しきれなかったブレや誤差成分をカメラが検知し、レンズにフィードバック。次の補正が高精度になるようアシストする。

二段階の補正を行うといっても、その処理は高速で、ほぼリアルタイムに近い。カメラ側の画像処理の速さも大切だが、やはりカメラ-レンズ間の通信速度がモノをいう。

RF35mm F1.8 MACRO IS STMの手振れ補正機能(イメージ)

「これまで手ブレ補正が苦手としていた、低周波の揺れに効果があります。レンズとカメラが高速で情報を交換し、連携して機能を高めた一例です」(今田)

RFレンズ第一弾では、RF24-105mm F4 L IS USMの標準ズームレンズとRF35mm F1.8 MACRO IS USMの広角マクロレンズの2本で、同様の処理が行われる。

もはやキヤノンにとってレガシーとなっている機能も、さらに発展し、撮影領域の拡大に貢献する。刷新された通信システムは、そのバックボーンである。

コントロールリング制御(イメージ)

RFレンズ ラインアップ

RF50mm F1.2 L USM

開放F1.2の大口径・標準レンズ。RFマウントの特性を生かすことにより、ガウスタイプとは異なるアプローチで、従来機種をはるかに上回る高画質を達成している。
メカ設計においては、質量があるフォーカス群に対応するため、フォーカス群の保持機構を新開発。シミュレーションと試作・評価試験を繰り返し、EFレンズLシリーズと同等の耐振動・衝撃性、耐久性を実現した。
「光学設計・メカ設計の進化により、最短撮影距離も短縮しました。EF50mm F1.2L USMが0.45m、最大撮影倍率0.15倍だったのに対し、このレンズでは0.40m、0.19倍までの撮影が可能です。さらに、撮影距離範囲の切り換えスイッチも搭載しました。表現領域の広さと『快速・快適』を両立した、キヤノンの技術の集大成ともいえる一本です」(田村)
自然光を生かしたポートレートといえば、これまで85mmが定番であった。しかし、あと一歩、被写体に近づいて50mmで狙いたくなる。そう思わせるほどの描写力が、このレンズには秘められている。

RF28-70mm F2 L USM

キヤノン初となる、開放F値2の大口径・標準ズームレンズ。大口径マウント・ショートバックフォーカスの利点を生かしきり、すべてのズームポジションと画像全域で高画質を実現している。
「EF24-70mm F2.8L II USMは、優れた画質で高い評価をいただいています。それと比べても、開放F2撮影時で同等以上の高解像・高コントラスト。F2.8に絞れば、それ以上の高画質が得られます。理論的には、プリントサイズ換算で1サイズ分、つまり今までA3サイズでプリントしていた際に得られていたものと同等の解像感を、A2サイズに引き伸ばしても得られるほど、解像力に余裕があるイメージです」(杉田)
フォーカスはインナーフォーカス、2群ズーム。オーソドックスな構成だが、新開発のフォーカス群保持機構を採用するなど、メカ設計においても細かな配慮と独自の技術を投入している。また、Lレンズに求められるフォーカスリング、ズームリングの“味”にもこだわった。さらに、前側から一定以上の力が加わると、鏡筒が後側に退避する衝撃吸収機構(ダンパー機構)も備えるなど、優れた耐衝撃性と堅牢性、耐久性を実現している。
かつては光学設計の限界の先にあった、大口径・高画質の標準ズームレンズ。RFマウントによって、夢は現実のものとなった。

