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トップ > 特集 注目のキーワードから次の一手を読み解く! マーケティングトレンド2021 > P1
新型コロナウイルス感染症の影響で、社会のトレンドや消費者の価値観が大きく変化した2020年。いまだに不確実な情勢は続くが、2021年はどのようなトレンドが予測され、それに対してどのようなマーケティングを行っていくべきなのか。次の一手も見据えつつ、注目のキーワードとそれにまつわる先進事例、有識者へのインタビューを通じて読み解いていく。
新型コロナウイルス感染症が拡大し、ひたすら我慢の1年だった2020年。明けて2021年は、少しずつ社会が上向きになることが期待されている。その中で、マーケティングのトレンドはどのように変わり、マーケターは顧客とどう向き合っていくべきか。日経クロストレンド 副編集長の佐藤央明さんに聞いた。
2020年、新型コロナウイルス感染症が拡大する中で、マーケットでは三つの大きな転換が起きました。この動きは今後さらに加速していくと考えています。
一つは「コミュニケーションのデジタル化」です。コロナ禍では、多くの消費者がネットで買い物をするようになりました。そうなると、リアル店舗での新たな商品との出合いや店側とのコミュニケーションが失われ、買い物の楽しみが薄れがちです。そうした中、小売業界では「デジタル接客」の在り方を模索するようになりました。
「STAFF START」という販促支援サービスは、その好例といえるでしょう。例えばアパレルショップの店員がキュレーターとなり、実際の商品を着用した画像をECサイトにアップ。そのコーディネートを気に入ったお客さんが画像をクリックすると、各商品の購入ページにたどり着きます。リアル店舗で店員やマネキンが着ているものを見て、「これいいな」と衝動買いするような感覚が、ECでも再現できるわけです。
感染予防などの観点から「非接触」へのシフトも目立ちます。昨年、東京・中目黒にオープンしたハンバーガー店「BLUE STAR BURGER」は、完全キャッシュレスのテイクアウト専門店。オリジナルアプリによる注文・決済システムを導入し、注文から商品受け取りまでを完全セルフ化。人件費などのコスト削減により、商品の原価率68%という驚きの数字を実現している点でも注目に値します。
小売店舗では、外国人労働者の不足を補うための「省人化」も進行中。大手コンビニチェーンでは、人に代わって店舗で作業を行う遠隔操作ロボットの導入が始まっています。商品の陳列作業などは、完全自動化が難しく、スタッフがロボットを遠隔操作するという手法が適しています。操作するスタッフは、直接店に出なくても好きな場所から作業できるため、就労のハードルも下がるでしょう。人手不足が続く中、労働力確保のソリューションとしても期待されています。
コロナ禍で「デジタル接客」「非接触」「省人化」が進む中、改めて注目されているのが、10年ほど前に流行した「セレンディピティ」というキーワードです。
セレンディピティとは、偶然をきっかけに生まれる気付きやひらめきのこと。コロナ禍以前は、休憩室やエレベーターの中での雑談が、ひらめきを生むといわれていました。そんな機会がリモート時代に激減していることに対し、危機感が強まったことで、再注目されているのですが、これはリアル店舗にとっては貴重なチャンス。セレンディピティが生まれる環境をうまくデザインできれば、リアル店舗にも生き残りの芽があります。
私が注目しているのは「体験型ストア」という業態です。代表的なのは、シリコンバレー発の「b8ta(ベータ)」。日本では新宿と有楽町に店舗があります。店舗には、ファッションアイテムから最新ガジェットまで、さまざまなメーカーの新製品が置かれているのですが、店舗はあくまで実際に手に取って体験するための場所。購入は前提とされていないので、消費者は「買わなければ」という心理的負担を感じることなく、純粋に商品との出合いを楽しむことができます。一方、出品するメーカーは、消費者の反応や感想をフィードバックとして受け取ることができ、製品の改良や次の開発に生かすことができます。そんなセレンディピティを起こす場として、リアル店舗は再評価されていくのではないでしょうか。
今、ECでもセレンディピティをもたらすツールとして見直されているのが、アイデアを画像検索できる「Pinterest(ピンタレスト)」です。同サイトでは、ユーザーが気に入った写真に「ピン」を付けると、その傾向をAIが解析し、ユーザーが好みそうな写真のレコメンドを行います。この仕組みは、ECとも好相性。ユーザーに対して「もともと視界には入っていなかったけれど、勧められれば欲しくなるもの」の写真をうまくレコメンドできれば、セレンディピティ的な購買欲を喚起することができます。実際、リノベーション資材やDIYパーツの販売を行う「toolbox(ツールボックス)」は、自社が手掛けた施工例の画像を積極的に発信するなどの工夫で、ピンタレスト経由での売り上げが3倍に伸びたそうです。
以上が、コロナ禍で加速した新たなトレンドです。一方で、コロナ禍以前から続く「カスタマーサクセス」「D2C(Direct to Consumer)」というムーブメントも、引き続きマーケティングには欠かせません。
カスタマーサクセスの考え方は、サブスクリプションサービスの普及と同時に広まりました。両者は「対」の関係にあり、商品やサービスに触れ、感動し、愛用するというように、消費者に能動的な変化をもたらす仕掛けとして重要になります。というのも、サブスクリプションでは「既存ユーザー」を満足させることが、ビジネスの肝になるからです。魅力的なサブスクリプションサービスが次々に登場するこの時代、全てに加入するわけにもいきません。どこかに入ればどこかを切り捨てる。そこで各社には、ユーザーを引き留める工夫が必要になります。
食材宅配サービスの「オイシックス」を例に挙げましょう。オイシックスには、ユーザーがセレクトした食材が定期的に届くサービスがあります。食材は、毎回自由に入れ替えることができますが、それを忘れると、同じ食材が届き続けることになり、解約の理由になっていました。そこで、ユーザーに対し、商品の入れ替えを促す通知をLINEで送ることをスタート。LINEを使った理由は、メールよりもユーザーが気付きやすいから。この施策によって、オイシックスは解約数を減らすことに成功。企業側からの積極的なアプローチがカスタマーサクセスの実現につながることが分かります。
「D2C」は、自ら企画・製造した商品を、自社のECサイトで直接消費者に販売するビジネスモデルです。情報発信から購入に至るまでをデジタルで完結でき、顧客と売り手が直接つながることで、データを介した双方向のコミュニケーションを実現し、ブランドに対する顧客の「愛着」を高められるようになりました。単にD2Cを「間に店舗が入らない業態」と捉えていては、従来の直販と変わりません。
確かなことは消費者が変わってきているということ。そのため、これからの時代のマーケティングに不可欠なスキルは「人間理解」だといえるでしょう。消費者を「集団」ではなく、一人ひとりの人間として考える。その認識があってこそ、真に消費者に寄り添い、そのニーズを実現することができるのです。