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トップ > 特集 特別対談「一つになる」田中史朗さん×坂田正弘 > P2
2019年、日本中でラグビー旋風が吹き荒れた。その日本代表の勇姿とともに、チームスローガンの「ONE TEAM」という言葉も、国民の心を捉えた。あらゆる物事が目まぐるしく変わりつつある今の時代を乗り切るには、個人プレーを超え、チームや組織が力を合わせることが不可欠だ。その極意を、日本代表で中心的役割を担った田中史朗選手と、キヤノンマーケティングジャパン代表取締役社長の坂田正弘が語り合う。
坂田
ニュージーランド時代、田中選手が現地のカルチャーから学んだことは何ですか。
田中
コミュニケーションの進化を感じたことです。日本人は恥ずかしがり屋ですし、上下関係が厳しいので、どうしても目下の人間が発言しにくい。それさえなければ、皆たくさんの意見を持っているので、もったいないなと思うことはよくあります。
坂田
とてもよく分かります。
田中
ニュージーランドでは、敬語がないのも大きかったですね。僕は、普及活動で日本の子どもたちにラグビーを教える時、「今日は敬語なしにしよう。敬語を使ったら罰ゲームだ」と言うんです。最初は子どもたちも恥ずかしがっているのですが、そのうち僕のことを「フミ」と呼んでくれるようになる。すると、その中でふっと良い意見が出てきたりするんですよ。
坂田
コミュニケーションの重要性を実感する面白いエピソードですね。
田中
昨年、日本代表が「ONE TEAM」になるに当たっても、ニュージーランドのメンタルヘルス専門家の意見に助けられました。彼の提案を取り入れて、LINEを使った「スモールグループ」でのコミュニケーションを始めたのです。チームの中にはリーダー格が8、9人いるのですが、それぞれの下に2、3人を配置したスモールグループをつくり、その中で戦術の確認も行うことにしました。すると、それ以前のチーム全員でLINEのやりとりをしていたころとは違い、会話を見ている人間が少ないので、誰もが自信を持って自分の意見を言えるようになったんです。それをグループのリーダーたちがしっかりとくみ取り、リーダー会議で話し合ってから、その意見をコーチに持っていくと、本当に厳選された意見がコーチに伝わるので、そこでまた実のある話し合いができるのです。
坂田
おっしゃるように、日本では目上の人間に対して、目下の人間がなかなか意見を言わない傾向にあります。ただ、実際は自分の考えに基づいて行動するので、言っていることとやっていることが食い違ってくる。つまり、皆がきちんと意見を出し合うことができなければ、「ONE TEAM」と言いながらも、実はそれぞれが違う方向を向いている状態になってしまいます。そういう意味では、先ほど田中選手がおっしゃったような、「チームのメンバーが意見を出しやすい環境」をつくることこそ、リーダーがやるべき最大の仕事だといえるのではないでしょうか。
田中
異論ありません。
坂田
私も課長代理になったころ、週に一度、勉強会を主催していました。毎週テーマを決めて、その回の担当者に調べてきたことを発表してもらい、皆でディスカッションするのです。すると、まず調べてきた本人が自信を持って話せるようになります。自分なりに時間をかけて調べ、しっかり理解できているテーマについて話すわけですからね。それを続けていると、意見を言うのが当たり前になり、ちょっとした局面でも発言できるようになる。ここまで来れば、コミュニケーションにはさほど苦労しなくなります。
田中
ニュージーランドでトニー・ブラウンとジェイミー・ジョセフがやっていたミーティングのスタイルと全く同じです! 彼らは特にシャイな人に、「君はこれとこれを発表してね」と言うんです。すると、その人は自分が完全に理解した状態で発表するので、メンバーも真剣に聞きますし、本人にも自信がつく。昨年の世界大会でも、このやり方でメンバー全員が、日本の目指すラグビーを理解できるようになりました。ビジネスもラグビーも、考え方は一緒なんですね。新たな発見で感動しました。
坂田
昨今は、各所で「ダイバーシティ」というキーワードが大きなテーマになっていますが、日本代表にも、さまざまなルーツを持つ方が集まっていますよね。
田中
リーチ・マイケルやトンプソン・ルークといった選手たちは、心身の疲れから日本代表を外れていた時期もありましたが、今回は「日本チームのために」ということで、戻ってきてくれました。外国人選手にも日本を思う「大和魂」が伝わったということは、ラグビーの歴史の中でも非常に大きな出来事だったと思います。
坂田
そんな多様な人たちを、「ONE TEAM」にまとめていくのは簡単ではありませんよね。
田中
そうですね。やはりここでもコミュニケーションが大事になってきます。お互いに、外国人は日本語を学び、日本人は英語を学ぶ。リーチ・マイケルはお母さんがフィジーの人ですし、南アフリカから来た選手もいます。「そっちの言葉も教えてよ」といった具合でさまざまな言葉に触れることで、お互いの文化を知ることができ、そこから話が広がっていくんです。
坂田
持って生まれたバックグラウンドが違っても、同じ言葉を交わすことで、一体感が得られるのですね。
田中
それでも日本人と外国人は、まだまだ言葉の壁があるので、日本人はもっと英語を学ぶべきですね。ラグビーの普及活動をするときも、子どもたちに「英語は絶対今からやっておいた方がいいよ」と言っています。英語を学べば友達も仲間も増えるし、そこから吸収できることも多いですから。