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トップ > 特集 ビジネスの重要キーワードを読み解く マーケティングトレンド2022 > P3
新型コロナウイルス感染拡大の影響で「新しい生活様式」に対応していく年だった2021年。社会のトレンドや需要においては、大きな転換の年になったといえるだろう。では、2022年はどんなトレンドが予測され、どのようなマーケティングを行っていけばいいのか。ニューノーマル時代のトレンドキーワードと、それにまつわる先進事例、有識者へのインタビューから読み解いていく。
花王はマーケティングのDXを加速すべく、2021年1月、DX戦略推進センターを設立した。その一機能を担う「カスタマーサクセス部」では、デジタルを駆使したブランドコミュニケーションの深化を目指している。部長の鈴木直樹さんに部署開設の狙いや取り組み内容について聞いた。
日用品から化粧品まで、あらゆる生活消費財を扱う花王。製品ブランドの認知を高めるマスプロモーションを展開し、多くの自社製品を売り場に陳列することで、顧客が手に取りやすい機会を設け成長してきた。ところが、インターネットやスマートフォンが社会に浸透。近年は、顧客自らが情報の取捨選択を行うようになり、企業や製品の知名度だけを理由に購入するケースが減っている。
「こうした市場の変化に伴い、当社は高品質な製品を売り切るという従来型ビジネスモデルからの抜本的な見直しに取り組むようになりました」と、カスタマーサクセス部 部長の鈴木直樹さんは語る。
「例えば、企業からの一方的な情報発信だけでは、製品の価値が伝わりにくくなっています。なぜなら、お客さまが欲しいのは、製品の品質に加え、自分のニーズと合っているかを実感できる体験だからです。そこで、花王に関心を持っていただいたお客さまとのご縁(つながり)を資産と捉え、ご購入いただいてから始まる"お客さまとの関係性"に重点を置いたリテンションモデル※1への切り替えに着手しています。製品やサービスを通じて、継続的に良い体験をしていただくことでお客さまの満足度を高めます。事業としては一人ひとりのLTV(顧客生涯価値)を向上させていくのが目的です」
顧客とのつながりを大切に育むメリットは他にもある。例えば、顧客の要望に耳を傾けたり、顧客情報をデータ化し解析したりすることで、嗜好や行動の把握はもちろん、これまで顕在化しなかった悩みや課題、世の中のわずかな変化や予兆をつかむことも可能になる。
同社は、さまざまな情報を管理し生かすにはデジタル活用が必要だと考え、21年に事業活動のDXを先導する「DX戦略推進センター」を新設した。これは、リテンションモデルの要となるECビジネスおよびD2C※2を推進する組織である。その一部署として「カスタマーサクセス部」を設置。部内は、新たなデジタルツールを開発する「CXソリューション室」、顧客へのOne to Oneサポートを展開する「カスタマーリレーション室」、顧客データの解析をリードする「カスタマーアナリティクス室」という3つの機能組織で構成されている。
「カスタマーサクセス部では、開発や流通など他部門と密に連携し"お客さまが困っていることは何か"についての仮説を立てながら、日々蓄積される顧客データを解析しています。その結果を、お客さまとのコミュニケーションの改善策につなげていく役割を担っています。部門や部署を越えて横串やハブになることで、最終的には部署間連携を促す共創型の組織運営を目指しています」
同社がこうした転換に踏み切ったのは、コロナ禍で生活様式が一変し、対面接客の機会が減ったから。特に化粧品やスキンケア事業は、新たな顧客接点の創出が求められた。この課題の解決方法の一つとして、非接触型診断アプリに着目し、今までにないUX※3をつくり出した。
例えば21年9月に「ソフィーナ iP」は、顔写真を撮影するだけで肌のくすみをAIで測定するアプリ「くすみAIファインダー」をリリース。肌のくすみをスコア化することで、利用者が肌の状態に意識を向けるきっかけを提供した。肌への興味を促した後、一人ひとりの肌タイプに合わせたスキンケア方法やメイク術について専門家による提案が届く。"適切なアドバイスを受けた""新たな発見があった"などの良い体験が得られると、利用者の気分はアガる。
白髪染めの「ブローネ ルミエスト」は、AR(拡張現実)を用いて10のカラーから似合う髪色をシミュレーションできるサービスを展開。「無難な髪色を選びがちだったお客さまも、自信を持って好きなカラーを選べるようになったのではないでしょうか」と鈴木さんは話す。
※1 リテンションモデル:顧客に継続的に経験やサービスを提供するビジネスモデル
※2 D2C:「Direct to Consumer」の略で、製造者が自社のECサイトなどを通じて消費者とダイレクトに取引をするビジネスモデル
※3 UX:「User eXperience」の略で、顧客が製品やサービスを通じて得られる体験。または、その体験を改善し、提供した製品やサービスを向上させることを目的とする活動
かつて同社は製品の市場シェアや認知度といった指標を基に、売り方などを決める傾向にあった。しかし現在では、クチコミや他者への推奨度といった個人の意思が売り上げや収益に影響を及ぼすこともあり、大小のさまざまな指標に目を向け、そこから導き出される顧客の動向から戦略を立てようとしている。
「製品ごとに購入層は異なり、満足度を高める方法も違います。それくらいお客さまの価値観が多様化しており、製品それぞれに求められる価値も個別化しています。そういった中で、製品購入に至った要因、使い続ける動機、ファンになるキッカケなどを明確にするためには、お客さまの行動や嗜好をデジタルデータを用いて定量的に示すことが重要になります。その一環で、顧客ロイヤルティーを測る指標の一つとして、NPS※4に着目しています。例えば、購買データとNPSを掛け合わせることで、単純な購買量や頻度だけでなく、推奨者ならではの行動パターン、その属性の特徴、製品の評価ポイントなどが見えてくるため、大変参考になりますし興味深いです」
こうしたマーケティング施策を通じて得られた定量的なデータに加え、SNSをはじめコールセンターや会員コミュニティーに集まる声など、定性的なデータの収集も行っている。この両方のデータがそろって初めて、顧客を正しく知ることにつながると考えているからだ。
「部署設立から2年目の今年は、より効果的な顧客体験の創出をカタチにし、事業貢献へつなげていきたいですね」
※4 NPS:アンケートベースで顧客がイメージする企業やブランドに対するロイヤルティーを算出する指標
2つのモデルは、「力点」「提供価値」「KPI」「KGI」の点で、おのおのの重視する指標が異なる。顧客の多様性が顕在化する今日では、両軸の連携が重要になる
* 写真提供は花王