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特別対談「創像する力」田中憲史さん×坂田正弘

2019年、日本中でラグビー旋風が吹き荒れた。その日本代表の勇姿とともに、チームスローガンの「ONE TEAM」という言葉も、国民の心を捉えた。あらゆる物事が目まぐるしく変わりつつある今の時代を乗り切るには、個人プレーを超え、チームや組織が力を合わせることが不可欠だ。その極意を、日本代表で中心的役割を担った田中史朗選手と、キヤノンマーケティングジャパン代表取締役社長の坂田正弘が語り合う。

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  • 2020.03.01

特別対談「一つになる」
田中史朗さん(ラグビー選手)×坂田正弘(キヤノンマーケティングジャパン株式会社 代表取締役社長)

坂田

2019年の世界大会でのベスト8入り、あらためて、おめでとうございます。日本ラグビー界にとっては、エポックメーキングな年になりました。

田中

ありがとうございます。1年のうち246日を代表の選手やスタッフと共に過ごし、ハードワークを重ねた末に、チームとして最高の状態で本番を迎えることができました。勝利への強い想いが国民の皆さんにも伝わって、自分たちの想像を上回る熱狂が起きた。僕たちだけの「ONE TEAM」ではなく、日本全体が「ONE TEAM」になった成果としてのベスト8だと思っているので、皆さんには感謝しかありません。

坂田

私も実際に会場で観戦しましたが、日本代表の選手たちが全力で戦っている姿や、観客が一体となり応援するその雰囲気に胸が熱くなり、感動のあまり半泣きになりました(笑)。今回の快挙を受けて、日本のラグビーを取り巻く環境も大きく変わったのではないでしょうか。

田中

そうですね。グラウンドに足を運んでくださる方がすごく増えましたし、いろいろな場所で声を掛けていただくようになりました。何よりうれしいのは、公園でラグビーボールを持って遊ぶ子どもたちを見る機会が増えたことです。皆さんに日本のラグビーを認めてもらえたと実感できて、ありがたい限りです。

坂田

昨年は、日本全体としても大きな転機を迎えた年だったと思います。前向きな変化としては、春に改元がありました。一方で、増税や風水害といった、後々まで影響を引きずる出来事も重なりました。ビジネスの世界でも猛スピードでさまざまな変化が起きており、既存のやり方では生き残れないという閉塞感が漂っています。そんな激動の時代を乗り切るには、まさしく国全体が「ONE TEAM」として一致団結しなくてはならない。日本代表の活躍は、ちょうどそのタイミングで、私たちが一つになるきっかけをつくってくれました。そこに大きな意味があったと思います。

田中

なるほど。だからこそ「ONE TEAM」という言葉が、これほど広く浸透したのかもしれませんね。

自分が変われば、チームも変わる

写真:田中史朗さん

坂田

日本代表の「要」となった現在の田中選手を形作ったのには、どのような経験があったのでしょうか。

田中

一番の転機は、2011年の世界大会です。あの大会で、僕たちはふがいないことに何の結果も残せませんでした。肩を落として帰国すると、空港で待っていたのは数人の記者の方だけで、ファンの方は1人もいなかった。その時、このままでは日本のラグビーは終わると痛感したのです。同時に、自分自身がアクションを起こして、日本のラグビーを動かさなくてはならないと思いました。

坂田

なるほど、そしてニュージーランドに渡る決意をされた。非常に勇気のある決断でしたね。

田中

はい。(現・日本代表アタック担当コーチの)トニー・ブラウンから、ニュージーランドのオタゴ州でチャレンジしないかという話をもらいました。オタゴの代表として何試合かプレーした後、(現・日本代表ヘッドコーチの)ジェイミー・ジョセフが、ハイランダーズというスーパーラグビーのチームで一緒にやろうと言ってくれた。そこで初めてスーパーラグビーへの道が開けて、日本人でも世界で戦えることを、僕と堀江翔太選手の2人で証明できたのです。もし、あの時、僕がおじけづいて「僕でなくても、いずれ誰かが何かやるだろう」と考えていたら、何も変わらなかったかもしれません。もちろん、他の誰かが道を切り開いていた可能性もありますが、僕が行動を起こさなかった分、確率は低くなってしまう。やはり、自らチャレンジする気持ちは、いくつになっても持っているべきだと強く思います。

坂田

素晴らしいことですね。人任せにせず、自ら率先して行動するというモチベーションは、どこから湧いてくるのでしょう。

田中

僕は「人生は一度きり」という言葉を大切にしています。一度逃げたら、その後もずっと逃げ続けるだけの人生になってしまう。大学時代、ラグビー部の監督に、トレーニング法についてどうしても意見したいと思ったことがあったんです。それで、2階にある監督の部屋の前まで行ったのですが、おじけづいて一度1階まで降りてしまった。でも、ここで逃げたらこの先何も言えなくなると思って、自分の顔を左右2発ずつ殴って、もう一度階段を上がり、監督の部屋のドアをノックしたんです。あの瞬間、自分の中で何かが変わったのかもしれません。

坂田

『負けるぐらいなら、嫌われる』というタイトルの著書もあるように、田中選手は言いにくい意見を臆せずにチームへ伝えていく姿勢でも知られていますね。

田中

今も、キヤノンイーグルスの中ではどしどし意見をしています(笑)。その根本にあるのは、ラグビーが好きで、負けず嫌いだということ。意見を言ってチーム内で嫌われるよりも、試合に負けることの方が本当にイヤなんですよ。勝てばチーム全員が笑顔になりますし、ファンの方もキヤノンの社員も幸せになれる。それを思えば、僕一人が嫌われるぐらい、どうってことありません。

坂田

確かに、自分の意見をきちんと伝えるのは大切なことです。「ONE TEAM」になるためには、チームとしてのビジョンをメンバー全員に浸透させていくことも重要ですよね。

田中

一度きりの発信で、伝えたいことが一気に浸透することはありません。地道に1人ずつ、自分に賛同してくれる人を増やしていくしかない。そうすれば、1人が2人、2人が4人、4人が8人というように賛同者が増えていきます。

坂田

全員いっぺんに伝わるなら苦労はしませんね。社長のスピーチなんて、みんな聞いているふりをして、ちゃんと聞いてくれているかどうか分かりませんし(笑)。一人ひとり、個別に働き掛けていくのが近道なのかもしれません。

田中

ラグビーではチームに15人もいるので、全員が僕の考えに100%賛同することもあり得ません。でも、例えば僕の考えを、ヘッドコーチの考え方に寄せて語ったりすることで、少しずつ伝わる部分もあります。時間はかかりますが、諦めずにコミュニケーションを円熟させていった結果が、今回のベスト8という成果にもつながったのだと思います。

坂田

私が現場のチームを率いていたころは、自分が伝えたことをチームのメンバーが行動に移して成果に結び付いた時、「成果へのプロセス」を特に意識させるようにしました。そのやり方で成功体験をした人間が増えていけば、チームのベクトルは自然と合っていくし、ビジョンも固まっていく。とはいえ、そこまで到達するには、一朝一夕とはいかず、やはり時間がかかります。

田中

その通りだと思います。チームにビジョンを伝えるには、何より根気が必要ですね。

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