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「アイデア」と「思い」が新しい可能性を切り開く よみがえる地方

「地方創生」が日本全体の課題となってから数年がたつ。次第に明らかになってきたのは、「地方」とひと口に言っても、その内実は極めて多様であるということだ。人口減や産業の衰退といった課題は同じでも、それぞれの地域には独自の歴史があり、特有の文化がある。その地域の個性に合った方法でなければ、その地方が創生することはないだろう。各地の独創的な取り組みの中に、地方をよみがえらせるヒントを探る。

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  • 2016.06.01

「アイデア」と「思い」が新しい可能性を切り開く
よみがえる地方

職人の日常の仕事を唯一無二の観光資源に燕三条 工場こうばの祭典

写真:山田立さん 今年度の実行委員長を務める玉川堂の山田立さん。持ち前のリーダーシップで、行政と民間の若手混成チームを引っ張る

現在の新潟県三条市と燕市の一帯で金属加工業が始まったのは江戸時代のことである。農業の傍ら和釘を作ることが奨励され、それが次第に農具、大工道具、刃物などへと広がっていった。現在、燕三条地域で金属加工を手掛ける工場の数は4000に上る。

しかし近年では、金属加工の市場自体が縮小しつつあり、海外に移転したり、閉鎖したりする工場も少なくないという。江戸時代から続くものづくりの伝統をいかに継承していくか──。そんな問題意識の下で2013年にスタートしたのが「燕三条 工場の祭典」だった。それ以前にも「越後三条鍛冶祭り」というイベントはあったが、「祭典」が画期的だったのは、「ものづくりの現場を誰でも見ることができる」というこれまでにないコンセプトを掲げたことだった。

「燕三条では、金属加工でできないことはない、と言っても過言ではありません。最終製品だけでなく、部品作りや、研ぎ、塗装といった工程を手掛けている職人もたくさんいます。しかしこれまでは、その優れた技術が人の目に付くことはありませんでした。それをお見せするだけでも大いに意味があるのではないか。そんな発想から“工場を開く”というコンセプトが生まれました」

炎を表すピンクと金属を表すシルバーが工場の祭典のイメージカラー。黒と黄色のトラ柄が「立ち入り禁止」を意味するのに対し、ピンクとシルバーで「歓迎」の意を表現している(photo:Ooki Jingu)

そう話すのは、今年度の祭典実行委員長を務める山田立(りつ)さんだ。山田さんは、金鎚で銅を成形する鎚起銅器の老舗・玉川堂(ぎょくせんどう)の番頭でもある。

ルーティンの仕事の中にこそ、外部の人たちにアピールできる最高の価値がある。これは大きな発見だった。通常、製品の作り手と使い手は、最終製品を介してのみ交わる関係にある。しかし、製品の背後にいる職人の姿や作業場の雰囲気を見せれば、その製品の魅力をより深く理解してもらうことができるはずだ。

職人たちは、日頃のありのままの働く姿を見せるだけでいい。「普段の仕事」が観光資源となり、ブランドとなる──。それこそが、江戸時代から続くものづくりの地域、燕三条の強みだった。

初年度の祭典に参加した工場数は54件。5日間の日程で1工場当たり200人近い見学者が訪れた。2年目からは、燕市の行政も祭典に加わった。3年目となる昨年の参加工場数は68件に上り、1工場当たりの見学者は280人まで増えた。見学者の4割は新潟県外から訪れた人たちだったという。

  • 夜の工場でレセプションパーティーを開催し、訪問客と職人がリラックスしてコミュニケーションできる機会をつくっている(photo:Ooki Jingu)
  • パーティー会場の外観。工場の外壁に、プロジェクターでイメージカラーを投影し、雰囲気を盛り上げる(photo:Ooki Jingu)
  • オリジナルのガイドブックを販売するスタッフ。昨年から1部300円で販売するようになった。売り上げはイベントの財源となる(photo:Ooki Jingu)
見学者に熱心に説明するスタッフ。祭典開催中は、スタッフも職人もイメージカラーのTシャツを着用する(photo:Ooki Jingu)

「地場製品には、包丁や鍋など、食に関わるものが多いんです。そこで、3年目以降は食もテーマに加え、昼は工場見学、夜は温泉で地元の食事やお酒を楽しんでいただくという企画を立てました」

4年目となる今年は、「耕場の祭典」と題して、米・野菜・果樹などの農場の見学も新たに加える予定だ。

「工場の祭典」の最終的な目標は、この土地で生産する製品の販売が伸びることだが、山田さんは、その数字的な目標を前面に掲げたくはないと言う。

「私は、工場サイドの意識改革という側面が大変重要であると考えています。普段は人目に付かない所で黙々と働いている職人が、自分の仕事の先にいるエンドユーザーの存在を意識するようになったり、見学に来るお客さまへのおもてなしの心を育てたりする。それが仕事や製品の質をさらに向上させることになると思うからです」

一方、ここで働きたいと考える人が長期的に見て増えることに期待したいと話すのは、三条市役所経済部商工課主任の澁谷一真さんだ。

ピンクの斜めストライプTシャツを着て仕事をする職人。作業の内容自体は普段とまったく変わらない(photo:Ooki Jingu)

「地方に定住者を呼び込むためには、仕事が必要です。しかし、燕三条は現状では決して賃金の高い地域ではありません。ここで作る製品が評価を受け、正当な価格となれば、賃金を上げることも可能になるでしょう。そうすれば、工場で働きたいという若者が増え、ものづくりの伝統を未来に受け継いでいくことができるのではないか。そう考えています」

燕三条が「国際観光産業都市」となり、国内外の多くの人々がこの地域を訪れ、日本の町工場の技術力をその目で見て帰っていく──。実行委員のメンバーたちは、そんなイメージを心に描く。

「まずは10年続けること。それが今の私たちの目標です」

山田さんはそう言って目を輝かせた。

  • 玉川堂の鎚起銅器

    1816年創業。1枚の銅板をたたいて成形する鎚起銅器で全国的に知られる老舗。長年使い続けることで味わいを増す銅器は、燕三条を代表するブランドとなっている。東京・青山にもショップを構える(photo:Ooki Jingu)
  • タダフサの包丁

    戦後まもなく創業し、小刀、鎌、包丁などの刃物類を作ってきたタダフサ。現在は、包丁メーカーとして高い評価を得ており、「庖丁工房タダフサ」のブランド名で多くのユーザーに愛されている(photo:Ooki Jingu)
  • マルナオの高級箸

    千枚通しや墨壺などの道具作りを長年手掛けてきた三条市の工場。仏壇彫刻の技術を生かした高級箸は世界中から注文が来る。黒檀のスプーンなど食に関わる道具や、万年筆などの文房具も作っている
  • 諏訪田製作所の爪切り

    1926年の創業以来、さまざまな刃物類を手掛けてきた諏訪田製作所。最近では、洗練されたデザインのニッパー型高級爪切りが、国内だけでなく海外でも広く人気を集めている(photo:Ooki Jingu)
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