RF24-105mm F4 L IS USM

Lレンズ初のナノUSMを搭載し、高速AFと動画撮影への親和性を追求した標準ズームレンズ。
RFマウントの特徴を生かすことで、EF24-105mm F4L IS II USMと同等以上の高画質でありながら、全長を約11mm短縮。メカ設計においても鏡筒・メカ構造を徹底的に薄型化し、スリムで取り回しのしやすい一本に仕上げている。
「スペック上は、全長11mmの短縮でしかありません。しかし、EOS Rカメラのフランジバックは、EOSカメラより24mmも短いのです。レンズ単体ではなく、カメラに装着した状態で手に取っていただきたい。想像以上に小さく、取り回しがしやすくなっているはずです」(前瀧)
高画質と小型化を両立させながら、Lレンズにふさわしい堅牢性と耐久性も実現。手ブレ補正の効果はシャッタースピード換算で5段※。キヤノンのレンズとしては最大の補正効果を発揮し、幅広いシーンと撮影条件を一本でカバー。完成度の高い常用ズームレンズとなっている。

CIPA基準。105mm、EOS Rカメラ装着時。

RF35mm F1.8 MACRO IS STM

スナップに適した焦点距離の、大口径・広角マクロレンズ。RFマウントの特徴を生かすことで、レトロフォーカスタイプのデメリットを極小化。開放F1.8の明るさと小型・軽量化を実現している。
最大撮影倍率は0.5倍。このとき露出倍数は1段になるが、開放F1.8の大口径ならF2.4という実効F値を確保できる。これほどの明るさでマクロ撮影ができるレンズは、キヤノンでも類を見ない。
35mmのEFレンズより前玉径は小さいが、後群に大口径のレンズを配置することで、開放F1.8の大きな光束と35mmフルサイズの広い像面に対応。通常撮影、マクロ撮影ともに周辺画質を向上させた。フォーカス群は9枚、前玉フォーカス。フォーカス/絞り/ISの駆動系をひとつのユニットに統合している。
「高画質とマクロ撮影を実現するため、STM駆動のレンズとしてはフォーカス群の重さ、ストローク長ともキヤノン最大クラスとなっています。イメージとしては、フォーカスカムの中で、もう一本のレンズが動くようなものです。それでも『快速・快適』を実現するべく、フォーカス群を軽量化するなどのメカ的な工夫を重ねています」(井上)
手ブレ補正の効果は、キヤノンのレンズとして最大となる5段※(シャッタースピード換算)。EF100mm F2.8L マクロ IS USMなどで実績のあるハイブリッドISを搭載し、マクロ撮影時は角度ブレとシフトブレを同時に補正。常用の単焦点レンズにふさわしい、充実したスペックを備えている。

CIPA基準。35mm、EOS Rカメラ装着時。

【カメラ編】
カメラメカ設計
ユーザーのために心を尽くす。EOS Rメカ設計。

伝統と革新の調和。

EOS Rは新しいコンセプトに基づくカメラです。しかし、その背景には30年以上に渡ってユーザーベネフィットを追求してきたEOSシステムの伝統があります。その資産をフルに活用し、スペックに表れない部分も完成度を追求しました。

山名 一彰

ユーザーにとってのベネフィットと、システムの将来性。EOS Rは、その最適なバランスを追求して開発された。いかに配慮が尽くされているか、その一端をマウント部に垣間見ることができる。

EOS Rのフランジバックは20mm。もっと切り詰めることも可能だが、この20mmには2つの理由がある。

ひとつは、マウントの強度だ。正直なところ、フランジバックをもっと短く、システムとしてコンパクトにすることも可能だったが、そのために強度を下げてはユーザーのためにならない。重要なのは、使いたいレンズを、安心して自由に使えること。ユーザーのため、ここは妥協できないポイントだった。

イメージコミュニケーション事業本部
ICB製品開発センター
主任研究員
山名 一彰

もうひとつは、電子接点の通信信頼性だ。RFマウントは、12ピンの電子接点を備えている。これを同じ面に並べると、カメラのサイズは小型化できるが、レンズを着脱するたびにカメラとレンズの接点が多く摺動し、摩耗や異物を挟み込むリスクが増えてしまう。そこで開発者は、EFマウントの考えを継承し、接点の高さをあえて2段階に分けることで、この問題をクリアした。

「高低、それぞれの面に接点を分割して配置すれば、摺動回数も低減されます。この構造のためにフランジバックは伸びてしまうものの、ユーザーベネフィットを考えれば、大切な段差です」(山名)

