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VUCA時代の情報発信

メディアが多様化しコミュニケーション手段が変化する中で、企業の情報発信の形も変わりつつある。最近はジャーナリスティックな視点を持って自ら記事や動画を作成し、メッセージやストーリー、想いなどを自社のホームページやSNSなどを通じて広く社会に届けようとする企業が増えている。企業のブランド価値向上に大きく寄与するといわれるこの"ブランドジャーナリズム"の重要性と効果について、(株)ブランドジャーナリズム 代表取締役の林 亜季氏に話を聞いた。

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  • 2023.12.07

VUCA時代の情報発信
"ブランドジャーナリズム"がもたらす価値
その効果と実践的アプローチとは

外部向けの発信が内部に伝わり波及効果を生む

写真:林 亜季さん 林 亜季(はやし あき)
株式会社ブランドジャーナリズム代表取締役。朝日新聞社で地方記者、新規事業創出などを手掛ける「メディアラボ」、経済部記者を経て17年ハフポスト日本版 Partner Studio チーフ・クリエイティブ・ディレクター、18年Forbes JAPAN Web編集長、20年NewsPicks for Business編集長 兼 AlphaDrive 統括編集長に就任、22年株式会社ブランドジャーナリズムを設立。文部科学省の大学教育デジタライゼーション・イニシアティブ(スキームD)ステアリングコミッティ委員。東京大学法学部卒。

企業が自らの活動などを取材し、ジャーナリスティックな視点に基づいて情報やメッセージを発信する。そんな"ブランドジャーナリズム"といわれる手法が今注目を集めている。発信の場はホームページやオウンドメディア、広告、SNSなど。あらゆる場面で自社の想いや活動を伝えていくことが可能だ。

多くの企業のこうした取り組みを支援しているのが、(株)ブランドジャーナリズムだ。代表取締役の林 亜季氏は、この概念が登場した背景について説明する。

「ブランドジャーナリズムは2004年、当時マクドナルドのCMOだったラリー・ライト氏が提唱したものです。かつて多くの企業ではワンメッセージ・ワンビジュアルでブランドを伝える方法が主流でした。しかし、メディアの多様化やコミュニケーション手段、タッチポイントの変化などを背景に、従来型の手法では十分には伝わらなくなってきた。そんな課題意識がベースにあると思います」

複雑で多様な側面を持つブランドを、ワンメッセージで表現するのは困難だ。また、自社製品・サービスを過剰な表現で伝えるといった手法に、多くの人たちは飽きている。顧客との信頼関係を構築するには、興味を引くコンテンツを中立的な立場で発信することが重要だ。

「新製品や自社のイノベーション活動などを発信しても、大量の類似情報に埋もれてしまう。伝えたいと思う人にしっかりと情報を伝えるためには、内容や届け方を工夫する必要があります。ジャーナリスティックな発想で自社しか成しえない開発秘話や、人間的なストーリーテリングを自ら発信していくことは、自社のファンづくりに寄与するはずです」

近年では、採用活動や従業員エンゲージメント向上などに取り組む人事部門も、自社の強みやメッセージをジャーナリスティックに発信することに価値を見いだしている。ブランドジャーナリズムの実践例として、林氏はトヨタ自動車のオウンドメディア「トヨタイムズ」を挙げる。

「『トヨタイムズ』の大きな目的はファン獲得かもしれませんが、コンテンツを見ると従業員、サプライヤーなどの関係者を意識した発信も多いと感じます。一般に、外部向けの発信であっても、その情報は内部にも伝わりポジティブな波及効果をもたらすケースが多く、こうした副次効果を狙ってブランドジャーナリズムに取り組む企業は少なくありません」

記事に接した従業員が自社で働くことの意味を考える、あるいはプライドを持つきっかけとなる場合もある。営業担当者であれば、自分が掲載された記事を営業ツールとして活用するケースも考えられる。社外との信頼関係を構築する上でも、一定の効果が期待できるはずだ。

短期ではなく、中長期視点で取り組む

ブランドジャーナリズムの舞台として特に重要なのが、オウンドメディアだ。

「2010年代前半に一種のオウンドメディアブームがありました。当時の目的は顧客獲得で、マーケティングの一手段という位置付けが一般的でした。また、自分たちでコンテンツを制作し配信するには相当の工数とコストがかかります。大変さを実感するとともに、短期間で目に見える効果が出づらいことも分かりました。『すぐには売り上げにつながらない』『コンバージョン数を狙うならSNS広告の方が有利』といった社内の声もあり、次第にブームが下火になっていきました」

近年、オウンドメディアが見直されているのは、目的の幅の広がりと、効果を求める時間軸の変化があると林氏は考える。

「オウンドメディアを、広い意味でのコーポレートコミュニケーションの一環と捉える企業は着実に増えています。そうした企業は人事やIR、インターナルコミュニケーションなど幅広い効果に注目し、中長期的な視点で取り組んでいます」

このような変化を受けて、オウンドメディアの主要コンテンツとして、ジャーナリスティックな特集や動画などが目立つようになった。

「企業が発信するニュースがYahoo!のトップに入ることはほとんどありません。ブランドジャーナリズムの考え方に沿って良質な記事を載せても、PVを上げることは難しい。社内外から一定の評価を獲得するには、地道な努力を継続する必要があります。成功例として知られているのが、キリンが『note』で展開しているコンテンツです」

フォロワー数は1.5万人以上、多くは熱量の高いキリンファンだ。ブランドストーリーやビールづくり、人にフォーカスした記事などがジャーナリスティックな視点で毎回丁寧に編集されている。こうした質の高いコンテンツの数々がキリンファンの心をつかんで離さないのだ。

※note:クリエイターが文章や画像、音声、動画を投稿して、ユーザーがそのコンテンツを楽しんで応援できるメディアプラットフォーム

ブランドジャーナリズムに関わるプレイヤーと発信方法

図:ブランドジャーナリズムに関わるプレイヤーと発信方法

押さえるべきは「ファクトベース」「言行一致」「中立性」「読者第一」

これからブランドジャーナリズムの手法を取り入れようと考えている企業も多いはずだ。そうした企業に対して林氏は次のようにアドバイスする。

「全ての基本はファクトベースです。『自分たちに都合のいいように』と記事を加工しても、いつか読者に見破られます。また、言行一致も重要。発信したメッセージと、その会社の実際の行動に齟齬があれば、『言っていることとやっていることが違う』と受け止められ信用を失います。中立性に配慮した発信、読者または情報の受け手を第一に考える姿勢を心掛ける必要があります」

コストがかかるブランドジャーナリズムの活動について、経営層の理解を得るのは簡単ではないかもしれない。多くの経営者はKPIを求めており、その数値の変化を見て投資の正当性を評価したいと考えているはずだ。

「KPIの設計には工夫が必要です。PV数だけにフォーカスすると、タイトルや写真で煽る方向に向かう懸念があり、企業のブランドジャーナリズムとしてはあまり適切とはいえません。あくまでKPIの一例ですが、最近は『PV数×滞在時間』という"面積"を重視する企業やWebメディアが増えているようです」

ブランドジャーナリズムの取り組みで何を重視するか、どのようなKPIを採用するかは、企業のポリシーや戦略に関わるテーマだろう。そういった意味でも、まずは経営戦略として、ブランドジャーナリズムをどうブランド戦略に落とし込んでいくかが問われている。

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