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特別対談「変革に挑む」森川博之さん×足立正親

デジタル時代に対応した企業変革、すなわち「デジタルトランスフォーメーション(DX)」は、いまやビジネスシーンの合言葉となった。デジタル技術が社会にもたらす新たな可能性とはどういったものなのか。第一線で研究してきた東京大学の森川博之教授は、DXにおいてテクノロジーはあくまで「手段」にすぎず、そこから新しい価値を生み出すのは「人」だと語る。今、DXを実現するために求められるマインドセットや、組織の在り方とは?
その核心を、キヤノンマーケティングジャパン 代表取締役社長の足立正親と語り合った。

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  • 2021.09.01

特別対談「"変革"に挑む」
森川博之さん(東京大学大学院工学系研究科 教授)×足立正親(キヤノンマーケティングジャパン株式会社 代表取締役社長)

写真:森川博之さん 「現場とテクノロジーをつなげる存在が、これからのDXには極めて重要です」

足立

森川先生はかねてより、大手企業がDXのけん引役になるべきだと提言されています。弊社でも、DXを推進するため、新たな価値創造や事業創造に本腰を入れようとしているところです。意識改革はこれからといったところですが、本日はその際に大切にすべきことなどを、ぜひ伺っていきたいと思います。

森川

キヤノンマーケティングジャパングループという会社は、メーカーの販売会社でありながらSIer(システムインテグレーター)というところがユニークですね。対談のテーマであるDXの観点からも、とても特徴的だと思います。

足立

それはうれしいお言葉ですね。どのような点が強みになりますか。

森川

DXを実現するには、技術系や営業系といった枠を超えて、全ての人がデジタル人材としての意識を持つべきだと私は考えています。というのも、DXとは結局、「人間力」の勝負だからです。デジタル技術を活用して、顧客に新たな価値を提案するには、顧客がどんな問題を抱えていて、何がペイン(リスク、不安)になっているのかというところにグッと入り込まなくてはなりません。

そこでペインを発見したら、専門家であるエンジニアに伝え解決策を探る。このように「現場とテクノロジーをつなげる仲介役」の存在が、これからは極めて重要になってくると思います。

足立

非常に共感します。実は弊社グループが掲げる新たな長期経営構想の"ICTと人の力で社会課題を解決する"というビジョンでも「人の力」について語っています。

私自身、キヤノンITソリューションズで社長を務めていたころから、専門領域以外のこともできるSE人材の育成を目指してきました。単に技術に詳しいだけでなく、いかにその技術を使ってお客さまや社会の課題を解決するかという、発想力やひらめきを持った人材、少し変な言い方をしますが「歌って踊れるSE」のような存在がDXには不可欠だと感じています。

森川

「歌って踊れるSE」というのはいいですね!(笑)チームメンバーとして心強い。そして「ひらめき」のキーワードになるのが「多様性」ではないでしょうか。多様なバックグラウンドを持つ人々が集まることで、新たな視点が加わり「気付く」確率は格段に上がります。

足立

確かに、組織の多様性は重要だと思います。例えば素人目線で物事を考える人が入ってくると、周囲にも気付きが生まれますね。これまでは「IT語」で、阿吽(あうん)で話が通じていたところを、分からない人に簡単な言葉で説明しようとすると、自分でも意外と分かっていないことが見えてくるので、違ったアイデアも生まれやすいでしょう。

森川

グーグルなども、天才技術者集団というイメージがありますが、カスタマーサクセスチームでは、あえて技術に疎い人を採用しているそうです。分からないからこそ、お客さんに共感できるわけですね。この「共感」が、DXではとても重要だと思うのです。顧客の多くはこれからデジタル技術を導入しようとしているわけで、決してデジタルのエキスパートではありませんから。

足立

その点、営業のバックグラウンドを持つ人は、「どうすればお客さまが喜ぶかな。盛り上がるかな」と考える習慣があるのが強みといえるかもしれません。

森川

京セラの稲盛和夫さんがおっしゃるところの「利他」の精神ですね。それを実現しているのが、NTTドコモの「アグリガール」です。2014年に、社会課題を解決する視点をビジネスに取り入れる目的で立ち上がったプロジェクトで、法人営業を担当する女性社員が中心となった全社横断的なチームです。会社の人事とは関係のない自主的なチームで「誰でも加入でき、自由に脱退できる非公認組織」という点がユニークです。

取り組みの一例として、アグリガールはセンサーで牛の母体の体温を監視し、出産のタイミングを的確に予測するシステムを大分の企業を支援しながら構築し、繁殖期の畜産農家の労力負担を大幅に軽減することに成功しました。デジタル技術になじみのない農家の人々に寄り添い共感することで、新たな価値を創造し、ざっくりとした推計ですが50億円規模の市場をゼロからつくり上げたのです。

足立

素晴らしいですね。弊社グループでも、ネットワークカメラや画像解析技術、AIなどを活用し、農作物の生育状況を数値化して収穫量を予測するといったPoC(Proof of Concept/概念実証)を行っています。高精度な画像解析システムやデータの蓄積が可能なクラウドシステムにより、生育計測から収量予測に加え、遠隔地からでも現地の映像や解析結果を確認することができます。

現在、持続可能な農業の推進や食品ロスの削減などの重要性が強くうたわれる中、われわれが第一次産業のデジタル化に積極的に取り組むことで、もっと直接的に貢献できると考えており、これからもこうしたアプローチはどんどんやっていきたいと考えています。

森川

その際、忘れてはならないのは「ビジネス」と「利他」を両立させるという意識です。「利他」だけを追求するのではなく、利益を上げ、次の手を打てるようになって初めて、持続的な価値提供ができるわけですから。

足立

おっしゃる通りです。昨今、SDGsなどへの意識が高まっているのは素晴らしいことだと思うのですが、ともすれば「ビジネス」の観点が抜け落ちてしまうケースも見られますね。

森川

恐らく、その根底には「儲けることが悪い」というような意識があり、変えていかなくてはなりません。

一例を挙げれば、スイスにストロー型などの浄水器をつくっている会社があるのですが、この会社はアフリカの国々に浄水器を無償で提供しています。

ですが、これはボランティアではなくビジネスなのです。というのも、従来アフリカの人々は、泥水をろ過し飲水にするために木材を森林から伐採し炭にして使用していました。しかし、浄水器があればその必要がなくなります。森林伐採の削減で生じたCO2排出権の取引によって、浄水器を無償提供しても、この会社は利益を上げているのです。

足立

そういう発想ができれば、さらに多くの社会課題をビジネスによって解決できるようになりますね。

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    DX実現のカギを握るのは「海兵隊」のようなチーム

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