放熱にも細心の注意を払った。EOS 5D Mark IVと比較した場合、映像エンジンは大幅に性能アップしているが、半導体プロセスの微細化などの恩恵により、発熱量そのものは同等か、むしろ小さくなっている。しかし、ミラーボックスがない分、一眼レフカメラより容積は小さい。放熱のために、より入念な対策が必要だった。

そこでEOS Rでは、外装だけでなく、本体にもマグネシウム合金を採用することにした。マグネシウム合金は放熱性に優れており、ヒートシンクとしても理想的な素材といえる。その効果は、同じマグネシウム合金の本体を持つEOS-1D X Mark IIで実証済みだ。

映像エンジンなどが発する熱は、この本体を伝ってカメラ内部に効率よく分散され、外装を通して外部に逃げる。「長時間の動画撮影でも、簡単にダウンすることはない」(山名)という、タフなボディーである。

ファインダーは、RFレンズと同じ光学開発センターが光学設計を手がけた。0.5型、高精細で応答性に優れた約369万ドットの有機ELパネルを採用している。

ファインダー光学系で設計者がこだわったのが、「見え」だった。光軸から目が逸れたときや、画面周辺を見たときに、にじみや歪みがあるようでは興ざめだ。設計者は、単なるスペックの向上ではなく、ユーザーにとっての実利を重視して設計を試みた。

EOS Rのファインダーユニットは、実はカメラに対して背面側にオフセットするようにレイアウトされ、かつ外観の内側ぎりぎりまでレンズを近づけている。カメラを手に取ると、接眼部のレンズが液晶モニターより後ろに飛び出し、目に近い位置に最後端のレンズが配置されているのが分かるだろう。

これは電子ビューファインダーだからできる技。おかげで実質的なアイポイントが後ろに延長される。メガネをかけたままでも見やすく、しかも鼻がモニターにあたりにくい。

さらに光学系に非球面レンズを採用し、クリアで抜けのよい視野を実現した。視野のすみずみまで鮮明だからこそ、情報量の多い電子ビューファインダーの利点が活きる。

ユーザーは、ファインダーを通して被写体と対峙する。気持ちのよい「見え」があればこそ、被写体への集中力は高まり、創作に没入できることを、EOS Rは教えてくれる。

電子ビューファインダー光学系

【カメラ編】
AFシステム開発
高画質とAF性能の未来を語れる、唯一のテクノロジー。

デュアルピクセルCMOS AFの本領。

開放F1.2で高い合焦精度を発揮すること、EV-6の暗さにも対応することはEOSシステムの位相差AFをもってしても困難です。それを可能にしたデュアルピクセルCMOS AFは、キヤノンが理想とする『肉眼に迫るオートフォーカス』のさらに先を行くものといっても過言ではありません。

浜野 英之

測距エリアの拡大と測距点の多点化。EOS Rは、画面内の横約88%、縦約100%という、実用上はほぼ画面全域といえる広大な測距エリアを確保している※。それも、単に測距エリアを広げ、測距点数を増やしただけではない。測距点1点あたりの処理能力も向上しているのだ。

映像エンジンがオートフォーカスのために処理する情報量は、EOS 5D Mark IV(ライブビュー撮影時)をはるかに凌ぐ。それは、位相差AFが苦手としてきたシーンに対応するためだ。極端な大ボケ状態でも的確に被写体のピント状態を検出する。暗い場所やコントラストの低い被写体でも、高い合焦精度を得る。そのために、従来のデュアルピクセルCMOS AFにない、さまざまな処理方法をアルゴリズムに仕込んだ。

