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ITのチカラ Vol.10 教育の「質的向上」に集中できる環境づくり

経済や情報のグローバル化、少子高齢社会の到来などにより、これからの社会を担う人材をどのように育てていくかが問われている。そのような中、教職員が教育に集中できる環境づくりや時代に合った新しい教育スタイルの確立・普及など、ITが果たすべき役割は大きい。教育の質的向上のために解決すべき課題や、期待される取り組みはどういったものなのか、東京学芸大学の高橋純さんに話を聞いた。

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  • 2018.09.01

[Vol.10] 教育の「質的向上」に集中できる環境づくり

教育現場改善のためにはデータの収集と分析による「見える化」が不可欠

写真:高橋純さん ITの活用で教員の業務負担を軽減し、学習環境の充実を図って「教育の質的向上」を目指すことが、日本の教育における喫緊の課題です。 東京学芸大学 教育学部
准教授
高橋純 さん
教育工学、教育方法学、教育の情報化に関する研究を行っている。中央教育審議会専門委員(初等中等教育分科会)。文部科学省の学校業務改善アドバイザー、学校におけるICT環境整備の在り方に関する有識者会議委員などを歴任。

――日本の教育が直面している全般的な課題はどのような点にあるでしょうか。

教育現場のIT化が少しずつ進んでいるのは確かですが、教育の質的向上を目指すためのベースとなる"データの収集"があまり進んでいない点を懸念しています。改善策を考える上では、まず現状を把握するためのデータの収集が必要です。データ収集と、その分析なくして、その先の考察はできません。

分かりやすい例を挙げましょう。例えば学校内での生徒の動きをリアルタイムに把握できている学校はどれくらいあるでしょうか。小・中学校では出欠を紙で管理することが前提のケースが多く、「遅刻しなかったかどうか」の確認のみで終わっているのではないでしょうか。

しかし、もし何時何分に登校したかまで生徒の動きを詳細かつリアルタイムにデータ化できれば、より正確に現状を把握し深く分析できます。生徒が不登校になる場合、登校時間が徐々に遅くなって遅刻が増えていくといった傾向があるため、そういった動きをいち早くつかみ、より早いタイミングで対処できる可能性もあるでしょう。今生徒が校舎のどこにいるのか、今保健室に何人いるのかといったデータを収集し現状を「見える化」できるだけでも、教職員の働き方は大きく変わると思います。

――学校業務におけるIT化の進み方についてはどう見ていますか。

財務会計システムや校務システムを導入している学校も数多くありますが、企業向けのシステムと比較すると一世代古いという印象です。例えば大学では、ICカードなどを使って学生の出欠を取るシステムがあっても、教員が出欠状況をリアルタイムで把握できないケースもあります。小・中学校や高校で導入されているシステムも、多くは紙の帳票への出力を目的とする程度のもので、一般企業と比べて遅れているといわざるを得ません。教員の業務負荷を軽減し、教育の質的向上に時間を割けるようにするためにも、迅速にIT化を推進すべきだと思います。

さらに例を挙げると、子どもが小学校に入学した時、保護者は子どもの通学ルートを手描きして書類で提出するよう求められることがいまだ多く、教員はそれを一枚ずつ確認する必要があります。もし保護者がWeb上の地図にルートを直接入力するシステムを導入し、それを教員が一覧できるようにすれば、保護者、教員共に負荷を軽減できます。この他、テストの採点も、簡単な知識や技能を問う問題は、自動で採点されるようにし、保護者もWeb上ですぐに成績を確認できるようにするといったことも、技術的には難しくないはずです。教員の負担が軽くなるだけでなく、一学期に一回受け取る成績表だけでしか子どもの成績を把握できないのに比べると、保護者の満足度も高まることが期待できます。

近年、教員は不審者対策や通常学級に在籍する特別な支援を必要とする生徒への指導などの対応を求められ、10年、20年前と比べて仕事量は増加しています。ITを活用して小さなアイデアを積み重ね、削れる業務をしっかり削っていくことが重要だと思います。

