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トップ > 特集 人とテクノロジーが支え合う AIが活躍する時代 > P1
社会や産業のさまざまな分野でAI(人工知能)の本格的な活用が進んでいる。この画期的なテクノロジーへの期待が高まる一方、危惧の念も依然しばしばささやかれる。
AIによって何が可能になるのか。AIの進化が進んだ後も人間固有の営みとして残っていくものは何なのか──。AIの最前線で活躍するキーパーソンとAI実用の最新事例の取材を通じて、AIが持つ力の本質を探る!
松原 仁さん
人工知能学会前会長、公立はこだて未来大学システム情報科学部教授
社会のさまざまな領域で本格的に活躍し始めたAI(人工知能)。なぜ、AIは急速に実用化されるようになったのか。マーケティングの世界では、AIはどのように力を発揮していくのだろうか。
40年近くにわたってAI研究に従事してきた人工知能学会前会長の松原 仁さんに話を聞いた。
私がAIの研究を始めたのは、1970年代後半です。その当時、AIは「手を出してはいけないテーマ」でした。どれだけ研究しても、実りを得られない不毛な分野と考えられていたからです。すでにそのころからAIが自ら学習するディープラーニング(深層学習)の元になった概念はありましたが、技術的には到底、実現不可能であると思われていました。
それから40年近くたって最も変化したのは、データの量とコンピューターの性能です。インターネットが普及し、IoTなどのテクノロジーが発達することで、膨大な量のデータを得ることが可能になりました。また、そのデータを比較的短時間で解析できるコンピューターも普及しました。AIとは、詰まるところ「データからさまざまな傾向を読み取り、学習するテクノロジー」ですから、ビッグデータと高速コンピューターの組み合わせがあれば力を発揮できるのです。ここに来てようやく、AIは夢物語ではなくなったのです。
マーケティングでは、市場データやアンケート結果などを基に、消費者のニーズと、商品とのより良いマッチングを目指して戦略を考えることがあります。これまでは、少ないデータから人間が"勘"を働かせて行うことが多かったマーケティングの世界。マーケティングの経験を長く積んだ人の中には、優れた"勘"を備えた人がいます。しかし、それはその人だけが持っている一種の「暗黙知」にしかすぎませんでした。
AIがマーケティングの領域に導入されると、膨大なデータから購買行動や、その傾向、顧客のニーズまでも読み取り、それを基に戦略を立てられるようになります。また、AIが導き出した結果は誰にでも使える「形式知」です。つまり、人の勘や経験に依存せず、属人化することのない精緻なマーケティング戦略作りが可能になるということです。
一方、AIが活躍するようになったとしても、人間が担わなければならない領域はしばらくの間は残ると考えられます。その一つが、「何が消費者の購買行動に影響するか」という「変化要因を選択する」ことです。商品やサービスの売れ行きを左右する要因はたくさんあります。価格、競合の動向、店舗設計、経済情勢、流行、天気、ニュース──。他にも、人間の無意識に作用している要素がたくさんあるでしょう。そのうちのどの要因が戦略を立てるために必要なデータと考え、AIにインプットさせるか。その選択をする人が、重要な役割を担ってきます。
もう一つは、そうやって導き出された戦略の根拠を「説明する」役割です。現在のAIには、学習し、分析する能力はあっても、その結果を説明する能力はありません。AIが導き出した結果に意味付けをしたり、解釈をしたりすることができるのは、現在のところ人間だけです。
例えば、AIを使って立案したマーケティングのプランを上司にプレゼンしたり、パートナー企業と共有したりする場合、必ず「なぜこのプランなのか」を説明して、納得感を醸成しなければなりません。「AIが導き出したから」という説明だけでは、そのプランは決して採用されないでしょう。
今後、マーケティングの分野では、AIを活用した一種の将来予測も実現すると考えられます。例えば、それまでの一個人の歩みやライフスタイルなどを分析し、将来的にその人の幸せな人生に寄与する商品やサービスをAIが提案する、といった機能です。
しかし、将来を予測してくれるといっても、AIは「神」ではありません。人間のさまざまな活動をサポートしてくれる、あくまで「便利なツール」なのです。そのツールをどう使うか、あるいは導き出した結果をどう捉えるか。それを決めるのはあくまでも人間です。今後、どれだけAIが進化するとしても、人間とAIのその本質的な関係に変わりはない。そう私は考えています。
AI(人工知能)の発展