RFレンズ、現行EFレンズ使用時。

イメージコミュニケーション事業本部
ICB統括第一開発センター
主任研究員
浜野 英之

「従来のEOSカメラは、ファインダー撮影用とデュアルピクセルCMOS AFとで、異なるオートフォーカス用のデータをレンズから受け取っていたのです。それに対してRFレンズは、ファインダー撮影用のデータが不要になった分、多くのデュアルピクセルCMOS AF用データを搭載できます。そのリッチなデータを使い切ることを考え、映像エンジンとAFアルゴリズムを進化させました。条件が悪くなるほど、EOS Rの強みが実感できるはずです」(浜野)

おかげで、肉眼では見えにくいほど暗いシーンやマニュアルフォーカスが難しい低コントラストの被写体においても、これまでよりも確実にピントが合いやすくなった。EOS RのデュアルピクセルCMOS AFは、熟成を重ねたEOSの位相差AFでさえ撮影が困難だったシーンでも、オートフォーカス撮影を可能にするのだ。

AFエリアのワイド化とAF選択可能ポジションの高密度化(イメージ)

デュアルピクセルCMOS AFの優れた資質のひとつが、画質にまったく影響を与えない撮像面位相差AFであることだ。その実現は、キヤノンの技術力をもってしても困難を極めた。1999年に基礎理論が誕生してから、ようやくAPS-Cサイズでの実用化を果たしたのが2013年。35mmフルサイズへの展開にはさらに大きな開発努力を要し、実現できたのが2016年のことだった。

しかし、その甲斐はあった。もともとキヤノンでは、ミラーレスカメラに必須の要素技術であることを意識し、デュアルピクセルCMOS AFの開発に力を注いできた。EOS Rは、その本領を余すことなく引き出した、はじめてのカメラと言ってよい。

CMOSセンサー

現在のミラーレスカメラで一般的な「撮像用の画素とは別に測距専用の画素を配置する」方法では、測距点の多点化に限界がある。もし過剰に測距点を増やせば、画質への影響は否めないだろう。仮にデュアルピクセルCMOS AF がなかったら、キヤノンがEOS Rシステムを開発することは、なかったかもしれない。

オートフォーカスの高性能化と画質の向上。いずれも将来的な発展性を担保できるEOS Rシステムは、キヤノンの先見性と積年に渡る開発努力の結晶なのである。

映像エンジンDIGIC 8(イメージ)

AF方式とサーボAFカスタマイズ

  • 1点AF

  • 領域拡大AF(十字)

  • 領域拡大AF(周囲)

  • ゾーンAF

  • ラージゾーンAF(縦)

  • ラージゾーンAF(横)

  • 多彩なAF方式と、サーボAF特性のカスタマイズ機能を搭載。これにより、シーンや被写体などの条件への対応力が向上。また、従来のEOSカメラのユーザーがEOS Rを手にしても、これまでと同様の設定で、違和感のないファインダー撮影が可能となっている。

【カメラ編】
画質設計
RFレンズの実力を、余すことなく画像に結実させる。

RFマウントだから達成できた高画質。

RFレンズの優れた光学性能を前提に、EOS Rカメラでは、DIGIC 8の性能を最大限に発揮させて繊細な写真表現ができる画作りを行いました。遠景の木々も、一葉まで解像するかのように精緻で自然な描写です。非常にリアリティのある映像が得られます。

赤羽 隆志

EOS Rの画作り。その前提となったのが、RFレンズの優れた光学性能とデジタルレンズオプティマイザだった。

デジタルレンズオプティマイザは、レンズの光学特性により生じる諸収差や、回折現象、ローパスフィルターに起因した画像劣化を補正する、キヤノンが得意とする技術だ。大きな光学データに基づいて処理を行うだけに、これまでのEOSカメラでは連続撮影速度に影響が出ないよう、初期設定を[しない]としていた。

イメージコミュニケーション事業本部
ICB統括第二開発センター
主任研究員
赤羽 隆志

それに対してEOS Rは新マウント通信システムを採用している。カメラがレンズからデジタルレンズオプティマイザ用データを受け取るのも高速で、レンズ交換後の起動が速い。さらに、EOS Rは新開発の映像エンジン、DIGIC 8を搭載している。映像エンジンの開発は数年というスパンをかけて行うものだが、キヤノンではいち早くデジタルレンズオプティマイザのカメラ内/撮影時処理を目指し、新エンジンの作り込みを進めてきた。

