
サイパン島 1985年
サイパン島 1985年
満月の光だけをたよりに、地上の風景を撮り続ける、石川賢治。今回は、30年間のベストショットに、EOS 5D Mark IVで撮影した最新作を加えた写真展、『月光浴 青い星 BLUE PLANET』の中から、その一部を紹介する。
1984年、ロサンゼルスオリンピックの年、私は広告の仕事でハワイのカウアイ島にいました。満月の夜、寝る前に散歩しようとホテルを出て少し歩くと、突き当たりに真っ暗な林があり、向こうから波の音が聞こえてきました。その林をくぐり抜けると、月の光に照らされた砂浜が明るく広がっていて、海には水平線がはっきりと見え、夜空には形のいい雲。ぼんやり眺めていると、突然、一羽の鳥が海面すれすれに横切って行きました。そのとき、この光景をカメラで撮れるんじゃないかとひらめいたのです。それが、月光写真を撮り始めるきっかけです。
イグアスの滝 ブラジル、アルゼンチン 2007年
マサイマラ ケニア 1999年
ハワイから帰った数カ月後、サイパン島にいる友人を訪ねたとき、夜、ジャングルの奥に生息するジンジャーの花を撮ってみました。蕾の白い色は感光しやすいので、インスタントカメラでも墨絵くらいの濃淡で写るのではないかと思ったのです。長時間露光にセットして撮ってみると、ピンク色を帯びた白い蕾に加え、夜空の星までしっかり写っています。太陽の光を反射する月の光で撮った一枚。そこに宇宙を実感したような衝撃を受けて、これをライフワークにしようと決めました。しかし、月の光で写真を撮った例がなかったので、撮り方が分かりません。奇跡的に撮れた一枚を元にテストを重ねるしかないわけです。それこそ、お先真っ暗な状態でテスト撮影を続けました。
文献で調べると、月の光は太陽の光の46万5千分の1。露出計は動きません。自分の手相がどのくらいハッキリ見えるか、それを基準に、出たとこ勝負の勘で露出を決めて撮影しました。しかも、満月の日は一年に12回しかありません。長時間露光なので、一晩で撮れる回数も限られます。試行錯誤を繰り返し、ようやく撮影が安定してきたのは、10年以上過ぎたころからです。
月明かりは、微弱な光なので、街灯があったり、店の照明があると撮れません。闇がないと、月の光は存在しないのです。必然的に大自然の中へ行って撮影することになりました。
長時間露光で撮影した、サイパンの岬と波。ストームが迫り、遠くで雷鳴が轟く、アメリカのモニュメントバレー。ブラジル、アルゼンチンの国境にまたがる大瀑布、イグアスの滝。深夜12時、キリンの三兄弟と出会ったケニア、マサイマラ。海の底から山の上までをテーマに、パラオの海底からチベットのチョモランマまで満月の旅をして30年が過ぎました。
モニュメントバレー アメリカ 2008年
満月の夜、月光に照らされた原野に立つと、足下に影がくっきりと落ち、地上に咲く花の色が分かります。一帯の風景も見えて、地平線から天体、銀河、宇宙が繋がっているのも分かります。宇宙の中の地球本来の姿、地上で宇宙を実感するとき。それを一枚の写真にしたくて、撮り続けています。
デビルズマーブル オーストラリア 2003年
糸島半島 福岡県 2016年
最近、拠点を自然豊かな福岡の糸島半島に移しました。家の周りには、漆黒の闇があって、満天の星を見ることができます。EOS 5D Mark IVで撮っているのですが、ISO感度を高く設定してもノイズの発生を気にしなくていいので、月光写真家の私にとって心強い存在になっています。今までは大自然がテーマでしたが、このごろは一本の草木や、小さな昆虫など、身近な素材を使って作品づくりをしています。
試行錯誤の作品づくりを続けていて思うのは、写真は心の状態だということです。そのとき撮れたと感じても、一カ月過ぎるとダメだと思ったりします。自分の心理状態で、見え方が違ってくるのです。だからこそ、人は理想の一枚を求めて撮り続けるのでしょう。私の満月の旅は、これからもまだまだ続きます。
1945年福岡県生まれ。'67年日本大学芸術学部写真学科卒業。ライトパブリシティ入社。'76年よりフリーランス・フォトグラファーとして活動を始め、CF・スチールを数多く手掛ける。'84年秋より月光写真に取り組み、初の写真集『月光浴』(1990年小学館)が一大センセーショナルを巻き起こす。その後の写真集に『神の降りた夜/新月光浴』(1993年集英社)、『大月光浴』(1996年小学館)、『満月の花』(1998年小学館)、『月光の屋久島』(2000年新潮社)、『地球月光浴』(2001年新潮社)、『京都月光浴』(2003年新潮社)、『天地水月光浴』(2006年新潮社)、『宙の月光浴 』(2012年小学館)。最新刊は『月光浴 青い星』(2017年小学館)。また初のDVD『月光浴 Moonlight Shower』(2006年カルチュア・パブリッシャーズ)を発表。展覧会も多数開催。
公式HP http://gekkouyoku.com
Twitter https://twitter.com/moon_kenji
[ 掲載記事について ]
こちらの記事はキヤノンフォトサークル月刊会報誌「CANON PHOTO CIRCLE」2017年5月号に掲載されたものです。
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