新学習指導要領では「ICT環境整備」のために予算措置も行われている

――教育そのものへのITの活用について、現状を教えてください。

新しい学習指導要領(※1)は、情報化やグローバル化など社会的変化が進む中、子どもたちが「未来の創り手となるために必要な資質や能力を確実に備えることのできる学校教育を実現すること」を軸としています。具体的な項目の一つが「主体的・対話的で深い学び」、いわゆるアクティブ・ラーニングの視点からの授業の改善です。そのために「ICTを活用した学習活動の充実を図る」旨が規定されており、ICT環境整備経費は地方交付税措置もされています。

また経済産業省は今年、「『未来の教室』とEdTech(エドテック)研究会」を設置しました。EdTechは、Education(教育)とTechnology(技術)を組み合わせた造語で、教育へのデジタル技術の活用や文理融合、教科横断型の学習などを指します。研究会設置は、「日本の産業や地方創生の未来を切り拓く人材育成を進める」のが目的です。

このような動きからいえるのは、教育現場のIT環境整備と活用は、今後の日本の教育にとって「大前提」であり、喫緊の課題だということです。

教育の「質的向上」が求められる中、教育の現場におけるIT活用の現状

画像:教育の「質的向上」が求められる中、教育の現場におけるIT活用の現状
  • ① 学習用ソフトウェア・コンテンツの購入予算の推移

    学校が学習用ソフトウエア・コンテンツを購入できる金額は、小学校では横ばいとなっているが、中学校では長期の減少傾向を示している(※2)
  • ② 統合型校務支援システム整備率

    小・中学校における成績処理や出欠管理、健康診断票、指導要録などを統合した校務支援システムの整備率は約5割。2017年3月31日現在(※3)
  • ③ 先進各国における教育用コンピューター整備率

    2014年3月時点で日本での教育用コンピューター1台当たりの生徒数は6.5人。これを上回る水準で整備している先進各国も多い(※4)
  • ④ 「余暇のためのICT利用」指標と「宿題のためのICT利用」指標の分布

    OECD(※5)各国での15歳児を対象にした「余暇のため」「宿題のため」のICT利用に関する調査結果の指標値を散布図に示すと、日本は他国に比べて「余暇のため」「宿題のため」共に学校外においてインターネットを利用する頻度が極めて少ない。座標軸の交点がOECD平均(※6)
  • ⑤ 学校教員の1週間の勤務時間

    日本の学校教員の勤務時間はOECD各国に比べて長いが、授業に充てる時間は短い。授業準備や事務業務の効率化など、業務負荷の軽減が課題(※4)
  • ⑥ 世界の大学ランキング2019

    調査会社の世界大学ランキングによると、国内1位の東京大学は世界ランキング23位。上位1,000校に選ばれた国内大学は44校、上位100校のうち国内大学は5校。同じく韓国も5校、中国は6校がランクインしアジアで最多(※7)
  • ⑦ 18歳人口と高等教育機関への進学率などの推移

    2016年の18歳人口は約120万人、高等教育機関の入学者数は約80%に達しているが、2030年の人口は約100万人、2040年に80万人になると推計されている(※8)
  • ※1 学習指導要領:文部科学省が定めている初等・中等教育の各学校で 教育課程(カリキュラム)を編成する際の基準
  • ※2 日本教育情報化振興会「教育用コンピュータ等に関するアンケート調査」(平成28年10月)
  • ※3 文部科学省「平成28年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果」(平成29年3月)
  • ※4 総務省「教育分野における先進的なICT利活用方策に関する調査研究」(平成27年3月)
  • ※5 Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構。自由な意見交換・情報交換を通じて、経済成長、貿易自由化、途上国支援に貢献することを目的とした国際機関。2018年7月現在の加盟国は35カ国
  • ※6 国立教育政策研究所「OECD生徒の学習到達度調査」(平成29年4月)
  • ※7 QS Quacquarelli Symonds「QS World University Rankings第15版」(2018年6月)
  • ※8 文部科学省「高等教育の将来構想に関する基礎データ」(平成29年4月)

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