その努力が実り、EOS Rではデジタルレンズオプティマイザの初期設定[する]を実現。サーボAF時ならば、連続撮影速度を低下させることなく、撮影と同時に高度な光学補正が可能だ。

また、RFレンズの光学性能に加え、EOS RのCMOSセンサーは約30.3Mという高画素である。画質設計では、これらのメリットを最大限に生かすため、細部の描写性能を重視することにした。

「RFレンズの持ち味とデジタルレンズオプティマイザを前提に、EOS R はEOS 5D Mark IVからシャープネスの初期値を変更しています。これにより、いっそう繊細な描写を可能にしています」(赤羽)

もちろん、EFレンズを使用しても効果が得られる。人物の毛髪、木々の一葉。画像を拡大すれば、輪郭が細く細密で、描写が自然なことに気づくだろう。

RFレンズの第一弾となる4本のレンズの中でも、RF50mm F1.2 L USM とRF28-70mm F2 L USMの2本は、画質を徹底追求して開発された高解像レンズである。EOS Rの画作りは、その持ち味をデフォルトで引き出すことを信条としている。

EOS MOVIEについても、画質の進化がある。動画は出力解像度が規格化されているため、簡単に解像感を上げることはできない。しかし、だからこそレンズの持ち味が見た目に大きく影響する。RFレンズで撮影した動画は格別だ。

「EOS Rでは、動画についても静止画と同等の、精緻なシャープネス処理を行っています。さらに、映像エンジンの強力なパフォーマンスと、レンズに搭載したリッチな光学データを生かし、歪曲収差補正も実現しました」(赤羽)

同じ4Kでも、システムによって映像の印象は大きく変わるものだ。EOS Rシステムの開発者たちは、シネマといったハイエンドな映像制作にもこのシステムを活用してほしいと期待している。

【カメラ編】
ユーザーインターフェース開発
映像表現への「没入感」を深める、新しい操作体験。

ファインダーの中で、思うすべてが完結する。

EOS Rなら、ファインダーを覗いたまま撮影準備から撮影、再生・確認まで一貫して行えます。その利点を生かすことで、一眼レフカメラでは得られなかった没入感や、柔軟かつ直観的な操作感を実現したいと考えました。

吉田 幸司

ファインダーから目を離すことなく、被写体に集中し、創作活動に没入できること。それが、EOS Rのユーザーインターフェース開発において重視した操作感だ。

確かに、光学ファインダーには遅延が一切ない。視野がクリアなEOSカメラなら、いっそう撮影に集中できる。しかし、設定の多くは本体ボタンや液晶モニターを見ながら行うため、被写体に集中したまま一連の撮影準備を完了することや、その結果として「創作活動への没入感」を提供することまでは、実現できていなかった。

一方で、EOS Rはミラーレスカメラだ。ファインダーは高精細で見えがよい上、情報の伝達力にも優れている。撮影準備中から露出やホワイトバランスが確認でき、そのまま撮影、さらには再生まで、すべてのプロセスをファインダーの中でシームレスに行えるのは、ミラーレスカメラであるEOS Rだからできる芸当である。

EOS Rのユーザーインターフェースにおいて、開発者たちはミラーレスカメラならではの利点をフルに生かしたいと考えた。創作活動をファインダーの中だけで完結できれば、映像表現にもっと没入できる。新しい撮影体験と表現の楽しさが味わえる。

イメージコミュニケーション事業本部
ICB統括第二開発センター
主任研究員
吉田 幸司

そのためには、一眼レフカメラの操作部材をそのまま移植するだけでは十分ではない。EOS 5D Mark IV などと比べてコンパクトなEOS Rは、搭載できる操作部材にも限りがある。開発者たちは、新しいユーザーインターフェースを模索することにした。

