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トップ > 特集 ビジネスの重要キーワードを読み解く マーケティングトレンド2022 > P5
新型コロナウイルス感染拡大の影響で「新しい生活様式」に対応していく年だった2021年。社会のトレンドや需要においては、大きな転換の年になったといえるだろう。では、2022年はどんなトレンドが予測され、どのようなマーケティングを行っていけばいいのか。ニューノーマル時代のトレンドキーワードと、それにまつわる先進事例、有識者へのインタビューから読み解いていく。
新しいビジネスの在り方・手法が拡大していくと、新たなセキュリティ対策も併せて講じていく必要がある。そこで注目されるのが「ゼロトラストネットワーク」だ。国立情報学研究所 教授の佐藤一郎さんは、ゼロトラストネットワークはセキュリティ技術の向上にとどまらず、企業の組織形態や人々の働き方の変革にもつながると解説する。
2000年代以降、インターネット環境が整備されクラウドなどITが進化したことで、業務アプリケーションやデータの一部をクラウド上に置く企業が増えてきた。現在は、クラウド上にあるリソースに外部からアクセスするには、VPN※を介することが一般的だが、その弊害として認証サーバの過負荷、認証システムのライセンス制限など、むしろVPNがボトルネックやセキュリティホールになるという問題も浮上している。
「そもそもVPNを中心とした従来のセキュリティ対策は、ネットワークの内と外を明確にして攻撃を遮断する境界型防御という発想で行われてきました。しかし防御壁を破る技術も進化しています。例えば標的型攻撃が増加すると境界型防御の意味がなくなります」と佐藤さんは指摘する。
防御と攻撃の関係を中世の城壁都市の変遷になぞらえてイメージすると分かりやすい。堅固な城壁によって守られた都市は、トロイアの木馬のような城壁内部からの攻撃に弱く、航空機の前では意味を失った。また、都市に着眼すると、城壁の外側に暮らす人が増え市場ができるなど、都市の機能そのものが拡大してきた。これは、企業の活動範囲が急速に広がっている状況と酷似している。
つまり、セキュリティにおいても境界型防御という城壁発想から脱した新たな管理技術が求められており、その一つが「ゼロトラストネットワーク」なのだ。
従来の境界型防御が、社内ネットワークにアクセスできる人を盲目的に信じる性善説に立つのに対して、ゼロトラストネットワークはいわば性悪説。ネットワーク内の全てのシステムが信頼できないことを前提にしている。誰が・いつ・どの端末から・どのネットワークにアクセスしているのかを毎回検証し、全てのアクセスをログ化して管理するのが特徴だ。
「ゼロトラストネットワークは、個人を識別するアイデンティティ管理(例えば社員や学生のID管理など)とシステムやファイルなどへのアクセス制御を一体のものと考えます。ただし、現状ではベンダーによって、ゼロトラストネットワークの定義はまちまち。その技術も実は難易度・複雑性が高く、管理が不十分だと新たなセキュリティホールを生み出すリスクもあります。そのためVPNの代替策として安易に導入することは避けるべきです」と佐藤さんは語る。
むしろ、ゼロトラストネットワークを導入する意義は「セキュリティ以外の新たな付加価値にある」と提言する。
「ゼロトラストネットワークに欠かせないアイデンティティ管理が進めば、第一段階では部署間での多様なデータの共有が容易になります。第二段階では同一のグループ企業内でのデータ共有、第三段階では複数の企業で進めるプロジェクトでの企業同士のデータ共有が可能になります。プロジェクトベースでの共創案件が増え、企業同士の関係性がフラットになれば、組織形態や人々の働き方も変わっていきます」
これからのビジネスは企業の枠を超えた関わりの中で新たな解決方法が生み出される時代。時にはサービスを利用する側との共創も必要になる。「多様なステークホルダーごとにアイデンティティ管理がされ、アクセス制御を実現するプラットフォーム」として、ゼロトラストネットワークは今後さらに発展していくだろう。
※ VPN:企業ごとに構築した仮想の専用ネットワークで、特定の人のみが利用できる
中世以降の都市の拡大と同じように、企業の事業や業務の領域も広がっている。組織を超えたプロジェクトが増える現在、それを実現する新たなセキュリティのカタチが求められている
本書は、特集「マーケティングトレンド2022」のキーワードとして取り上げた「カスタマーサクセス」に関する書籍。カスタマーサクセスが急速に重要視されるようになった背景について、セールスフォース・ドットコムをはじめとする先進企業の例を基に解説。カスタマーサクセスの実践に役立つ10原則をまとめている。
サブスクリプション(以下、サブスク)型ビジネスには、顧客が満足するサービスでなければ、すぐに解約されるというリスクがある。カスタマーサクセスは顧客の要望を先回りして満たすことで、そのリスクを減らす理念や手段、組織の総称だ。今ではサブスク型ビジネスを展開していない企業からも広く注目を集める。
カスタマーサクセスは、カスタマーサポートと混同されやすい。カスタマーサポートは、顧客が課題を提示したタイミングで迅速に解決することを目指す。それに対しカスタマーサクセスは、データ分析により先回りして顧客にアプローチし課題を解決することで、LTV(顧客生涯価値)の最大化を目指すというものだ。
業界やビジネスの規模によって、カスタマーサクセス実践のポイントは多様だが、本書はそれを10の原則に体系化している。各原則は「正しい顧客に販売しよう」「顧客が期待しているのは大成功だ」といった分かりやすい言葉を軸に解説されており、興味がある原則から読むことができる。
これら原則を読んで感じるのは、ベンダー(売り手)と顧客との連携が一段と問われる時代にわれわれがいるということである。2つ目の原則「顧客とベンダーは何もしなければ離れる」の冒頭では、顧客とベンダーの関係を、湖の真ん中で並んだ2艘のボートにたとえ、何もしなければ離れると指摘。この2艘のボートを積極的に連携させるためにカスタマーサクセスが生まれたと説明するところは印象的だ。
顧客とベンダーとの関係強化はサブスク型ビジネスを展開していない企業も押さえるべきポイントであり、幅広いビジネスパーソンの参考になる部分が多い。
本書は、カスタマーサクセス関連のソフトウエアやコンサルティングを提供する企業の関係者が主に執筆している。多様な著者が持つ実践的なノウハウが集約された力作であるといえる。
(評・日経BP総合研究所 上席研究員 干場一彦)