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トップ > 特集 注目のキーワードから次の一手を読み解く! マーケティングトレンド2021 > P4
新型コロナウイルス感染症の影響で、社会のトレンドや消費者の価値観が大きく変化した2020年。いまだに不確実な情勢は続くが、2021年はどのようなトレンドが予測され、それに対してどのようなマーケティングを行っていくべきなのか。次の一手も見据えつつ、注目のキーワードとそれにまつわる先進事例、有識者へのインタビューを通じて読み解いていく。
コロナ禍を契機に消費者の心理や行動は大きく変わったといわれている。2021年以降、マーケターはこうした大きな変容をどう捉え、どのようにマーケティングを行っていけばいいのか。顧客レベルのマーケティング活動に詳しい東京大学大学院 経済学研究科 教授の阿部 誠さんに、消費者心理・行動の変化とマーケティング戦略立案のヒントを聞いた。
「行動経済学」という言葉は、経済学に心理学を組み合わせ人間の経済活動を読み解くものとして近年注目を集め、バズワードになっている。東京大学大学院経済学研究科の教授である阿部 誠さんは、著名なマーケティング学者フィリップ・コトラーの言葉「行動経済学は『マーケティング』の別称にすぎない」を引き合いに出し、「マーケターは消費者の心理と行動を理解した上で、顧客視点でマーケティングを考えるべき時代に来ている」と語る。
そもそも行動経済学が注目される以前の1960年代から、消費者研究に経済学や社会学、精神分析学を役立てようという動きはあった。この流れを受け、70年代後半から80年代にかけて、心理学の観点から消費者行動を研究し、理解しようとする行動経済学のアプローチが生まれ、そのトレンドが今も続いている。
「そこに、現在はAIやビッグデータなども登場し、マーケティングでの活用が期待されています。しかし、ここで陥りがちなのが"AIの罠"です。データを単にAIで分析するだけでは、効果的なマーケティングはできないという事実を見落としがちだからです。人間の頭の中の心理的メカニズムをきちんと理解した上でデータを集め、読み解き、それを基にマーケティング施策を設計することが、今後さらに重要になってきます」と阿部さんは話す。
従来のマーケティングは性別や年齢、住んでいる地域、年収、職業といったデモグラフィック属性のデータを見て判断を下してきた。しかし、本来、人は何かを決定するとき、そういった属性の影響よりも、「知覚」と「態度」に影響を受けるという。
この知覚と態度について、阿部さんはこう解説する。
「例えば、自動車の購買行動を分析すると、そのブランドが好きかどうかという『選好』が大きく影響を及ぼしています。その選好に影響を与えるのが知覚と態度です。知覚は、例えば速い、燃費が良い、事故に強い、カッコイイといった属性を認識する機能であり、態度はこうした属性のどれを重視するかを決める機能として選好に影響を与えています」
この知覚や態度は、消費者一人ひとりのライフスタイルや価値観などの影響を受けて形成されており、消費者が何を買うかは、従来のマーケティングで注目してきた年齢や性別などだけでは説明が難しいということになる。
例えば新発売の飲料について購買データを分析し次のマーケティングにつなげようと考えたとき、どうするか。単にコンビニでの売上データを収集しても、そこにはトライアル(試し買い)とリピートの双方のデータが合算されている。新商品が出たら試しに買ってみようと考える消費者は多いが、企業にとって、より重要になるのはリピート購買する消費者のデータ。つまり、有用なのは、購買パターンを区別できる、より詳細なデータということになる。
また、リピート購買のデータにも、そのブランドが好きで買い続けるタイプと、特にこだわりはなく惰性で同じブランドを買っているタイプの2種類が存在する。企業にとって重要なのは前者のタイプ。購買履歴に加えて自社と競合ブランドの価格・販促などに関するデータを掛け合わせることで、なぜこのタイミングで自社製品が選択されたのかが見えてくる。結果、消費者の心理や行動をより的確に把握することが可能になる。
「AIは万能ではありません。AIでデータを使いこなすには、マーケターがどのような意図で、どういうデータを採用するのかという設計図が重要になります」
では、コロナ禍の影響を受けた現在、消費者行動を分析するにあたって注目すべき要素は何か。
「すでに『物質的豊かさから精神的豊かさへ(モノからコトへ)』の動きや、『ネットとリアルのシームレスな連携』は進んでいますが、コロナ禍を契機にさらに加速しました。そのため、マーケティングのテーマとしては、『経験価値』やそれに代わる新たな価値を訴求することが重要になります」
経験価値とは、実用的・コモディティ的なありふれた機能ではなく、製品を使ったり、サービスを利用したりした経験から得られる感動や満足感、喜び、幸福感など、感覚的な価値を意味する。ブランドという言葉にひもづくもので、企業がそのブランドの特別さを発信し、それを消費者が経験することで生まれる。そのため、企業はさまざまなチャネルを通して、五感や感情・志向などを刺激する戦略=「経験価値マーケティング」に力を入れてきた。
「経験価値マーケティングというトレンドはコロナ禍以前から始まっていたもので、今後はその先の戦略として、『文脈価値』の創造に注目が集まっています」と阿部さんは語る。
従来は企業発信でブランドの価値をコントロールしてきたが、文脈価値は、製品やサービスに対して消費者自らが創出する価値のこと。こうした新たなトレンドが生まれた背景は、価値観の多様化と消費者自らが見いだした価値を発信できる時代になったからだといわれている。
このような変化について阿部さんは、楽器メーカーを例にこう話す。
「単に弾けるだけの機能を持ったギターではなく、有名アーティストが使っているモデルの提供、あるいはギター演奏を実際に学べる音楽教室の提供などが経験価値につながります。文脈価値はさらにその先。例えば、メーカー主催のバンドコンテストに出場することで、それまで感じていたうまく弾けることへの喜びに加え、観客から拍手をもらうことによる新たな感情がユーザーの中に生まれます。また、そこで出合った仲間で新たなコミュニティーが形成されたり、そこからメーカーの想像しえない高次元な価値が創出されたりしていきます。ギターとユーザーの掛け合わせで新たな価値が生まれるのです。これからの時代、マーケターには消費者心理のメカニズムを顧客以上に理解した上で、多様化した"個客"に価値を提供するため、さまざまな文脈価値の共創につながるマーケティング施策を立案・実施することが求められます」
「モノからコトへ」のその先へ。マーケティングの新時代が、今まさにやってきたといえる。
ありふれたモノから唯一無二への差別化