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トップ > 特集 人とテクノロジーが支え合う AIが活躍する時代 > P2
社会や産業のさまざまな分野でAI(人工知能)の本格的な活用が進んでいる。この画期的なテクノロジーへの期待が高まる一方、危惧の念も依然しばしばささやかれる。
AIによって何が可能になるのか。AIの進化が進んだ後も人間固有の営みとして残っていくものは何なのか──。AIの最前線で活躍するキーパーソンとAI実用の最新事例の取材を通じて、AIが持つ力の本質を探る!
宮野 悟さん
東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長
医療の進歩は、人類が有史以来積み重ねてきた人智によってもたらされているものだ。しかし、その「積み重ね」が増えれば増えるほど、それを適切に活用することは難しくなっていく。
人智という資産をいかに医療行為に生かしていくか──。そこで力を発揮しているのがAIである。
「私たちのゲノム(遺伝情報)は、30億文字の情報から成っています。がんは、このゲノムの変異によって起こる病気です。以前は、ゲノムの異常を発見する際には、DNAの情報を一つひとつ読み取っていかなければなりませんでした。2007年ごろに次世代シーケンサー※という装置が発明されて初めて、一気に情報を読み取れるようになりました」
そう説明するのは、東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長の宮野 悟さんだ。しかし、次世代シーケンサーから出てくるデータはあまりに膨大だった。
「ひと一人のがんの全ゲノムを解読するためには、例えて言えば、正常細胞のゲノム30億文字が印刷された文書(DNA)30部と、同じく30億文字が印刷されたがん細胞の文書40部の情報が必要です。それらを次世代シーケンサーによって100文字ほどの長さで出力します。この時、出力される紙は、シュレッダーにかけた紙断片のような状態です。もちろん、これをそのまま使うことはできません。スーパーコンピューターを使って断片の山を解析することで、ゲノムの変異を見つけ出すのです」
しかし、そこで見つけ出されるゲノムの変異もまた膨大である。数百から、多い場合は数百万という規模で見つかる変異をいかに「解釈」し、そこからどのように治療法を「推論」するか──。そこで宮野さんが目を付けたのが、IBMが開発した「ワトソン」だった。
学習によって自動的な質疑応答が可能になるワトソン。このワトソンが持つ「読む」「理解する」「推論する」という能力を使おうと宮野さんは考えたのだ。
これまで電子化された医学や生物学の論文は2600万本に及ぶ。この数は日々増え続けていて、最先端の研究が進むがんの分野では、昨年1年間で新たに20万本超の論文が発表されている。これらに加え、薬剤の特許情報は1500万件を超える。これをワトソンに読ませ、理解させるのだ。そして、臓器の種類とスーパーコンピューターが解析したゲノムの変異情報などを読ませる。それにより、がんの原因と治療法を推論させる。それが宮野さんの狙いだった。その狙いは見事に的を射て、今では最短5日間で推論結果を導くことが可能になったという。
「がん医療は、今やビッグデータとの格闘です。その格闘のためにAIを武器として活用したわけです」
しかし、ワトソンが導き出すのはあくまで「推論」であって、必ずしも「正解」ではない。患者に向かい合う臨床医が下した診断結果が一方にあり、その一方でワトソンが根拠と共に提示した結果がある。結果に違いがある場合は、医師の判断で治療方針を変更することもある。実際にそうして治療効果が出て症状が良好になった例も多いが、治療方針を最終的に決めるのは、あくまでも現場の医師だ。
AIは「Artificial Intelligence」の頭文字を取ったものだが、宮野さんは、むしろ「Augmented Intelligence」、つまり「増強された知能」の頭文字と考えるべきだと話す。
「専門医や研究者の仕事を代替するものではなく、学習や推論の機能によって、今まで人が蓄積してきた医学の人智を増強するもの。それがAIです。データがなければAIは完全に無能ですが、過去の膨大なデータを学習させてやれば、人の行為を的確にサポートしてくれます」
人とAIのコラボレーションが、がん治療を大きく変えようとしている。
AI × 医療