キヤノンギャラリーキヤノンフォトコレクション展:Flowers

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本展は、キヤノンフォトコレクションとして収蔵する作品の中から、写真家 秋山 庄太郎氏、竹内 敏信氏、前田 真三氏の「花」および「花のある風景」を撮影した作品計25点展示します。
秋山氏は、40代の頃からライフワークとしてきた「花のエチュード」の作品を、竹内氏は「櫻」の作品を、前田氏は90年代初頭の春から夏にかけて撮影された作品をそれぞれ展示いたします。
キヤノンフォトコレクションは、1994年よりキヤノンマーケティングジャパンが手掛ける、日本の優れた写真家の作品のコレクションで、現在1900点余りの作品を収蔵しています。

開催日程 会場
2019年3月6日(水)~4月4日(木) キヤノンオープンギャラリー1(品川)

作家プロフィール

秋山 庄太郎

1920年、東京・神田に生まれる。1933年、東京府立第八中学校に入学。この頃パーレットを買ってもらい最初の写真を撮る。1943年、最初の写真集「翳」を自費出版。1946年、東京・銀座に秋山写真工房を設立する。1947年、秋山写真工房を閉鎖。近代映画社写真部に入社する。林 忠彦らと写真グループ「銀龍社」を結成。1951年よりフリーランスの写真家として活動を始める。以後、写真雑誌を中心に女優、文士、画家等のポートレートを発表。1956年、女性写真家集団「ギネ・グルッペ」を結成。1961年、第1回日本広告写真家協会展・東京ADC賞受賞。1970年頃よりライフワークとなった「花」をテーマに撮り続ける。1974年、第5回講談社出版文化賞受賞。1980年、日本写真芸術専門学校の初代校長に就任。1986年、紫綬褒章受章。1993年、勲四等旭日小綬章受章。様々な会の役職を務め、日本写真界の発展に尽力した。2003年1月、写真審査会場で急逝。

竹内 敏信

1943年、愛知県生まれ。名城大学理工学部土木工学科卒業。学生時代から写真に取り組み、在学中の1963年、二科会に初入選する。卒業後は愛知県庁に勤務するかたわら、愛知県春日井市の亜炭鉱のルポルタージュなどをグラフ誌やカメラ誌に発表する。72年に同庁を退職し、フリーの写真家として活動をはじめ、銀座ニコンサロンで「汚染海域ー伊勢湾からの報告ー」を開催する。76年、現代写真研究所の設立にともない、講師となる。79年ごろから本格的に風景写真を発表。82年以降、東京に拠点を移し、ヨーロッパ取材を開始する。国内外の自然風景を撮影し、多くの著書、写真集を刊行する。87年、水越 武、八木 祥光との三人展「天・地・海」をドイフォトプラザ渋谷で開催、以降3回開催する。同年、三原山噴火の全記録撮影に成功し、これらの写真を「毎日グラフ」「ニュートン」などに発表する。日本写真芸術専門学校校長、東京工芸大学講師をつとめるなど、制作活動とともに後進の指導にも力を注ぐ。

前田 真三

1922年、東京・南多摩郡(現八王子市)に生まれる。1936年、二人の兄の影響で写真をはじめる。1941年、拓殖大学開拓科入学。1943年、戦局悪化のため繰り上げ卒業。1946年、復員し、その後2年をふるさとで過ごす。1948年、日綿實業株式会社に入社、1964年、退社。1967年、フォトライブラリー丹溪を設立し、写真活動に入る。1971年、日本列島を縦断しながら3ヶ月にわたり撮影。その帰路に美瑛・上富良野の丘陵地帯の風景と出会い、風景写真の分野に独自の作風を確立した。1984年、日本写真協会賞年度賞受賞。1985年、写真集「奥三河」(グラフィック社, 1985)にて毎日出版文化賞特別賞受賞。1987年、北海道・美瑛町に写真ギャラリー拓真館を開設。丘陵地帯周辺のハイビジョン撮影をはじめる。1996年、勲四等瑞宝章受章。1998年11月、逝去。1998年、美瑛町特別功労者章受章。1999年、日本写真協会賞文化振興賞受賞。

著作権について
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