モードダイヤルとサブ電子ダイヤルの統合。これには、2つの合理的な理由があった。

ひとつは、「ファインダーを覗いたまま」「被写体に集中したまま」の操作感を追求すること。そのためには、物理的なモードダイヤル操作よりも、ファインダー視野内でモードを自由に変える方式が合理的だ。

もうひとつの理由は、動画表現をもっと気軽に楽しんでもらうため。ミラーレスカメラであるEOS Rは、静止画と同様、動画もファインダーを覗いたまま撮影できる。2つの表現方法を、同じ操作感で楽しめるのがメリットだ。しかし、静止画と動画で撮影モードや各種の機能設定を変えるというユーザーは少なくない。RECボタンですぐ動画撮影を開始できるにも関わらず、そのたびにすべて設定をやり直すのは煩わしい。

「そこでEOS Rでは、静止画用と動画用の設定を独立して登録・保持できる仕様としました。さらに、撮影モードのC(カスタム撮影)モードでも、静止画用と動画用の設定を別々に登録が可能です。」(吉田)

しかも、そのモードは電源OFFの状態でもカメラ上面のドットマトリックス表示パネルで確認できる。

専用のモードダイヤルを廃したからこそ、撮影モードをフレキシブルに操れる。EOSカメラの愛用者もちろん、はじめて本格的な一眼カメラを手に取るユーザーも、使いやすさを実感できるはずだ。

ファインダー

新操作部材の中で目を引くのが、カメラ背面に搭載されたマルチファンクションバーだろう。スライド、左右のタップと、ひとつの部材で3つの操作に対応。それぞれの操作に異なる機能を割り当てることにより、複数の設定をすばやく行うことが可能になる。

ひとつの操作部材に1機能しか割り当てられなかった今までのカスタマイズと異なり、小さいスペースと小さな指の動きで複数の設定ができるため、ファインダーを覗きながら操作するには打ってつけだ。

しかし、意図せず指が触れ、設定が変わってしまうリスクもある。どうすれば、この操作部材の長所だけを生かすことができるだろう。

キヤノンには、世界中の人々の“手の大きさ”に関する独自のデータがある。開発者たちは、大小、代表的な手の大きさのユーザーを抽出し、テストを繰り返した。

「うっかり指が触れやすいのは、主にバーの右側でした。ならば、バーの左側を長押しするまで反応させなければよい。これを初期設定とすることで、誤操作を防止することが可能になります」(吉田)

バーの利便性と、いつでも意図した設定で撮影できる安心感が、こうして両立できた。RFレンズに装備したコントロールリングと相まって、カスタマイズ性が格段に向上。限られた操作部材でも、優れた操作性を実現している。

マルチファンクションバー

【カメラ編】
プロダクトデザイン
新生EOSを告げる、「マウントコアデザイン」。

先進性と普遍性の追求。

カメラとレンズのデザイン言語を統一すること。より力強く普遍的な造形を実現すること。EOS Rシステムのデザインとは、新しい“造形の原器”をつくる作業でした。

髙野 盛司郎

誕生から約30年という歳月を経て、EOSシステムはカメラとレンズ、アクセサリーが共通の思想を持ちながらも、それぞれ異なるデザイン言語によって具象化されるようになった。それぞれの機能に最適化してきた個々の歴史が生んだ佇まいともいえる。しかし、これからはシステム全体の佇まいにもこだわりたい。

EOS Rシステムの開発プロジェクトは、このテーマに取り組む好機だと捉え、プロダクトデザイナーたちは、仕様が決まる前から、いち早く検討をはじめた。

新しいシステムの特長はマウント。マウントはカメラシステムの核であり、将来性や信頼性の象徴だ。その存在感を、強くメッセージすることはできないか。

総合デザインセンター
専任主任
髙野 盛司郎

そこでプロダクトデザイナーたちは、カメラとレンズ、それぞれのマウントに共通する意匠を持たせようと考え、マウントの周囲に、上質な金属シリンダーを採用。精緻かつ強固に連結するイメージで、システムとしての先進性、普遍性を訴求した。

