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トップ > 特集 DX実現へのカギを探る > P3
デジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組むことの重要性への理解は深まっているが、戦略にまで落とし込めている企業はまだまだ多くない。どうすれば単なるデジタル化、業務効率化にとどまらない真のDXを実現できるのか。企業規模や業種により課題はさまざまだが、共通していえるのは、DXの本質を理解し全社で変革に取り組まなければ、道はひらかれない。そして、そこには"人"のチカラが不可欠だということだ。変革し続けるためのポイントについて、先進企業やキーパーソンに詳しく聞いた。
生活協同組合コープさっぽろ(以下、コープさっぽろ)は、2020年の初めからDXの取り組みを本格化させている。「Slack」などのツール活用により、コミュニケーション効率は大幅にアップ。現場での大小さまざまな成功事例も生まれている。これまでの取り組みについて、執行役員・最高デジタル責任者(CDO)であり、デジタル推進本部長を務める対馬慶貞さんに聞いた。
北海道全域で189万人以上の組合員に向けて店舗事業や宅配事業、共済事業などを展開するコープさっぽろ。職員数は約1.5万人(子会社を含む)になる。
コープさっぽろのDXが本格化したのは2020年2月。デジタル推進本部が発足し、対馬さんがリーダーになった。当時の課題についてこう語る。
「私たちは扱っている商品やサービスに関してはプロだと自負しています。例えば、リンゴ1個とっても、組合員により良いモノをできるだけ安くお届けしたいという思いで日々取り組んでいます。一方、それらを提供するシステムは利用しやすいとは言い難いもので、積極的な改善もなされていませんでした。リンゴもシステムも結局は同じ経営資産ですが、システムの優先度は低かったですね」
消費者の日常とコープさっぽろの職場とで、デジタル活用の状況に大きなギャップがあるのも課題だったという。
「多くの人がスマートフォンを使いこなし、あらゆるサービスをシームレスに利用している一方で、ビジネスの現場ではまだまだアナログな作業が残っていました。われわれとしては、このようなギャップは改善すべき課題でした」
こだわり抜いた商品やサービスを、組合員により快適に利用してもらうためにはどうすべきか。そこで考えたのは、職場にデジタル化を浸透させ、各部門でのシステム内製化を促す、という方法だ。
「以前は、各現場の要求をシステム部が聞き、ITベンダーと調整し、発注するという流れでシステムを開発していました。これでは、どうしても調整の手間や時間が多く発生してしまいます。システム部のメンバー数十人がデジタル化を担当するより、現場の担当者、最終的には職員全員で各現場のDXに取り組む方がスピードは数百倍にもなります」。さらに対馬さんはこう続ける。
「システムを現場で内製化した場合、ある部署からシステムが使いにくいというオーダーがあれば、その改善も現場でできるようになります。そうすれば、スピードアップだけでなく、より現場のニーズに合った変革ができると考えました」
DXを目指しながらも、現場の説得に苦労している企業は少なくないだろう。現場の言い分は「なぜ変える必要があるのか」だろうか。コープさっぽろでも事情は同じだったという。
「チェーンストアのマインドとしては、基本的に『変化は悪』です。何かを変えようとすると、現場への徹底は大変です。コープさっぽろではそれを100以上の店舗で実行する必要があり、大きな負荷がかかります」
そのような組織文化の中、どうDXを推進していくのか。対馬さんが意識しているのは、なぜDXが必要なのかを分かりやすく丁寧に、そして効果的に情報発信することだ。
「例えば、分かりやすい情報発信という点では、システムの専門用語はできる限り使用せず、職員全員が理解できる言葉でデジタル化の浸透を図っています」
さらに、デジタル推進本部内に広報部をつくり、情報発信力を強化した。まず組織改革をすることで、職員に「本気で変わるぞ」という強いメッセージを伝えることができる。そしてデジタル推進担当と広報担当の連携により細やかな情報発信と勉強会が実施でき、現場の真のニーズに応える施策を打つことができるようになった。
ではどういった勉強会を実施しているのか。コープさっぽろでは、コミュニケーションの円滑化や効率化の推進も重要視しており、コミュニケーションインフラの再構築、情報共有や会議などの業務プロセスの改善にも取り組んでいる。そのため、「Slack」や「Google Workspace」といった新たなツールの勉強会を実施し、積極的な活用を推進している。
「各現場で勉強会を続け、社内浸透を進めてきました。例えば、商品に何かのトラブルがあった場合、今までは店舗から商品部に電話が殺到し、商品部の担当者はどの電話の相手にも同じことを説明する必要がありました。しかし現在は、『Slack』に投稿するだけで全ての店舗がその情報を見て素早く適切な対応ができるようになりました」
また「Slack」の活用で会議時間も大幅に短縮されたという。報告者が事前に資料共有することで会議での説明時間が減り、質の高い議論ができるようになった。情報共有基盤ができたことで、業務効率化にとどまらず生産性向上も実現している。
本気でDX実現を目指すならば、現場だけでなく、経営層への理解促進と密なコミュニケーションも不可欠だ。
「以前は専門用語をちりばめた資料をつくって説明していましたが、それでは経営層の理解は深まらないことに気付きました。今は投資対効果やビジネスインパクトについても語りながら、分かりやすい言葉で丁寧に説明するようにしています」
次のステップとしては、成功事例を社内に伝えていくことだと対馬さんは話す。
「どこかの部署で成功体験があれば『ウチの部署でも』という要望が出てきます。そこで、店舗や部署での成功事例の発表会などを開いて、多くの職員にデジタル活用のメリットや身近さ、組合員への貢献度を実感してもらうようにしています」
この1年間で実行した数々の取り組みの成果を受けて、職員のマインドもチャレンジに前向きなものへと着実に変化しつつあり、これからはさらに勢いとスピードを増し実行されていくだろう。その先に見すえるのは、現場に立つ約1.5万人がそれぞれの工夫とデジタル活用により、"組合員のより豊かな暮らし"を実現するためのサービスや店舗づくりのさらなる充実を進めていくことだ。コープさっぽろはその全面展開に向けて確実に歩みを早めている。