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トップ > 特集 特別対談「一つになる」田中史朗さん×坂田正弘 > P3
2019年、日本中でラグビー旋風が吹き荒れた。その日本代表の勇姿とともに、チームスローガンの「ONE TEAM」という言葉も、国民の心を捉えた。あらゆる物事が目まぐるしく変わりつつある今の時代を乗り切るには、個人プレーを超え、チームや組織が力を合わせることが不可欠だ。その極意を、日本代表で中心的役割を担った田中史朗選手と、キヤノンマーケティングジャパン代表取締役社長の坂田正弘が語り合う。
坂田
田中選手は、かねて「日本でラグビーを文化にしたい」と語っていますね。今の盛り上がりを未来につなげていくために、今後どのような活動を予定されていますか。
田中
プレーヤーとしては、いい試合をして、ファンの方々に最高のパフォーマンスを見ていただくことに尽きます。後は、トップリーグ全体での普及活動を強化していきたいですね。具体的には、子どもたちと触れ合う機会をもっと設けたい。
坂田
子どもたちがラグビーを好きになれば、親御さんたちもさらに興味を持つようになるでしょうね。そうなれば、グラウンドまで見にきてくれる方が倍々で増えていくのではないですか。
田中
そうなるといいですよね。あともう一つ、僕個人としてはラグビーのプロ化をこれまで以上に推進して、より世界で結果を出しやすい環境をつくってもらいたいと願っています。やはりどの競技でも、プロになってこそ世界のトップを目指せるようになるものです。選手たちがラグビーに100%コミットできる環境が整えば、日本代表もベスト8からベスト4、そして最終的には優勝という目標達成に、近づいていけるのではないかと思います。
坂田
その目標に向けて、今の日本選手に足りていない要素は何でしょう。
田中
まさに先日、(前・日本代表ヘッドコーチの)エディー・ジョーンズにメールして、キヤノンイーグルスというチームに何が足りないのかを質問したところです。すると、こう返ってきました。「自分たちの持ち味を全員が理解すること。それからハードワークだ」と。
坂田
ハードワークというのは、もっと体を鍛えなくてはならないということですね。
田中
エディーの言葉で印象に残っているのは、「海外の選手に100mダッシュを100本やれと言えば、全員が『アホか』と言う。一方、日本人選手は『アホか』と言いながらも、ちゃんと100本走り切る」と(笑)。多少、軍隊っぽい考え方でもあり、ノーと言えないことにはマイナス面もあるのですが、「しっかりやり切る」ことができるのは日本人の持ち味です。頭はすでに世界基準で動けていますから、しんどいことをやり切って、世界に近づくフィジカルを身に付けることで、キヤノンイーグルスも、日本代表も今よりもっと強くなれるということだと思います。
坂田
やはり日本人は、一つひとつ努力を積み上げていくことが得意なんですよね。一方、ビジネスの世界では「これからは、それだけでは勝てない」という焦りもあります。冒頭で、昨年は日本企業にとってもターニングポイントになったという話をしましたが、例えばアメリカではGAFA(※)のように、「モノ」を売ることから「コト」を扱うビジネスへのシフトが加速しており、日本でも今後、同様の動きがさらに強くなるでしょう。その中にあっては、これまでとは全く違った発想が必要になりますし、過去の実績を否定したり、今まで積み上げてきたものを壊してゼロから組み立て直したりする覚悟も持っておくべきです。これまでの成功体験にしがみついていてはいけないのです。
田中
ラグビーでも、これまで積み上げてきたものをひっくり返さなくてはならない局面はたくさんあります。それこそコーチが変わると、今までやってきたことを全て否定されます。ただ、こうしたマインドチェンジを繰り返してきたからこそ、昨年、初めてベスト8まで行けたのだという実感はあります。やはり、「否定する人」の存在は、本当に大事だと思いますね。
坂田
ぜひ、そのまま進化を繰り返していただきたいですね。私は大学ラグビーも好きで、試合のスケジュールが自分の年間カレンダーに刷り込まれています。そんな形でラグビーが、日本人の生活の一部になるような時代の到来を期待しています。そのためにも、田中選手にはぜひ、キヤノンイーグルスをもっと強くしていただきたいですね。先日もイーグルスの試合を観戦しました。その日の天候はみぞれで、選手の方々は大変だったでしょうが、気持ちのいい勝利に、寒さも忘れて「今日ここに来て本当に良かった」と感じました。強くあるほど、日本のラグビーは文化として根付いていくのだと思います。本日はありがとうございました。
※GAFA:アメリカを代表するIT企業のGoogle、Apple、Facebook、Amazonの4社の頭文字からなる略称