EOS Rシステムならではの個性、「マウントコアデザイン」が、こうして生まれた。

RFレンズは、光の収束美をイメージしてデザインされている。永く使われる製品として無駄を排し、形を研ぎ澄ますため、プロダクトデザイナーとメカ開発者がこれまで以上に密に連携を取り合った。

各種の表記も、EFレンズとは異なる視点でブラッシュアップしている。焦点距離の単位(mm)を排すなど、表記を整理することで情報の視認性を向上させた。印刷色も使用シーンを考慮して使い分ける。シンプルゆえに細部まで行き届いた、誠実な造り込み。これにより、光学機器としての素性を、端的に物語るデザインを目指した。

「EFレンズと比べると、違いが分かりやすいでしょう。EFレンズは、凹凸や稜線や分割線などのラインが多く、表記も充実しています。それに対してRFレンズは、無駄を排し形を研ぎ澄ますことで、力強さや使いやすさを表現しています」(髙野)

一方で、どうしても光学設計の都合が見える製品もある。それがRF28-70mm F2 L USMだ。写真用レンズとして極めて意欲的、かつ魅力的なスペックではあるが、フロントレンズの大きさは否めない。

そこでデザイナーは、その光学的な都合をあえてデザインに取り込み、意匠と機能を両立しようと考えた。ズーム、フォーカス、コントロールの各リングの識別を、リング径とそれぞれ最適化したローレットで表現。ファインダーを覗いたまま直観的に操れる操作感と、光学機器としての端正な佇まいを両立させた。

精緻感や堅牢感、普遍性を造形でも伝えるRFレンズ。時代を超えてユーザーを魅了する『名玉』とは、こうした配慮から生まれるのかもしれない。

新たなアイコンの創出。

もうファインダーから目を離す必要はありません。そのメッセージをデザインで伝えるため、あらゆる造形手法を駆使しました。新世代のエルゴノミクスをご堪能ください。

松浦 泰明

シンプルで印象的なEOS Rのフロントビュー。ファインダー部を頂点として、フラットな両肩が緩やかに下がる姿は、このカメラが「ファインダーを覗いたまま撮る機器」であることを、無言のうちに主張している。

カメラのトップカバーといえば、昔から「操作部材を『載せる』『見せる』ためのステージ」としての意味合いが強かった。しかし、EOS Rは創作プロセスのすべてを、ファインダーから目を離すことなく完結できる。プロダクトデザイナーは、あえてトップカバーをほぼフラット、かつ傾斜のあるスタイルとすることで、従来とは違う新しいカメラのあり方を伝えているのだ。

総合デザインセンター
松浦 泰明

この佇まいを実現するため、ダイヤルはトップカバーに埋め込むようレイアウトした。ボタンもカバーになじむようデザインしている。それでも、指先の感覚だけで識別できるよう、ボタンの形状や質感を微妙に変えているのがEOSらしいところだ。

ファインダー部は、フロント側から接眼部へと流れるように収束し、アイピースへとつながる意匠が新しい。ミラーやペンタプリズムを介すことなく、光をダイレクトに目に届けることを、明快に表現している。

写真の本質は光を見つめることであり、それはミラーレスカメラであっても変わらない。その“光の流れ”を、デザイナーはミニマムな造形で表現したのである。

グリップにもデザイナーのこだわりが凝縮されている。

一般的に一眼カメラのグリップは、しっかり握り込める形状が理想とされている。しかしキヤノンは、それが真のゴールだとは考えていない。指には、カメラをホールドすると同時に、自由に動き、さまざまな操作を行うことも求められているからだ。

特にEOS Rは、マルチファンクションバーを搭載する。積極的な使いこなしを促すためには、指の自由度が重要だった。

「何十というモックアップを作成し、握りやすさと操作感を検証しました。グリップは小型、かつ指がかりのよい形状。しかし、指の位置を規定するフロント側の形状をなだらかにすることで、カメラ背面で指が自由に動けるように工夫しています」(松浦)

デザイナーのこだわりを、メカ設計者も理解し、設計に反映させている。ベストな形状のグリップにバッテリーを収められるよう、バッテリーホルダーを斜めにレイアウト。電源スイッチとサブ電子ダイヤルは、指がダイヤルの側面にフィットするよう、上部に向けて絞り込んだ台形形状。コンパクトなボディーに、ユーザーへの配慮が凝縮されている。

先進的でアイコニックなEOS Rの佇まい。それは、プロダクトデザイナーとメカ設計者からの、「新しい撮影体験を楽しんでほしい」という、熱いメッセージでもあるのだ。

エピローグ 期待してほしい、EOS RシステムとRFマウントの未来。

「EOS Rシステムの第一弾製品として、EOS Rカメラと、これまでにないスペックのRFレンズ4本を送り出します。過去にないスペックということは、これまで撮れなかった映像が表現できるということです。また、EOS Rカメラは『快速・快適・高画質』を追求しながら、小型・軽量化も達成しています。それもカメラの活動範囲が広がることを意味し、本質的には撮影領域の拡大に貢献するはずです。それこそがキヤノンが提供したかった価値であり、新たなシステムを構築した理由。そのことを、今回のカメラとレンズ群でしっかりメッセージできたものと自負しています。

しかし、これがEOS Rシステム開発プロジェクトのゴールではありません。これから何年、何十年と発展させていくべきものです。これから新システムがどう発展していくかは、ユーザーのニーズによって決まります。しかし、これまでよりさらに小型のシステムで、高画質な描写が得られるようになることは間違いありません。

また、キヤノンには写真を趣味とする方だけでなく、映像を通じてより多くの業界のスペシャリストに貢献していくという使命もあります。EOS RシステムとRFレンズなら、さらに高画素なCMOSセンサーや多彩な用途にも対応できます。一例として、8Kの空撮には大きなドローンが必要ですが、これを小型化することも可能でしょう。

民生品としてはもちろん、業務用機材としても、大きなポテンシャルを秘めている。EOS RカメラとRFレンズのこれからに、どうぞご期待ください」

イメージコミュニケーション事業本部
ICB製品事業部
事業部長
溝口 芳之

開発者たちの情熱が生んだ、新システム。

「はじめてRF50mm F1.2 L USMやRF28-70mm F2 L USMを目にしたとき、『これは撮る気にさせてくれるレンズだ』と思いました。EFレンズでも同じ明るさの大口径レンズがありますから、被写界深度の想像はつけられます。しかし、電子ビューファインダーで見ると、思った以上に被写界深度が浅く、ボケ味が豊かです。プロやハイアマチュアにとって大切なのは、自分が思い描いたままの表現ができること、人と違う最終成果物が得られること。実際に、それができるシステムが目の前にあるということに、長い間EOSシステムの開発に携わってきた私も胸の高鳴りを覚えました。

内輪話になってしまいますが、このプロジェクトで印象的だったのは、製品化の最終判断をするためのミーティングでの一コマ。光学やメカ、生産、電気などの開発部門をはじめ、生産部門、品質評価部門、商品企画部門など、何十人もの関係者が一堂に会し、懸案事項を確認しました。いよいよ『これで問題はない』という結論に至ったとき、自然と出席者全員から拍手が沸き起こったのです。何十年と同様の会議を経験してきましたが、こんなことははじめてでした。

それだけ開発者たちが新システムを開発する意義とその重さを理解し、開発に集中し、妥協もしなかったから、自ら拍手をしたのでしょう。私もそんな開発者たちを誇らしいと思いました。開発者たちの情熱が込められたEOS Rシステム。ユーザーの皆さんに手に取っていただける日が、待ち遠しくて仕方ありません」

イメージコミュニケーション事業本部
ICB光学事業部
事業部長
金田 直也